第17話 勇者として
中でも、トップクラスに危険とされている二つの異常事態がある。それは、『ダンジョン崩壊』と『
現在、『コボルト迷宮』で起こっている異常事態は『異常強化』だろう。
『異常強化』とは、本来出現する筈のない高ランクのモンスターが出現する異常事態だ。今回でいうと、コボルトしか出現しない筈の階層で、上位種のコボルトソルジャーが出現した。
確かに、危険な異常事態ではあるが、発生したのがランク1の『コボルト迷宮』だったのは不幸中の幸いといえるだろう。
これが高ランクのダンジョンであったなら、大変な被害が出ていた可能性がある。
「状況は理解した。お前達は探索者協会に戻って事態を伝えてくれ」
「あんたは、どうするんだ?」
「まだ、奥に探索者が残っているかもしれない。私はそれを確認してくる」
ランク2のモンスターといっても、私にとっては脅威足り得ない。魔力は半分も消費していない。ポーションもある。
「無茶だ! 魔術師が異常事態の起こったダンジョンに一人で残るなんて!」
「問題無い。私の実力は、今お前達が目の前で見た筈だ」
「だが……」
「いいから、早く行け」
それでも葛藤していたようだが、自分達が居ても足手纏いにしかならないと悟り、渋々頷いた。
「無理はするなよ。探索者は残ってないかもしれないんだ」
「わかっている。私だって、こんな所で命を捨てるつもりはない」
本来、こんな事はする必要はない。ダンジョン内での出来事は全て自己責任。それが異常事態によるものだとしても、見捨てた所で私に罪は無い。
だが、私は勇者として、この事態を見過ごす事はできない。今はもう勇者ではないとしても、私の魂は勇者である事を忘れていない。
人間に裏切られ、信用できなくなったとしても、見捨てる理由にはならない。
それに、裏切られたからこそ、私は、私だけは、私を裏切りたくない。
ここで進むのが勇者ミティアであり、探索者ミアもそれは変わらない。
一先ず、ここより後ろで異常は起きていない。三階層の残りエリアを捜索し、四階層に降りる。
大丈夫。何も問題は無い。アローなんか居なくても、私は戦える。
三階層の捜索を終え、四階層も半ばを過ぎた。ここまでに二組のパーティーと遭遇した。どちらも、コボルトソルジャーから逃げ回るうちに、自分達の位置を見失い途方に暮れていた。ルートを教えたので、今頃無事上層に辿り着いているだろう。
コボルトソルジャーは本来、このダンジョンのボスであり、ダンジョンをクリアするには必ず倒さなければならないモンスターだ。
それなのに、彼等が逃げ回っている理由は、コボルトソルジャーが複数現れているからだ。ボスは一体しか現れない。一体であれば対処可能なモンスターであっても、複数体が連携を行えば、脅威度は跳ね上がる。
あれから遭遇したモンスターは、全てコボルトソルジャーだった。この先もコボルトは現れないだろう。
そして、本来ボスモンスターであるコボルトソルジャーが平然とうろついている、という事は、ボスモンスターはコボルトソルジャーの更に上位種、ランク3相当のモンスターである可能性が高い。
今の私がランク3相当のモンスターに勝てるかどうかは、正直五分五分だろう。私がボスモンスターまで倒す必要は無いのかもしれない。
だが、仮に異常事態に気付いていないパーティーがダンジョン内に残っていて、ボスに挑んでしまったら、高い確率で犠牲が出るだろう。
可能性は限りなくゼロに近い。だが、ゼロではない。
四層を捜索する、といっても、全てを探し尽くせるわけではない。奇跡的にコボルトソルジャーと遭遇する事無くボス部屋に辿り着くかもしれない。
可能性をゼロにする方法は一つ。私がボスを倒す事だ。
ならば倒そう。それが、私が信じる私だ。
可能な限りコボルトソルジャーを倒しながら先へ進む。時間が惜しいので魔石も素材も放置だ。ボスを倒して戻って来る頃には、死骸はダンジョンに吸収されているだろう。勿体ないが、仕方ない。
そうして、異常発覚から約二時間後、私はボス部屋の手前まで辿り着いた。
ボスの居る
普段は氷魔法で壁を作る所だが、今は少しでも魔力を温存しておきたい。
腰を下ろし、壁に背を預ける。リュックから水を取り出し喉を潤した所で、無意識に足を開いていた事に気付き、思わず苦笑が漏れた。
ずっと気づかないふりをしていた。異常事態が発覚した時から常に感じていた、漠然とした不安。だが、いい加減認めよう。
不安の正体、それは、アローが隣にいない事だ。
私は勇者として、ずっと一人で戦っていた。この程度の困難、幾度となく乗り越えて来た。
それなのに、今は一人である事がこんなにも心細い。
勇者の時程の力を持っていないから? 違う。
ダンジョンという未知の場所だから? 違う。
それだけ、私の中でアイツの存在が大きくなっていたのだ。今や、私の心の大半をアローが占めてしまっている。
勇者ともあろう者が情けない。だが、悪い気分ではない。
私にとって他人とは、守るべき者か、敵だった。私の隣に立ったのは、二度の人生を通じて、たった一人だけだ。
その存在が、私をこんなにも弱くしてしまった。
おのれ魔王。私をこんな体にした責任は、必ず取って貰うぞ。
私は弱くなった。だが、断言できる。
矛盾している。当然だ。何故なら、アローは私に弱さを教え、力を与えてくれる。
不安に思う必要などなかったのだ。隣にいなくても、その温もりは胸の中にある。ならば、何も問題は無い。
この程度の異常事態など日常茶飯事だった。今回も、いつも通り解決するだけだ。
「よし、行くか」
声に出して気合を入れる。不安は無い。恐怖などあろうはずも無い。
ランク3のモンスターを倒せば、私のランクも上がるかもしれないな。そうなれば、アローは悔しがるだろうな。今から、その顔を拝むのが楽しみだ。
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