第18話 貴女達の力になりたくて

 ミスティ・ローレン。宮廷貴族ローレン子爵家の次女で、貴族学校を卒業後探索者協会に就職した。


 探索者協会は世界各国に支部を持ち、その影響力は絶大である。国によっては、国王が探索者協会支部長を務めている所もある程だ。

 そんな探索者協会への就職は狭き門であり、新卒一五歳で入社したミスティは、貴族学校の中でもトップクラスのエリートだった。


 容姿端麗で物怖じしない性格のミスティは、入社二年目で受付を担当する事となった。受付とは、世界的組織探索者協会の中でも花形部署。エリートの中のエリートである。

 同時に、最も過酷な業務でもある。


 探索者とは、基本的に自信過剰だ。寧ろ、自信が無ければ探索者になどなれない。しかし、行き過ぎた自信を自惚れといい、自惚れは高慢を呼ぶ。


 高慢な探索者にとって、他者、特に何の力もない受付など、蔑視の対象である。自然、態度は横柄な物となり、時には職員がセクハラを受ける事もある。

 職員に危害を加えた場合、当然ペナルティは発生するが、それが高ランク探索者となると協会側も重い罰則を与える事ができない。協会にとっては、替えの利く職員より、替えの利かない高ランク探索者の方が重要な人材だからだ。


 その為、セクハラ等に対して職員は泣き寝入りしなければならない場合が多い。

 そういった背景もあり、受付職員の中には心を病んでしまう者もいる。


 そんな過酷な受付業務を担当して四年。ベテランの風格も現れ始めた頃、ミスティの前に二人の少女が現れた。

 半森人族ハーフエルフの少女と只人族ヒューマンの少女。格好は平民のようだが、受け答えには知性を感じる。文字の読み書きができ、高度な教育を受けているようだった。言葉の端々に傲慢な態度が見え隠れするものの、物腰は柔らかい(探索者基準)方だ。


 ミスティはこれまで多くの新人探索者を見て来た。ランク3に成った者、未だにランク1で燻っている者、探索者を引退した者、ダンジョンで命を落とした者も大勢いる。


 そんな中、二人の少女——ミア・リリベルとアロー・リリベルは別格だった。只人族で探索者ではないミスティには、二人の魔力量も闘気量もわからない。

 しかし、これまでの経験からある程度の観察眼は養われている。ベテランの域に達したミスティの眼に映る少女達を表すのは至極簡単。、この一言で十分だ。


 中級に到達するのは時間の問題。もしかしたら、上級に至るかもしれない。

 自分の目に狂いは無かった事を、ミスティは近い内知る事となる。



 その日、珍しく一人で現れた少女に、ミスティは首を傾げる。先日アドバイザーを担当する事となった、新人探索者のアロー。彼女が探索者となってまだ一週間程だが、見かけた際は必ずパーティーメンバーのミアという少女と共にいた。

 昨日、ミアから今日は休日にする、という話を聞いている。だからだろうか。しかし、それなら協会ここにいるのはおかしい。


 ミスティの視線に気づいたのか、アローは不機嫌そうな表情でそちらへ歩いて行く。


「こんにちは、アローさん。今日はお休みと聞いていましたが、どうされました?」

「ミアは此処に来たか?」

「ミアさん、ですか? いえ、今日は見かけていません」

「そうか」


 チッ、とアローは大きく舌を弾き、その場を立ち去ろうとした。その時、入口の扉が乱暴に開かれた。

 中に居た者達の視線が集中する中、原因となった男はふらふらとした足取りで受付の方へと進み、途中で膝をついた。


 軽装に弓を背負っている事から、男は斥候だろう。随分と急いだのか、滝のように汗は流れ、肩は激しく上下している。

 呼吸を整える事も忘れ、男は叫んだ。


「い、異常事態イレギュラーだ! ダンジョンで異常事態が発生した!」


 建物内に動揺が走った。一瞬で殺気立つ探索者達。慌てて指示を飛ばす協会職員。

 不快な胸のざわつきに眉を寄せながら、アローは座り込む男を睨む。


「場所は? どのダンジョンですか? 異常事態の内容は?」


 駆け寄った職員の矢継ぎ早な質問に、男は用意していたようにスラスラと答える。


「〈コボルト迷宮〉だ。内容は『異常強化ランクブースト』。三層にコボルトソルジャーが現れた!」

「なっ!」


 再度走る動揺。それもその筈。『異常強化』はトップクラスに危険といわれる異常事態の一つだから。


「ランク4以上の探索者を招集しろ! 確か、『夜を往く者ナイトウォーカー』が休暇中だった筈だ! パーティーホームに使者を送れ!」


 職員達が慌ただしく動く中、アローは衝動のまま足を進める。そんな筈はない、と思いながらも、問わずにはいられない。いや、問わずとも、本当は分かっていた。アイツはそういう奴だと。


「おい、ミアはダンジョンに居たか」


 男の胸倉を掴み、鬼気迫る表情で尋ねる。その様子はもはや尋問、或いは拷問と呼んで差し支えない程だ。


「ああ? 誰だ、お前?」

「さっさと答えろ。金髪の魔術師は居たか」

「あ、ああ、居たよ。金髪半森人族の魔術師だろ。そいつが俺達を助けてくれた」


 やはりか、とアローは小さく舌打ちする。


「そいつはどうした」

「ダンジョンに残ったよ。他にも探索者がいるかもしれないって、奥に進んで行——」


 言い終わる前に、アローは男を放り投げ、床が砕ける程の力で駆け出した。


「アローさん!」


 ミスティの呼びかけは、破壊された扉の先へは届かなかった。



 街を駆ける。しかし、昼間の大通りは人でごった返しており、思うように進めない。

 これ程までに人間を滅ぼしたい、と思ったのは元魔王のアローでも初めてだった。


 やっとの思いで東の門に辿り着くと、タイミング良く見覚えのある馬車が門から街に入って来た。

 アローにとって、障害物の無い街道などでは、馬車を使うよりも自分の足の方が速く走れる。しかし、ダンジョンを最短で進む為にも、体力を温存しておきたかった。

 そこに都合よく足が現れたのだ。これを使わない手はない。


「駄猫、馬車を出せ」

「にゃにゃ! 何ですにゃ、いきなり! ニャーは一仕事終えて疲れているですにゃ! 今日はもう店じまいですにゃ!」


 にゃーにゃーと喚く猫に、アローは札束を叩きつける。


「馬車を出せ、と言っている」

「お任せするですにゃ!」


 現金な猫である。しかし、今のアローには都合が良い。

 馬に水を飲ませ、出発の準備が整った所で、馬車の前に人影が躍り出る。


「お待ちください!」

「退け。邪魔だ」


 殺気の籠った視線に射抜かれながら、馬車の進路を塞ぐ人物——ミスティは一歩も退かない。


「アローさんにお伝えしなければならない事があります」

「チッ、なら、さっさと乗れ。話は移動しながらだ」


 ミスティを荷台に乗せると、馬車は再び〈コボルト迷宮〉へ向けて走り出した。

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