第21話 魔王は愛を注ぎたかった

 彼女は、生まれながらにして王だった。

 力こそが全ての魔界において、彼女は頂点すら見下ろす絶対者であった。


 彼女には使命があった。それは、世界の均衡を保つ事。しかし、どうすれば、その使命を果たせるのか、わからなかった。


 彼女は旅をする事にした。世界を知る事で、何かヒントを得られるかもしれない。

 世界は退屈だった。彼女は何者より強く、何者より賢かった。彼女の想像を超える物はこの世界に存在しなかった。


 彼女に名は無かった。そもそも、魔族は名を持たない。何故なら、名とは他者が自分とその他を区別する為の物だから。

 魔族という生物は己が全てだ。他者とは、おしなべて塵である。故に名など不要であった。


 退屈を紛らわす為、自由の限りを尽くした彼女は、魔族にありながら『七大罪の権化』と呼ばれるようになった。


 しかし、彼女は根が真面目だった。どうすれば使命を果たせるのか。頭の片隅には常にそれがあった。

 悩みながらも答えを見つけられないまま、二〇〇〇年が経った。


 魔族と人間の戦争が始まった。


 きっかけは、魔族の角に魔術触媒としての価値がある事に人間が気づき、魔族狩りを始めた事だ。

 人間は魔界に軍を派遣し、魔族を狩り始めた。男は殺され角を奪われ、女は角を折られ慰み者にされた。

 人間の美的感覚で、魔族の女性は美女、美少女の姿をしていた。それ故の人間の蛮行。


 魔族は激怒した。同族を犯されたからではない。魔族の領域を侵されたから。

 しかし、個の能力で勝る魔族も、集団の前には無力だった。魔族が狩りつくされるのは時間の問題。


 彼女は理解した。己の使命はこれだったのだ、と。


 彼女は、魔族の王——魔王を僭称した。そして、自らにディアボロと名付けた。

 ディアボロは瞬く間に力によって魔族を纏め上げ、正真正銘魔王となった。


 統率された魔族は、人間如きに遅れは取らない。すぐさま、魔族の領域は奪還された。

 そのまま人間を滅ぼす事は簡単だろう。しかし、ディアボロの使命は、世界の均衡を保つ事。上手く魔族をコントロールし、戦争を終わらせようとした。それが上手く行かなかった事は言うまでもないだろう。


 戦争は終わらない。始まったのは、一人で終わらないボードゲームをプレイするような日々。

 始めは、それなりに楽しめた。思い通りに事が運ぶと嬉しく、失敗すると悔しかった。一年もしないうちに飽きた。


 無意味に散って行く、無価値な命。嘆く事すら億劫になる程の死を、ディアボロは血色の瞳に映した。

 和解など不可能な程、両者の敵対は絶対的な物となった。ディアボロが存在する限り、戦争が終わる事は無い。

 これが、世界の均衡を保つ、という事なのか。こんな使命を与えた女神を、ディアボロは呪った。


 拷問のような日々が続いた。三〇〇〇年が過ぎたある日、遂にその日がやって来た。

 新たな使命を持つ者が現れた。彼女の使命は、


 ディアボロは歓喜に打ち震えた。暇つぶしに極めた魔法で、四六時中彼女を観察し続けた。

 早く大きくなれ。早くワタシの元へ来い。早くワタシを


 それは、五〇〇〇年の時を経て、歪み、淀んだ、悍ましい感情。されど、彼女を見守る血色の瞳に宿るのは、慈愛、友愛、親愛、性愛。純粋な愛だった。

 悍ましくも美しい、五〇〇〇年の時を凝縮した、濃密な愛。


 その時はやってきた。


 心臓を貫く剣。それを握る美しい少女。

 己の血で、この気高き純潔の乙女を汚す。なんという背徳感。死の間際にして、ディアボロは生涯最大の幸福を味わった。


 叶うなら、この愛の全てを、この少女に注ぎたかった。


 その願いは、女神に聞き届けられた。



 *



 ダンジョンを白き流星が駆け抜ける。流星は、漆黒の尾を引きながら、どんどんスピードを上げていく。

 一時間足らずで一層を踏破した。三〇分も経たず二層を駆け抜けた。三層を通過するのに二〇分も要していない。四層に滞在したのは一五分未満。一〇分で最深部に到着した。


 流星を阻む瓦礫。奥からは凄まじい衝撃が断続している。

 ミアはこの奥にいる。まだ、戦っている。

 アローは限界まで闘気を練り上げる。


 失いたくない。それだけは、失ってはいけない。漸く手に入れた光。絶望を終わらせてくれた希望。濃縮され、淀んだ、醜く、悍ましい、純黒の愛すらも受け止めてくれた、清く、美しく、清爽で、希望に満ちた、純白の愛。

 それを汚す者は、モンスターだろうと、ダンジョンだろうと、人間だろうと、神であろうと、許しはしない。


 美しく気高い、あの少女を汚して良いのは、ワタシだけだ。


 拳を振り抜く。紙くずのように瓦礫が吹き飛び、視界が開ける。

 氷の剣を地面に突き立て、それを支えに立っている金の少女。その正面には剣を振りかぶる、醜悪な黒い化け物。


 考えるより速く、アローの体は動いた。少女の前に立ち、振り下ろされる黒剣を腰に佩いた剣で受け止める。


 剣が砕けた。ミアが買ってくれた、大切な剣が。


 燃えるような怒りが全身を支配する。衝動のまま左の拳を振り抜き、黒剣を弾き返す。

 驚いた様子の巨大コボルトを、アローは血色の瞳で睥睨する。


「殺す」

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