第15話 空に浮かぶ月はただ冷たく見下ろすのみ

 目の上のたん瘤もといいぢわるなおねえさまに復讐を果たした事で気分爽快。ダンジョン探索も捗るというもの。探索を開始して一時間、既に一層を踏破し二層へ降りる階段で休息を取っていた。


 階層型ダンジョンでは、基本的にモンスターは階段を使っての階層移動はしない。その為、下階層に降りる階段はモンスターの現れない、ダンジョン唯一の安全地帯セーフティポイントである。

 必然、探索者はここで休息を取る事が多い。今も、周囲で二、三パーティーが休息を取っている。


「それにしても、シル達の家は立派だったな。私達も、いつかあんな家を持ちたいものだな」

「ワタシは今の宿でも良いがな」


 ……なに? あまりに予想外なアローの発言に、思わず耳を疑ってしまった。王都に来た時は王城が自分の住処に相応しい、などとほざいていた愚か者が。


「お前、成長したな」

「貴様、馬鹿にしているだろう」


 キッ、と目を細め凄むアローだが、今も定位置——私の足の間に収まっている。魔王の威厳も何も無い。


「さて、そろそろ行くか。さっさと二階層を抜けたい」

「うむ」


 いや、うむ、ではなく。どいてほしいのだが。今日はいつも以上に甘えてくる気がする。天使化が抜けきってないのだろうか。

 いや、いつも以上にではないが。普段甘えられてなどいないが。あと、天使化ってなんだ。アローはいつも天使……ではなく、あれは猫を被っているだけだ。天使のふりをしているだけだ。


 ずっとあのままでいてくれたらいいのに。



 早々に二層を突破し、三層の探索を開始した。確かに、モンスターは強くなるのだが、如何せん出現するモンスターはコボルトだけだ。どうしても、飽きというものはきてしまう。

 目に見えてアローのモチベーションは低下している。注意力散漫だし、初めは私の前を歩き周囲を警戒していたのが、今では私の隣で、なんなら手を繋いだりしている。完全にお散歩気分だ。

 それでも、この程度のダンジョンではどうにかなってしまう。これは、さっさとこのダンジョンをクリアして、次のダンジョンに向かわなければならない。


 そんなこんなで、三層を探索し、この日の収入は九〇〇〇リアを越えた。



 街に戻り魔石等を換金した後は、いつもの酒場で夕食を取る。探索者になった日に歓迎会をしてもらった酒場は、探索者御用達の店らしい。そこで食事をしていると、稀に面倒見の良い探索者が奢ってくれる。良い店だ。


 金銭的に余裕ができて来たので、私達の食事はかなり豪華になった。骨付き肉に野菜スープ、サラダに加え、デザートに果物まで。孤児院時代はおろか、前世でもここまで豪勢な食事は滅多に食べられなかった。

 探索者とは夢のある職業だな。ランク1でこれなのだから、上のランクの者はどんな生活をしているのだろうか。


 シル達のパーティー『夜を往く者ナイトウォーカー』はランク4。あれだけ大きな家を持ち、恐らく、孤児院にかなりの額の寄付をしている。

 リリベル孤児院は二〇人以上の子供と、大人が五人住んでいた。それだけの人数が毎日二食、食べられていたのは、シル達のお蔭だろう。その額は、毎月数万リアでは効かない。ランク4になれば、それだけ稼げるという事だ。


 私達も、もう少し稼げるようになったら孤児院に寄付するつもりだ。それにはアローも賛成している。こう見えて、アローは義理堅い奴だ。世話になった孤児院に恩を返すのは当然と思っている。


 そんなアローは、今私の目の前で、天使の見た目に似つかわしくないジョッキを持ち、豪快に喉を鳴らしている。


「ぷはー! やはり、仕事の後の一杯は格別だな!」

「その見た目でおっさんみたいな事を言うな」


 骨付き肉に躊躇なくかぶりつくアローに呆れつつ、私もサラダを口に運ぶ。

 良い気分で食事を取っていたが、そこに水を差す者が現れた。


「あ! あんた、さっき『コボルト迷宮』にいたよな!」


 突然現れた只人族の男がアローに話しかけた。鎧を纏い、腰に剣を佩いているという事は、この男も探索者なのだろう。背後にいる三人の男も、それぞれ武器を携えている。

 なんだ、このガキは。いきなり話しかけてきて。


「何だ、小僧」

「小僧って、あんたも俺と同じくらいの歳だろ!」

「まあまあ、落ち着きなよ、カーマ。突然すいません。僕はモブハといいます。彼はカーマ。僕達『英雄の路ヒーローズロード』のリーダーです」


 ローブを着た茶髪の男が、赤髪の男を諫めつつ頭を下げる。悪いと思っているのならさっさと失せろ。飯が不味くなる。


「ダンジョンで見た貴方の剣がとても美しかったもので。ぜひ、僕達のパーティーに入って頂けませんか?」

「ほう」

「ああ?」


 今、何と言った? アローを、パーティーに? ……殺すぞ。


「貴様、中々見る目が有る様だな。確かに、ワタシの剣は美しく、華麗で、最強だ。ワタシをパーティーに誘いたくなるのは必然。だが、ワタシは既にコイツとパーティーを組んで居る。残念だったな」

「じゃあ、そっちのアンタも一緒でいいよ!」


 コイツ、私をおまけ扱いしたか? やはり殺すか。


「断ると言っている」

「ちぇっ、残念。野郎ばっかのパーティーでむさ苦しいから、女がほしかったのになー。まあ、仕方ねえか。パーティー云々は別に、ここいいか? いっしょに飯食おうぜ!」


 赤髪は返事を待たずアローの隣に腰掛ける。アローはチラ、とこちらを見た。


 何故、断らない。私はこんな奴らと飯を食うつもりはないぞ。

 しかし、アローは何も言わない。


「勝手にしろ。私は宿に戻る」


 代金をテーブルに置き、酒場を出る。


 何なのだ、あいつらは。なんなのだ、アローの奴は。折角、探索は順調に行き、久しぶりにシル達とも会って、良い気分だったのに。全部台無しだ。イライラする。


 冷たい夜風は、血が上った頭を冷やしてはくれなかった。



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 『英雄の路ヒーローズロード

 半年前に結成された新人パーティー。

 新人パーティーの初ダンジョン攻略に要する期間は、半年から一年ほど。彼らは三か月で『ゴブリン迷宮』を攻略した。

 それなりに有望なパーティーである。

 今後再登場する事は無い。


 カーマ・セイヌ

 一八歳。剣士。

 『英雄の路』のリーダー。探索者の父に教わったお蔭で、剣の腕はそれなりのもの。

 デリカシーが無いので、幼馴染の少女には嫌われている。


 モブハ・イッケイ

 一八歳。黒魔術師。

 『英雄の路』の頭脳。カーマとは幼馴染で、魔法はカーマの母親に教わった。

 幼馴染の少女に言われた『モブハって、なんか地味だね』という言葉がきっかけで、魔法を習い始めた。


 ソノタオ・ゼイ

 二〇歳。戦士。

 『英雄の路』の筋肉。男爵家の四男で、戦士学校を平均的な成績で卒業した。

 学生時代、特徴の無い自分が嫌で筋トレを始めた。


 ヤーク・メイナーシ

 一六歳。斥候。

 『英雄の路』の眼鏡。特筆すべき点は何も無い。剣は怖いし、大きな武器は持てないし、魔法は使えないので、斥候になった。

 あまりに影が薄く、偶にモンスターにすら気づかれない事は才能と言えるかもしれない。

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