第16話 蛇足の天才

 翌日は休日の予定だった。そのせいか、アローが宿に戻って来るのは随分と遅かったようだ。私が眠る時にはまだ帰ってきておらず、朝目覚めると隣で眠っていた。

 昨夜は奴らと随分盛り上がったらしい。まあ、私には関係ないが。


 今日は休日。アローと買い物にでも行こうかと思っていたが、そんな気分ではなくなった。シル達の所にでも遊びに行こうか。

 そんな事を考えていると、アローが目を覚ました。


「ん……今日は休日だろう。何処かへ行くのか?」

「特に決めてはいない」

「そうか。なら、ワタシと来い」


 なんだ、アローはやっぱり私と居たいのか。仕方ない奴だなあ。

 昨夜の事は水に流してやろう、と思ったが、それは糠喜びだった。


「昨日の小僧共が貴様に謝罪したいそうだ。飯を奢ると言っていた」

「……断る。謝罪など求めていない。貴重な休日をあんな奴等の為に費やす程、私は暇ではない!」

「おい、どうし——」

「何なのだ、お前は! 昨日から奴等の事ばかり! 私より奴等の方が大事なら、奴等のパーティーに入ればいいだろ!」


 勢いよく扉を閉め、宿を後にする。乱暴な足取りで向かうのは東の門だ。


 イライラする。アローのバカ、アホ、マヌケ! 何故私よりあんな奴等を優先する。私はアイツに……そう、特別な絆のような物を感じていたのに、アイツは違うのか。前世からの縁を特別だと思っていたのは、私だけなのか。

 私達は勇者と魔王。宿敵同士だった。だが、今世では、いがみ合いながらも同じ時を過ごし、親友になれたと思っていた。それは、私の勘違いだったのか。

 そうだとしたら、少し寂しいな。


 自分でも良く分からない、怒りやら、悲しみやら、複雑な感情をぶちまけるべく、私はダンジョンに向かった。



 東の門に着くと、見知った茶色い耳が見えた。


「こんな所で会うとは、奇遇だな、キティ」

「にゃにゃ! これはこれは、ミアさん。今日はあの悪魔……じゃにゃかった、アローさんはいにゃいんですにゃ?」


 こいつ、アローの事悪魔って呼んでいるのか。中らずと雖も遠からず、だな。


「ああ、今日は私一人だ。キティは、どこかへ行くのか?」

「ニャーはこれから仕事ですにゃ! この物資を『コボルト迷宮』の休憩所に届けるですにゃ!」

「また、変な仕事を受けたのではないだろうな」


 こいつは以前、中身の分からない物資を運ぶ仕事を受け、道中魔物に襲われていた所を、偶然通りかかった私達が助けた。その中身のわからない物資が大量の魔石だった、というのが、魔物に襲われていた理由である。

 そんな前科があるからこその私の言葉だったが、キティは自身満々に自分の胸を叩いた。


「大丈夫ですにゃ! 今回は水と食料を運ぶだけですにゃ!」


 そう言って、積み荷の箱を開け、中身を見せて来る。確かに、中に入っているのは水や食料だった。


「それなら良い。実は、私もこれから『コボルト迷宮』に向かおうと思っていたんだ。良かったら、乗せてくれないか?」

「勿論良いですにゃ! 大歓迎ですにゃ!」


 こいつはあれだ。余計な事を言って、自分で自分の首を絞めるタイプだ。商人として大丈夫か?


「助かる。無いとは思うが、魔物に襲われた時は私に任せろ」

「頼りにしているですにゃ! ニャーの準備はできているですにゃ! 出発してもいいですにゃ?」

「ああ、良いぞ」


 私が荷台に乗ると、ゆっくりと馬車は動き出した。


「そういえば、ずっと気になっていたのだが、猫獣人は皆そんな喋り方なのか?」

「違うですにゃ。これはキャラ付けですにゃ」

「キャラ付け?」

「そうですにゃ。商人はまず、覚えて貰う事が大事ですにゃ。特徴的なしゃべり方は、それだけで覚えて貰いやすくなるですにゃ」


 確かに覚えられるだろうが。悪い意味で覚えられそうだが、それは言わないでおいてやろう。


「そうか。お前も意外と考えているのだな」

「意外と、は余計ですにゃ!」


 そんなこんなで、魔物が現れる事も無く、無事『コボルト迷宮』に到着した。



 魔術師とは後衛職だ。後衛職とは、前衛に守られながら、後方から支援をするクラスの事。つまり、前衛がいなければ実力を発揮する事ができない。

 そう思われがちだが、それは違う。


 先ず、魔術師に必須といわれる技能『並行詠唱』。これは、移動、回避、防御等の行動と並行して魔力操作を行い、魔法を発動する技術の事だ。


 次に、複数の敵を相手取る為の『魔法陣複数展開』。魔法陣は展開している間、常に魔力を消費し続けている。また、複数を同時に展開するには、緻密な魔力操作が必要になる。魔力量、魔力操作共に高いレベルが要求される高等技術だ。


 最後に、己の身を護る為の『常時魔力障壁展開』。魔力障壁とは、その名の通り魔力で生み出した壁だ。魔力障壁は、一度生み出せばそれ以上魔力を消費する事はないが、展開している間は常に魔力操作しておく必要がある。操作が乱れると障壁が消えてしまう為、再度生み出さなければならない。


 この三つの技能を使う事で、魔術師はソロでも十分に戦う事ができる。

 当然、私は三つの技能を全てマスターしている——とは言い難い。それぞれの技能を別々に行う事はできるが、三つ同時にとなると、少し厳しい。


 だが、ランク1のダンジョン程度であれば何も問題ない。今日はコボルト共に、私のストレス発散に付き合って貰う。

 一層、二層辺りでは、出会い頭に適当に【イーラ】を放てば、直撃した個体は勿論、放電で周囲の個体も全滅する。だが、三層までくると、少し集中して魔力操作をしなければ、一撃で倒す事はできない。

 逆にいえば、集中していれば一撃で倒せるという事だ。


 ダンジョンに入って、既に三時間が経過していた。いつの間にか、私は三層の中間辺りまでやってきていた。頭は少しスッキリしている。


「アロー、そろそろ休憩を——」


 そうだ、アローはいないんだ。チッ、またイライラしてきた。もっと進むか。

 否、落ち着け。いくらランク1のダンジョンとはいえ、ダンジョン内で冷静さを失うのは危険だ。さっきまで冷静だったかと問われれば、黙秘権を行使させてもらうが。


 ともあれ、一旦休憩は挟もう。その後、進むか戻るかは、一度頭を冷やしてから決める。

 休憩の為の小部屋ルームか行き止まりを探していると、通路の奥から悲鳴が聞こえて来た。急いで声の聞こえた方へ向かうと、小部屋の中、コボルトに壁際に追い詰められた三人の探索者がいた。


 コボルトの数は四体。だが、少し様子がおかしい。四体のコボルトは、探索者のように武装していた。

 あれは確か、コボルトソルジャー。ランク2のモンスターで、だった筈だ。

 ボスモンスターは同時に一体しか生まれないし、ボス部屋と呼ばれる最深部の大部屋ホールから出てこない。


 否、考えるのは後だ。今は彼等を助けよう。

 コボルトソルジャーは、まだ私に気付いていない。三つの魔法陣を頭上に展開し、同時に右手に魔力を集中させる。


「【ゾルイーラ】」


 中位雷魔法【ゾルイーラ】。威力、射程、弾速、全て【イーラ】の倍以上の強力な魔法だ。

 だが、流石はランク2のモンスター。魔法の発動直前にこちらに気付いたコボルトソルジャーは瞬時に散開した。


 一体に直撃はしたものの、放電で他の個体を巻き込む事はできなかった。だが、それは想定内だ。

 散開した三体のコボルトソルジャーに向け、三つの魔法陣から雷撃が撃ち出される。時間差で発動した【ゾルイーラ】は全て命中し、四体のコボルトソルジャーは沈黙した。


「お前達、無事か?」


 壁際に追い詰められていた三人の探索者は、腰を抜かし唖然としていた。


「す、すげえ……あれだけのコボルトソルジャーを一瞬で……」

「あんた、何者だ?」


 漸く事態を把握できたのか、恐る恐るといった風に訪ねて来る。


「私はただのランク1の魔術師だ。それより、これはどういう事だ?」


 視線を斃れたコボルトソルジャーに向ける。ダンジョンのボスが複数、更に、三階層なんかをうろついているなど、明らかな異常だ。

 この探索者達は私と同じランク1だ。だが、私よりは明らかに探索者歴は長い。何か知っている事は無いか、問い詰める事にした。

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