第13話 新人の新人による新人の為の新人店

 休憩の後は六体のコボルトを倒し、合計で一一体、魔石と素材の換金額は二六〇〇リアにもなった。

 夕食に四〇〇リア、宿代に一〇〇〇リア使っても、一二〇〇リアも残っている。これで冒険者カードの発行手数料を支払う事はできるが、今回はポーションや食料等を買って、次回長めに探索する事にした。


 そんなわけで、今日は昨日の酒場でアローと夕食を取り、宿に戻った。相変わらずの一部屋で、一つのベッドでアローと一緒に寝る事になる。

 早く金を稼いで二部屋取れるようにならなければ、私の理性が保たない。



 翌日、買えるだけのアイテムを購入してダンジョンに向かった。今日は一日探索に費やすつもりだ。

 一日目は一〇分。二日目は半日。結果的にだが、少しづつダンジョンに慣らす事ができたのは良かったかもしれない。


 ダンジョン内は、外界と比べて魔素濃度が高い。魔力を大量に摂取する事が危険なように、急激に魔素濃度が高い場所に移動するのは危険だ。

 ただ、こちらは徐々に魔素濃度を高くする事で体を順応させる事ができる。


 ダンジョン内の魔素濃度はランクが高い程濃くなる。パーティーの『昇格ランクアップ』の条件がダンジョンを三つクリアする事、であるのには、濃い魔素濃度に体を順応させる、という意味もある。

 新人探索者に良くあるミスで、初探索で調子に乗って奥まで進み過ぎ、探索時間が伸びて魔力中毒を起こしてしまう、という話を、今日の朝ミスティが言っていた。できれば、もう少し早く聞きたかった。


 因みに、高濃度の魔素に順応する速度は、魔力量が多い程早い。私程の魔力量があれば、ランク1程度のダンジョンでは順応させるまでもない。

 逆に、アローは魔力量が極端に少ないので、順応に時間がかかる。初日に私の魔法が一発当たっただけでダウンしていたのは、そういった理由もあるのかもしれない。


 そう考えると、あそこでアローに魔法を当てた事で探索を早めに切り上げる事になり、アローが魔力中毒になるのを防げた、ともいえる。つまり、私は悪くない。寧ろ、私はアローの恩人ともいえる。


「お前、私に感謝しろよ」

「はあ? 貴様こそワタシに感謝しろ。誰の御蔭で今が在ると思っている」

「少なくとも、お前のお蔭ではない」


 とも言い切れないか。あの時、コイツが信じろ、と言ってくれなかったら、私は記憶を消して元の世界に転生していただろう。それについては、感謝していなくもない。

 まあ、そんな事、コイツには絶対に言わないが。


「チッ、恩知らずが。其れでも勇者か」

「はいはい。どうもありがとうございます」


 私のおざなりな礼にも、アローは満足気に口元を緩める。


 ダンジョンに入って三時間程。今は二度目の休憩を取っている。

 ダンジョンで休憩する際は、一人は絶対に見張りが必要になる。しかし、私達の場合、行き止まりか小部屋ルームに入り、通路を氷魔法で塞ぐ事で安全に休憩できる。


 そんなわけで、私達は今、ダンジョン内でありながらリラックスモードなのだが、何故かアローは壁を背に座る私の足の間にすっぽりと収まっている。

 ダンジョンで休憩する時はいつもこの体勢になるのだが、その理由を尋ねた所、


「ワタシは魔王だぞ。下僕が快適な場を提供するのは当然だろう。クッションがかなり薄いが、其れは我慢してやろう」


 との事だ。


 氷壁の外に放り投げてやろうかと思ったが、それは勘弁しておいてやった。私は寛大だからな。決して、良い匂いがしたからとか、抱きしめた感触が心地良かったからとかではない。


 ともあれ、休憩は十分に取る事ができ、後半のダンジョン探索も順調に進んだ。アローとの連携も少しずつ改善され、後半は探索時間を少し短くしたにも関わらず、今日一日で二五体ものコボルトを討伐した。換金額は五六〇〇リアにもなった。

 今回は、カード発行手数料を支払う事にした。払えるのに払わないというのは心象が悪いだろうから。ミスティに嫌われたくは無い。


 一〇〇〇リアを支払い、残りは四六〇〇リア。明日の探索準備に一〇〇〇リアは使うとして、三〇〇〇リア以上残る。

 となると、やる事は一つ。装備の新調だ。私はともかく、前衛のアローの装備がただの服というのは流石に不味いだろう。


 といった旨をミスティに伝えた。


「それでしたら、私にお任せ下さい! 探索者協会と同様に、生産者組合、商業組合という物があります。この三つの組織は互いに持ちつ持たれつの関係で、探索者が持ち帰った魔石や素材を商業組合を通して生産者組合に売り、生産者組合の商品を商業組合を通して探索者協会が買い取っています」


 それで新人探索者に装備のレンタルができるのか。


「中でも、それぞれの組織が重要視しているのが新人育成です。ブランド力やコネが無く商品の売れない新人生産職。教育を終えたものの経験の浅い新人商人。お金が無くてアイテムや装備の買えない新人探索者。三者の悩みを解消する店舗があります。新人生産職の商品を格安で販売している、通称『新人店ルーキーショップ』です!」


 興奮した様子でミスティは力説する。何がそんなに嬉しいのか、満面の笑みを浮かべている。


「『新人店』には、看板にこのひよこのマークがついているので、一目でわかります。協会のすぐ傍にも一店舗あります。新人の商品といっても、最低限の品質は保証されているのでご安心ください。……中にはとんでもない掘り出し物もあるとか」


 最後にこそっと情報を付けたし、ミスティは悪戯っぽく笑う。その可憐さは、見た目だけは天使のアローで耐性を付けていなければ耐えられなかっただろう。恐ろしい女だ。


「ありがとう。その店に行ってみるとする」

「いえ、私はアドバイザーですから! 他にも、困った事があったら、何でも仰って下さい!」


 太陽のような眩しい笑顔。なんだこの人。女神か? 女神だな。どこぞの駄女神は、この勤勉さを見習ってほしい。

 女神の笑みの前では、こちらの頬も緩んでしまうというもの。


「いたっ!」


 突然、横腹辺りに激痛を感じた。突然の悲鳴にミスティは首を傾げている。

 犯人は当然アローだ。ミスティからは死角になる位置で、私の横腹をつねったのだ。なんて奴だ。ミスティに変な風に思われたらどうしてくれる。


「何をする」

「フン」


 何も答えず、アローは出口へと歩いて行った。話が長かったから怒ったのだろうか。それはミスティに言ってほしい。


「子供か、まったく。では、私も行くとする」

「はい、いってらっしゃいませ」


 何故か、ミスティに生温かい目を向けられた。



 ご機嫌斜めな魔王様だったが、手を繋いで街を歩いていると、直ぐに機嫌は直ったようだ。初めは逸れないように腕を組んだり、手を繋いでいたが、いつの間にかそれが当たり前になってしまい、今では人通りの少ない場所でも手を繋いでしまっている。


 そうこうしている内に、ミスティの言っていた店に到着した。中に入ると、様々な武器や防具、魔法道具マジックアイテムが所狭しと置かれている。

 近くにあったロングブレードを見てみると、値段はたったの三〇〇〇リア。普通、ロングブレードは中古でも五〇〇〇リアはする。アローの持っているショートブレードでも、六〇〇〇リアだった。格安というのは本当のようだ。


 今回探しているのはアローの防具だ。魔法道具も気になる所だが、そこまでの余裕はまだない。ないのだが、アローは真剣な表情で武器を眺めている。当然だが、今日はアローの防具を買う、という事は伝えている。まあ、アイツは馬鹿なので放っておく。


 防具類が置いてあるコーナーを物色していると、不意に服を引っ張られた。


「良い物を見つけた」


 そう言ってアローが自信満々に差し出してきたのは、先端に青い宝石の埋め込まれた杖だった。やはり、コイツは馬鹿だった。


「そんな物を買う金はない。戻してきなさい」


 上目遣いはやめなさい。目をうるうるさせるのもやめなさい。


「そもそも、お前は杖なんて使わないだろう」

「チッ、貧乏勇者が」

「それはお前もだろ」


 危うく不要な物を買わされるところだった。杖だったから耐えたが、あれが可愛い服とかだったら迷わず買っていた。いや、嘘だ。買うわけないだろ。貴重な金をそんな事に使うか。


 そんな事より防具だ。闘気によって肉体が強化されるとはいえ、万が一という事もある。

 私には魔力障壁があるから、防具は必要ない。優先されるべきはアローの防具で、次に武器だ。


 棚を物色していると、奥に隠されるように置かれた純白の戦闘衣バトルクロスを発見した。

 手に取って広げてみると、それは女性用の物だった。


 純白の布地に金の意匠の入った上衣は、アローの漆黒の髪と血色の瞳に良く似合いそう——ではなく、驚くべき事に、魔力が編み込まれていた。

 森人族エルフは魔力を見る事ができる。ハーフの私も、集中すれば可能だ。


 店内のどの防具にも、武器にも、魔力の編み込まれた物はない。この戦闘衣だけだ。

 値段は二〇〇〇リア。安過ぎる。


 魔力の編み込まれた武器や防具は特殊な効力を発揮する。そして、それを作り出すという事は簡単ではない。

 希少で貴重。故に高価。

 どんな物であろうと、数万リアはくだらない。それが、たったの二〇〇〇リア。


 ミスティの言っていた掘り出し物なのか、それとも、曰く付きの物か。

 見た所、編み込まれているのは風の魔力。装備者を蝕む呪いの類も見受けられない。

 まさか、作った者が気づいていない、なんて事はないだろう。


 ともあれ、これを買わないというのは、倒したモンスターの魔石を持ち帰らない、程の愚行だ。

 純白の戦闘衣を持ってアローを探す。アローは何を血迷ったのか、魔術師が着るようなローブを眺めていた。


「掘り出し物を見つけたぞ。これにしよう」

「ふむ、貴様は此れをワタシに着て欲しいのか?」

「? ああ、お前に着てほしい」


 風の魔力は体を軽くする。アローがこれを着れば、探索効率は更に上がるだろう。


「其処迄言うのなら仕方ない。其れを着てやろう」


 アローは上機嫌で試着室に向かった。良く分からないが、機嫌が良いのだから放っておこう。

 その間に、私は店員にあの防具の制作者について尋ねてみた。


「あの防具を作った者の名前はわかるか?」

「はい、少々お待ち下さい」


 店員は分厚いノートを取り出すと、ペラペラとページを捲る。


「あちらは、ロロティア・ジールベルトという半土人族ハーフドワーフの職人が制作した物です」

「そうか。感謝する」


 土人族ドワーフ。力が強く、手先が器用で、鍛冶等を得意とする種族だ。魔力を多く持つ森人族とは真逆で、土人族は闘気が多く魔力は殆ど持っていない。

 しかし、ロロティアという職人はハーフだ。魔力を持っていても不思議ではないし、土人族並の技術にも納得だ。


 そうこうしている内に、アローが着替え終わったようだ。純白の戦闘衣を着たアローが試着室から出てくる。

 小柄なくせに生意気な胸囲を誇る、少々特殊なアローの体型に、その戦闘衣はピッタリフィットしていた。左胸に輝く黄金の翼の刺繍が、ただでさえ目立つ胸部をより強調している。

 ショートパンツと合わせて眩しい程の白は、黒鳥の濡れ羽のような漆黒の髪と血色の瞳を映えさせる。


 思った通り、良く似合っている——ではなく、それなりに様になっているではないか。


「どうだ?」


 フフン、とアローは腰に手を当て、得意気に胸を張る。見た目だけは天使のようだ。見た目だけは。


「ああ、悪くないのではないか」


 これで中身も天使なら完璧なのだが。


「其れだけか? 他に言う事が有るだろう? ん?」

「他に? いや、無いが」

「はあ、だから貴様はぼっちなのだ」

「おい、それは関係ないだろ!」


 というか、ぼっちじゃないし! 友達いるし! シル……は友達ではないか。ミスティ……は仕事上の関係か。ほ、他には……。違うもん! ぼっちじゃないもん!


 おのれ魔王! なんて残酷な精神攻撃だ! だが、私は勇者! こんな……こんな攻撃効いてないし!

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