第14話 弟子が師匠に似るのか、似ているから弟子になるのか

 探索は順調に進んだ。『コボルト迷宮』探索開始から五日、私達は二層を突破した。


 階層型ダンジョンは、下の階層に進む程魔素濃度が高くなり、モンスターは強くなる。その分、魔石の含有魔力量も増え、高額で買い取ってもらえる。

 今の私達は一日で七〇〇〇リア以上稼ぐ事ができ、生活は安定してきた。そろそろ、アローの剣や、私の武器を新調しても良いのだが、それよりも先にやりたい事がある。


「なあ、私達はシルとルークに随分と世話になったよなあ」

「うむ。否、貴様のは少し違う気もするが」

「なら、しないとなあ」


 ニヤリ、と笑う私を、アローは呆れたような目で見る。


「貴様は懲りん奴だな。ワタシは知らん。好きにしろ」


 そうと決まれば、手ぶらで向かう訳にはいかないからなあ。土産を買わないとなあ。



 雑貨屋でシルへの土産を探す事にした。アローは早々に、ルークへの土産を買っていた。


 店内を物色していると、シルの瞳と同じ色、翡翠ジェイドのイヤリングを見つけた。値段は五〇〇〇リア。少々高いが、シルへの土産なら丁度良いだろう。


「これを貰おう。贈り物用に包装して貰えるか?」

「畏まりました。少々お待ちください」


 店員にラッピングして貰い、準備は整った。さあ、お礼参りと行こうか。



 肝心のシル達の居場所だが、二人の所属するパーティーは王都ではそれなりに有名らしく、カイに聞くとすぐにパーティーホームの場所を教えて貰えた。

 王都でも一等地と呼ばれる区画に、奴等の根城はあった。三階建て、庭付きの立派な家だ。奴等、こんな家を持つ程稼いでいるのか。私達は未だに一部屋しか借りていないというのに。ん? 何故未だに一部屋しか借りていない? いや、今はそれはいいか。


「たのもー」


 門の外から家の中まで聞こえるように挨拶する。王都ではこの挨拶が普通らしい。ウィーシェでは聞いた事がないが、田舎者と思われたくないので王都流に合わせる。


「ちょ、何? 襲撃?」

「はあ? 誰がだよ!」


 慌ただしく扉が開いたかと思うと、武器を持った二人の男女が出て来た。身の丈に合わない、巨大な斧を持った土人族ドワーフの男と、何かの枝を削って作られた杖を持った森人族エルフの女だ。

 二人は私達を見るなり、油断なく武器を構えた。


「おい、油断すんな。あのガキ、とんでもねえ闘気だ」

「あっちの子も、もの凄い魔力量よ。私より多いかも」


 何故、この二人は臨戦態勢なのだろうか。もしかして、家を間違えたか?


「済まない、シルとルークという者はここに居るか?」


 二人の名を聞いた瞬間、何かを悟ったような表情で構えを解いた。そのタイミングで、扉の奥から新たな人影が現れる。


「騒がしいな。どうしたんだ?」

「そうだよお。今日は折角の休日なのに」


 口元にソースを付けたルークと、眠たげに欠伸するシルだ。


「お前らに客だ」

「客ぅ?」


 土人族の男の言葉に訝し気な表情をするシルは、漸く私達に気付いた。


「ミアちゃんにアローちゃん! こっちに来てたんだ!」


 パッ、と満面の笑みを咲かせ、ぱたぱたとこちらに駆け寄ってくる。ルークも私達に気付き、その後を追う。


「二人共、王都に来たんだな。てっきり、スティーリアに行くものと思ってたよ」

「私達も、早く師匠せんせい達みたいな探索者になりたかったから、王都に来たの!」


 おお、久しぶりの猫かぶりモードだ。可愛い。もうずっとこのままでいてほしい。


「もー、王都に来てたなら早く教えてよー。あ、あれはウチのパーティーメンバーのガルガインとスーリシアだよ。ガル坊とスーちゃんって呼んであげて」

「おい! 誰がガル坊だ!」

「もうちょっとちゃんと紹介してよ!」


 ガル坊とスーちゃんは怒りを露わにシルに詰め寄る。


 土人族は平均身長が一二〇セルトから一三〇セルトくらいだ。ガル坊もその例に漏れず、身長は一二〇セルト程でシルより小さい。幼さの残る顔立ちも相まって、少年のような見た目だが、身の丈の倍以上ある大斧を軽々と担いでいる。

 栗色の髪は短く切り揃えられ、同じ色の瞳は鋭い眼光を放つ。小柄ながら引き締まった肉体は、歴戦の戦士の風格を宿している。


 スーちゃんは、身長が一七〇セルト近くあり、ルークと同じくらいだ。白銀の長髪の間から、森人族特有の長い耳が覗いている。優し気な青瞳が、今はスッと細められシルを睨んでいる。

 凹凸の少ない美しい体つきは、特に深い理由はないが仲良くなれそうな気がする。


 二人は一頻りシルに文句を言うと、こちらに向き直る。


「俺はガルガイン・アッシュだ。ガルでいい。坊はいらないからな!」

「私はスーリシア・ホワイトアインよ。こう見えて、一〇〇年以上生きているから、スーちゃんはちょっと、ね。スーでも、リシアでも、好きなように呼んで貰って構わないけど、ちゃん付けはやめてね」


 切実だった。この二人もシルに振り回されているのだろう。可哀想に。


「私はミアだ。コイツはアロー。私達は、シル達と同じリリベル孤児院出身で、二人の妹のようなものだ」

「ああ、お前らが。武器を向けて悪かったな。ただ、あれは、お前らも悪いからな。あんな道場破りみたいな」

「王都では普通の挨拶ではないのか?」

「それ、誰に聞いたの?」

「シルだ」


 二人は同時に、惚けた顔をしたシルの方を振り向く。


 おかしいとは思っていた。ただ挨拶しただけなのに、あんなに敵意を向けられるなんて。


「あはは! まさか、本当に信じるなんて思わなかったよ。ミアちゃんは素直で可愛いねえ」


 コイツ、ぶん殴ってやろうか。いや、まだだ。まだ我慢だ。


「お前、マジで最低だな」


 もっと言ってやってくれ。


「それで、二人は何しに来たの? 丁度朝ご飯食べてた所だから、一緒に食べてく?」

「いや、私達はこれから探索に行くから遠慮しておく。今日は挨拶に来ただけだ」

師匠せんせい達にはお世話になったから、お礼をしたかったの! これ、探索で稼いだお金で買ったんだ! はい、師匠せんせい!」


 なんだ、この天使。可愛い。抱きしめていいか。これが、本当にあの魔王なのか。


「俺にくれるのか? ありがとう! 大切にするよ!」


 アローがルークに渡したのは黄色いバンダナだ。なかなか良いセンスをしている。ルークの赤い髪に良く似合っている。


「シルには私から」

「えーなになに! 嬉しい! 開けて良い?」

「ああ」


 丁寧にラッピングされた箱を、シルが開け——


「あばばばば!」


 閃光が走り、シルは無様な悲鳴を上げ、ピクピクと痙攣する。

 極限まで威力を絞った【イーラ】の、設置式魔法陣が発動した。


「あはは! 引っかかったな、馬鹿め! 特訓と称した、数々の暴虐! 忘れたとは言わせないぞ! お前に復讐する時をずっと待っていた! よし、目的は果たした! 逃げるぞ!」


 唖然とするルーク達を尻目に、アローの手を取り一目散に逃げだす。


「待てコラクソガキー!」


 背後からそんな叫びが聞こえるが気にしない。いやー、愉快愉快。


「貴様、魔王以上に卑劣だな」


 猫かぶりを止めたアローがそんな事を言っているが気にしない。やられたらやり返す。当然だろ。



 *



「あんのクソガキ、次会ったら覚えてろよ」

「たぶんだけど、自業自得でしょ」


 ミア達の走り去っていった方を睨み吐き捨てるシルに、スーリシアは半目を向ける。

 腹を抱えて笑うガルガインを蹴り飛ばしたシルは、大きく息を吐く。


「アローちゃんはあんなに良い子なのに、ウチの弟子は何でああなのかなー」

「弟子は師匠に似るんだよ」

「それはどういう意味かな?」


 笑顔を浮かべながら目は一切笑っていないシルに苦笑しながら、ルークはシルの持つ箱を指差す。


「箱の中、見てみなよ」


 恐る恐る箱を開いたシルは目を見開く。再び雷撃が襲って来る事はなく、中に入っていたのは、翡翠のイヤリングだった。

 大事そうにイヤリングを取り出し、右耳に付ける。


「あら、可愛い。似合ってるわよ」

「そ、そう? もー、ミアちゃんは素直じゃないなー」


 恥ずかしそうにはにかむシルを見て、ルークは呆れたような笑みを浮かべる。


「ほんと、シル達はそっくりだよ」


 喧嘩ばかりの、似た者同士の妹達を、優しく、どこか羨ましそうに、兄は見守っていた。

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