第23話 充実した探索者生活

 異常事態イレギュラーを解決してめでたしめでたし——とはならないのが、現実の世知辛い所だ。


 こんな事自分で言いたくはないが、私は今回の異常事態解決の一番の功労者だぞ。一人の犠牲も出なかったのは、私のお蔭といっても過言ではない。それなのに!

 聞き取りやらなんやらで三日も拘束され、特別報酬は出たものの、コボルトソルジャーやコボルトジェネラルの魔石は回収できなかったので、討伐記録として残ったのはコボルトエンペラーだけ。因みに、アレは新種のモンスターだったらしく、コボルトエンペラーが正式名称になった。


 しかも、なんでこんな無茶をしたのか、とミスティに二時間程説教を受けた。

 おかしい! この扱いは不当である! みんなもっと私を褒めるべきだ!


「そうは思わないか!」


 ダン、と空になったグラスをテーブルに叩きつける。正面に座るルービとカイは、呆れたような表情で私を見る。なんだその表情は。私はおかしな事は何も言っていないだろう。


 今、私達はいつもの酒場で開かれた宴に参加している。異常事態が無事解決した事を祝う宴らしい。


「自業自得だ。貴様はもっと反省しろ。あと少し、ワタシが遅れていたら、貴様は死んでいたのだぞ。寧ろ、貴様はワタシに感謝しろ」

「なに? お前だって、私の魔法が無かったら死んでいただろ。お前が私に感謝しろ!」

「フン、貴様があんな無茶をしなければ、ワタシがあの犬っころと戦う事も無かったのだ」

「その無茶がなければ、死んでいたかもしれない者がいるのだぞ!」

「そんな、名も知らぬ者なぞ如何でも良い。ワタシは貴様が生きていれば、他が如何なろうと知った事では無い」

「アロー……」

「そこで照れちゃうかー」

「英雄なら、そこは否定しないとなー」


 う、うるさいうるさい! アローにそんな事言われたら、嬉しいに決まっているだろ! この三日間、探索者協会に拘束されてアローと一緒にいられなかったし。この気持ちは誤魔化さないときめたのだ。

 それに、私はもう、勇者ではない。私はミアとして、自由に生きる。


「にしても、あのガキ共がランク4のモンスターを倒しちまうとはな」


 突然、会話に参加してきたのは、ゴーリラだった。ドカッ、とカイの隣に腰掛ける。大男が二人並んで座ると、中々の迫力だ。


「おお、ゴーリラ。お前も私の救助に向かってくれていたらしいな。感謝する」

「だから! 俺様はゴーリだ! ゴーリ・ラリーゴ! それが俺様の名だ! いい加減覚えやがれ!」


 もうゴーリラで良くないか? 覚えやすいし。


「ったく。礼なんかいらねえ。俺様が到着した時には、全て終わってたからな。それより、てめえ、今回はたまたま上手くいったみてえだが、そんな無茶してたら、直ぐに死んじまうぞ」

「フッ、無茶か。悪いがお前にだけは言われたくないな」

「なに?」


 怪訝な顔をするゴーリラに、私は思わず笑みが零れる。


「その頬の傷、それは、異常事態が起こった時、仲間を逃がす為に一人ダンジョンに残り、ミノタウロスと単騎で戦った際についた傷らしいな」

「なっ! てめえ、何故それを!」

「そして、それを仲間が気にしないように、武勇伝として自慢しているそうではないか」

「くっ!」


 大男が、顔を真っ赤にして、プルプルと震えている。ミスティの情報は確かなようだ。


「いやあ、まったく、異常事態が発生したダンジョンに一人で残るとは、無茶をする奴もいたものだなあ」

「てめえが言うんじゃねえ!」


 いやー、愉快愉快。ゴーリラのお蔭で、ストレス解消できた。ありがとう、ゴーリラ。お前は先輩探索者の鑑だ。


「あれえ? 今日の主役が、何でこんなすみっこでジュースなんか飲んでるのよお! こっち来て、一緒に飲むわよお!」


 しまった、見つかった。シルめ、ただでさえ面倒なのに、酒を飲んでもっと面倒になってしまった。

 くそ、こうなったらもう逃げられないか。仕方ない。一杯だけ付き合ってやろう。



 *



「おまえりゃー! もっとしゃけをもってこーい!」

「あはは! いいぞ、ミアちゃん! もっとやれー!」


 混沌カオスである。

 テーブルに積まれた、大量の空のジョッキ。床に転がる探索者達。事態は既に収拾のつかない所まで進んでいる。


「ちょっと、ルーク! そんな所でちまちま飲んでないで! こっち来なさい!」

「げっ……」


 遂にシルに見つかってしまったルークは、覚悟を決めて立ち上がる。ついでに、小柄な事を良い事に、気配を消していたガルガインの首根っこを掴んで。


「おい、てめ! やめろ! 俺を巻き込むんじゃねえ! はなせー!」


 新たな二名の犠牲者を招き入れ上機嫌なシルを他所に、ミアは美しい金の髪を振り乱す。


「ありょー? ありょー、どこお?」

「ここだ」

「ありょー、いたあ!」

「もう二度と傍を離れないと約束しただろう」


 隣に座るアローに抱き着き、ミアはぐりぐりと猫のように額を押し付ける。


「いやー、酔ったミアちゃんにもびっくりしたけど、アローちゃんの素がこんなだったとはねえ。おねえちゃん、全然気づかなかったよお」

「猫を被っていたのは確かだが、全て本心ではあったぞ」

「俺は嬉しいよ。漸く、アローが素を見せてくれて」


 爽やかな笑みを浮かべるルークに、アローはフン、と照れたようにそっぽを向く。


「にしても、お前らの妹すげーな。探索者になって一週間で、新種のランク4モンスターを倒しちまうなんてよお」


 本気で感心しているようなガルガインの言葉に、シルが自慢げに胸を逸らす。


「ふふん、当然でしょお。だって、私の弟子なんだもん!」

「アローは俺の弟子だけどな」


 そこだけは、はっきりと訂正するルーク。


「もうお前らより強いんじゃねえのか?」

「あはは、それはないよお。こおんながきんちょには、まだまだ負けないよお」

「むー、わたしよりちびのくせに」

「ああ? テメ表でろやコラァ!」

「煽り耐性ゼロかよ。どっちがガキだ」


 盛り上がる中央のテーブルを、バン、と何者かが叩く。自然、視線が集まる。


「ちょっと! 私抜きで何盛り上がってるのよ!」


 テーブルを叩いたのは銀髪の森人族、スーリシアだった。


「魔法まで使って気配を消してた奴が何言ってんだ」


 呆れたようなガルガインの言葉を無視して参戦するスーリシアによって、更なる混沌カオスが生まれる。

 しかし、その混沌カオスすら吹き飛ばす、極大の爆弾が起爆する。


「ねえ、ありょー」

「ん? 如何した?」

「もういっかいちゅーして」


 爆弾は全てを吹き飛ばし、無を生み出す。


「……………………ん?」


 困惑するアローに、ミアは少し不安気な表情でもう一度、純真無垢な願いを口にする。


「もういっかいちゅーして?」

「あ、あああ、アローちゃん! 遂にヤッたんだね!」

「きゃー! やっぱりなのね! やっぱり貴女達はそういう関係だったのね!」

「黙れ貴様等!」


 興奮する姉共を一喝し、アローは恐る恐るミアを見る。その表情は今にも泣き出しそうだった。


「してくれにゃいの? わたしのこと、きりゃいににゃったの?」

「そんな訳が無いだろう、馬鹿者。言っただろう。ワタシは貴様を愛している。この思いは、未来永劫変わる事は無い」


 きゃー、と黄色い悲鳴が上がるが無視する。


「目を閉じろ」

「ん!」


 四つの視線が痛い。しかし、今更やめる事はできない。期待に満ちたミアの表情。アローは覚悟を決める。


 赤みがかった桃色の小さな唇に、自分のそれを重ねる。


 視界の端では、シルが両手を合わせ拝み、スーリシアは両手で顔を隠しながら、指の隙間からしっかりとガン見していた。


「ありがとうございます! 御馳走様でした!」

「はぁ~、今日は捗るわぁ」


 馬鹿共を意識の外に追いやり、そっと唇を離す。目を開けたミアは、宝石のような碧眼でジッとアローを見つめる。


「もっかい」


 ゴクリ、と唾を飲む。貪るような、乱暴な口付けの衝動をグッと堪え、アローは体を離す。


「ダメだ」

「むー、なんで?」


 可愛らしく唇を尖らせるミアに、頬が緩みそうになるのを懸命に堪える。


「次は、素面の時にミアからしてくれ」

「んー? ん! わかった!」


 ミアはアローの胸に顔を埋め、やがて寝息を立て始める。


「スーリシアさんや、これが『尊い』というものなのですね」

「ええ、シルさんや。『百合』は世界を救います」


 シルとスーリシアは椅子に正座し、抱き合う二人を拝み倒す。


「……あながち、間違いではないんだよなあ」


 暴走する二人は、『尊い』『百合』のお蔭で落ち着きを取り戻した。それによって、二つの命が救われたのだ。


 『百合』は世界を救う!



 *



 頭が痛い。吐きそう。これが二日酔いというやつか。これ、前回も同じ事を思ったな。

 私は愚かだ。酒は二度と飲まない、と決めた筈なのに。


 今回も途中から記憶が無い。ただ、とても幸せな夢を見ていたような気がする。

 また、アローが宿まで運んでくれたのだろうか。目を覚ますと、私は宿のベッドに寝ていて、隣でアローが眠っていた。


 天使のような寝顔を眺めていると、アローが目を覚ました。パチパチと目を瞬かせ、血色の瞳が私を捉える。


「……昨日の事を覚えているか?」

「……」


 唇と唇が触れ合う。


「……え?」

「なっ! ミア、覚えて」

「いや、済まない。何故だか、こうするべきだと」


 何故、キスをした? 体が勝手に動いた。

 アローは顔を真っ赤にしている。可愛い。可愛いアローが見られたし、良いと——ん?


「良いのだな。もう、良いのだな」


 アローが私に覆いかぶさる。両手両足を押さえつけられ、一切動けない。力つよ! コイツ、闘気を使っていやがる!


「ちょ、まっ、アローさん?」

「其方が誘って来たのだ。もう、我慢をしなくて良いのだろう?」


 それは、天使などではない。見慣れてしまった、魔王の笑みだ。ペロリ、と桜色の唇を真っ赤な舌が這う。

 く、喰われる!









 おのれ魔王! 私の純潔を奪った責任、必ず取って貰うぞ!

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勇者と魔王は異世界で充実した探索者生活を満喫するようです 結城ヒカゲ @hikage428

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