このオカルトはお嬢さまによってメチャクチャになりました。

藤原くう

アシヤ・クライシス 全12話

アシヤ・クライシス 1

 幽霊屋敷に不釣りあいなものってなんだろうと考えたとき、お嬢さまは間違いなく、ランキング上位に食いこんでくる。


 それが腕とか背中とかがシースルーになっている白いドレスを着こなした、思わずドキリとしてしまうような美少女だったらなおさらだ。


 カメラの向こうには、そんな美少女が立っていた。


 カメラマンのわたしへ――そして、視聴者へと微笑みかけてくる彼女こそ、お嬢さま。


「ごきげんよう、みなさま。御城夏子おきたつこと申します」


 ゆっくりとそう言った夏子さまは、ぴったり45度の角度で頭を下げた。あまりにも美しい礼に、天使が現れたんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。


 いや、まごうことなきエンジェルだ。四六時中仕えているわたしが言うんだから、間違いない。


「今日は、とあるご友人から教えてもらったお話を確かめるため、こちらのお屋敷までやってきましたの」


 夏子さまの白い手袋におおわれた手が、背後の建物を指す。


 なんとも辛気しんきくさい建物だった。世界の終わりのような憂鬱ゆううつさをまとった壁は、湿気のせいか邪気の表れか、黒く変色している。日付が変わる真夜中だからって思うかもしれないけれど、昼間っからこんな感じだ。


 それというのも、正面以外を囲むように生える竹のせいに違いない。ニョキニョキと生えるそいつらは、月や星の瞬きを覆いかくして、建物に陰を落としていた。日が差してこないんだから、そりゃあ黒カビめいたものもはびこるよね。


 わたしが建物に対して恨みつらみをぶつけていれば、夏子さまが言葉を続ける。


「こちらのお屋敷には出るのですよ」


 ――幽霊が。


 ささやくように言ったかと思えば、クスリと笑う。その笑みは、国が一つどころか二つ三つは傾いてしまいそうなほどきれいで、目が離せなくなっちゃう。


「とまあ、皆様を脅かしたのだけれど、本当のところはどうだかわかりませんのよ。それを調査来てほしいと頼まれたのです」


 ももか、と呼ばれたので、わたしはポケットから鍵束を取りだす。


 首輪ほどの大きさのリングに大中小さまざまなカギがぶら下がっている。名札もタグもついていないから、どれがどれだかわかりやしない。


 わたしは、手にしたカメラにうつりこまないようにしながら、鍵束を夏子さまにわたす。


「どうもありがとう。さて、カギもあることですし、さっそく行ってみませんこと?」


 視聴者へと夏子さまは呼びかけ、歩きはじめる。


 闇に溶けこむようにして建つ、その邸宅ていたくへと。


 小さくなっていく夏子さまのお背中をひとしきり撮ったのちに、わたしはリュックサックを揺らしながら、追いかけることにする。






「こちらのお宅は、現在競売にかけられているそうですの」


 さびれた鉄門とそこにかけられたピカピカの南京錠なんきんじょうを開けて、わたしたちは敷地の中へ足を踏み入れる。


 屋敷そのものまでは距離がある。よほど立派だったらしい庭だけども、その名残を残しているものはほとんどない。バラはいばらを大空めがけて伸ばしているし、池は、冬のプールみたいにカランカランに干からびていた。


 そんなのを横目に見ながら、


「前の所有者は蘆屋あしや様とおっしゃられるようです」


 こつこつとパンプスの音を鳴らしながら、夏子さまは石畳の上を歩いていく。その足取りには、恐怖なんて1ミクロンも存在していない。あるのは優雅さと気品さ。


 わたしなんて、ぷるぷる震えちゃっている。手ブレ機能がカメラになかったら、動画はガックガクのブレッブレで見るも無残なものだったに違いない。現代技術に感謝だ。


「さて」


 夏子さまは、屋敷の扉の前に立つ。


 ラグビー部員がタックルしたって破れなさそうな頑丈な扉には、ノッカーがついている。某アニメのように吠え立てるライオンのようなかたちをしているヤツね。


 鈍い光沢を放つドアノッカーをコンコンコン、と夏子さまが叩く。


 当たり前だけど、返事はない。


「当然ですね。もしかしたら、幽霊様が返事をするかと思ったのですけれど」


 肩をすくめた夏子さまは、鍵束を取りだし、どれにしようかな、とカギを選んでいる。


 わたしもあの鍵束を見たんだけども、ホントにどれがどれだかわからない。シールの一つでも張ってほしかった。もしくはハートとかスペードとか模様をつけてほしいね。使い終わったら、もう使わないよって教えてくれるとありがたい。


 夏子さまは何度かカギを抜き差しして、ようやく、


 カチャリ。


 扉に両手を当て、ゆっくりと押せば、ギギギギギっと地獄の万力が動いているかのような音ともに扉が開いていく。


 その奥には、ありとあらゆるものを飲みこんでしまうような闇が広がっていた。


「ごめんあそばせ」


 夏子さまは、闇の前で一呼吸待った。


 返事はない。


 がらんどうの建物の中で、はきはきとした言葉が反響し、不気味にゆがんで返ってくる。まるで、化け物の唸り声のようだ。


「お邪魔しますよ」


 そう言い、夏子さまは手にしていた懐中電灯のスイッチを入れる。


 青白い光が懐中電灯から伸びていった。わたしもつければ、光の線は2本になった。


 屋敷の玄関は広い。玄関が広ければ框も広く、セールスマンが大の字になってもまだ余裕があるほど。


 パッと見た感じでは靴とかはない。まるでショールームのような感じで、違うのは雪みたいにホコリが積もっていることだろう。


 夏子さまがパンプスを脱ぎ、フローリングの絨毯じゅうたんのようなホコリに、一歩を踏み出そうとする。


「ま、待ってください」


 わたしの言葉に、夏子さまは急停止。行進の最中に時を止められたみたいなポーズのまま、振り返って。


「ええよくってよ。どうかしたかしら、もしかして何か心霊現象を見てしまったの?」


「そうじゃないんですけど……」


 わたしはリュックサックを下し、ごそごそと中をあさる。この登山用のおっきなリュックサックには、動画撮影のためのものであったり、食料であったり、着替えだったりが入っている。


 えーとえーと……あ、あった。


「これ、準備してたんです」


 わたしは取りだしたスリッパをふたつ、框の上に並べる。


 本当は、某武将みたくふところで温めていようかとも思ったんだけど、真夏の夜にそんなことをしても、生ぬるいだけだろうからやめた。


「床が汚れてるんじゃないかって」


「まあ、恐れ入ります」


 そう言って、夏子さまがわたしに微笑んでくれる。


 その笑顔といったら! 夏の夜空に浮かぶ花火みたいに綺麗だった。


 わたしは、今のやり取りをカットして、ボツフォルダに保存することを今この瞬間に決めた。どうせわたしの声が入っている以上はカットするだろうし、夏子さまの微笑みを独り占めしたいからではないことをここに断っておく。


 そんなことはさておき。


 わたしたちはスリッパを履き、今度こそ玄関の先へ。


「蘆屋様のお宅に上がったわけですけれども、暗いですわね」


 パチンと夏子さまが玄関の照明のスイッチをタッチ。反応はない。


「このように、電気は止められていますの」


 夏子さまの光が正面を、それから左を向いた。それぞれの方向に廊下が伸びている。


 正面の廊下の途中には、二階へ続く階段とふすまがある。突き当たりまで進めばスライドドア。


 左側の廊下には、洗面台が見えた。確か、トイレと浴室があったはず。


「さて、どちらから向かいましょうか」


 ふむ、と夏子さまは考えるが、一応筋書きは決まっている。


 夏子さまの友人から幽霊屋敷の存在を聞かされたわたしたちは、幽霊がいるのかを調査し、いるのであれば、除霊する――そんな感じの。


 だから、わたしたちはまず、いかにもな場所へ向かうことになっていた。


 それこそは、正面の廊下を中ほどまで進み、右手に見えるふすまの先に広がる部屋だ。


 予定通り、夏子さまはそちらを見、


「あちらに行ってみましょう。ご友人の言葉によれば――」


 と、夏子さまはふすまに近づき、スッと開く。


 そこに広がるのは十畳の和室。


 ムッとする空気の中、デンと佇む漆黒の物体がわたしたちを出迎えた。


仏壇ぶつだんがございますのよ」

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