第10話 酒は飲んでも飲まれるな

 アローをおんぶした状態でなんとか街まで戻って来れた。そのまま、魔石等を換金してもらう為に探索者協会に向かう。


「ミアさんにアローさん。随分と早かったですね」

「アローが戦闘で負傷してしまってな」

「背後から雷魔法を撃たれたせいでな」


 ミスティは私とアローの顔を交互に眺めて、ニッコリと微笑む。


「えっと、お二人共ご無事で何よりです!」

「ほう、此れが無事に見えるか」


 アローがミスティを威圧するが、おんぶされた状態で威圧しても、滑稽なだけだぞ。


「換金を頼む」

「畏まりました。コボルトの魔石が三つに、爪と牙ですね。これでしたら、八〇〇リアになります」


 現在の所持金と合わせて一一〇〇リア。ギリギリ宿には泊まれるが、これでは食事もできない。

 買っていた食料は昨日尽きた。生きるだけなら、一日くらい何も食べなくても平気だが、ダンジョンを攻略するにはエネルギーを補給しなければならない。


 ここで考えても仕方ない。一先ず、金を受け取り、この場を後にする。

 しかし、またもや、私達の前に立ち塞がる者がいた。


「よお、新人。ちょっと面貸せや」


 ゴーリ程ではないが、筋骨隆々の只人族の大男だ。無視しても良いが、それは得策とはいえないだろう。


「おい、もう歩ける。下せ」


 アローが耳元で囁く。随分とタイミングが良いな。もしかして、もっと前から歩けたのではないか?

 まあ、それは良い。おんぶくらいならいくらでもしてやる。別に背中に当たる感触を楽しむ為とかではない。してほしいのならしてやる、というだけだ。下心なんて一切ない。


 兎も角、今はこの男について行こう。


 男は協会を出て大通りを歩く。その後をついて行くと、少し進んだ所で路地に入った。

 罠だろうか。最悪、アローを囮にして逃げよう。


「警戒しておけよ」

「問題無い。いざとなったら、貴様を囮にして逃げる」

「おい」


 同じ事を考えるな。


 男は路地裏の建物の前で立ち止まった。看板がある。酒場のようだ。


「ここだ。入りな」


 中は、一見普通の酒場だが、客は全員探索者だ。鎧等、防具を身に着けている者はいないが、皆武器を携帯している。

 時刻は昼を過ぎた辺りだが、探索者はこんな時間から酒を飲むのか。


「奥に空いてる席があんだろ。そこがお前らの席だ」


 私達は店の最奥の席に押し込まれた。

 しまった、退路を断たれた。これだけの探索者全てが敵だとしたら、入口から逃げるのは不可能だ。

 近くには窓が一つ。二人で逃げてもすぐに追いつかれるだろう。どちらかが足止めしなければならない。


「おい、もしもの時は私が魔法で隙を作る。お前はそこの窓から逃げろ」

「馬鹿か、貴様は。此の距離で魔術師に何が出来る。ワタシが隙を作る。貴様が逃げろ」

「馬鹿はお前だ。私の体力では直ぐに追いつかれる。お前が逃げろ」


 小声で言い合う私達の正面に、男は乱暴に腰掛ける。


「おい、お前ら、ビールでいいな?」

「は?」

「だから、飲み物はビールでいいんだろ?」

「いや、私は酒は」

「チッ、おい! このガキ共には果実水だ!」


 はーい、とウエイトレスが返事をすると、少しして男の前にビール、私とアローの前に果実水が運ばれてきた。


「よし、お前ら、酒を持て! 新たな同胞と、俺達の輝かしい未来に!」


 かんぱーい、と周囲の探索者達がジョッキをぶつけ合う。これは、どういう事だ。


「何呆けた面してんだ。今日は、お前らの歓迎会だ」

「歓迎会?」

「ああ、王都に新人が来るなんざ、久しぶりだからな。結構な数が集まったが、今日の主役はお前らだ」


 困惑する私の隣に、既に出来上がった様子の女が無遠慮に座って来た。赤茶色の髪をショートカットにした二〇代中頃の只人族ヒューマンの女だ。

 薄手のシャツを押し上げるたわわに実った二つの果実は、アローのそれを凌駕する程である。とても探索者に向いているとは言い難い。私が切り落としてやろうか。


「探索者ってのはねえ、横の繋がりを大切にするのよ。アタシらは、ダンジョンでは獲物を奪い合うライバルだけど、同時に、ダンジョンという未知を探索する仲間でもあるのさ。探索者になった理由は色々あるけど、みんな根っこの部分では一緒なのよ。ロマンを求めて探索者になったって部分はね」


 酒臭い女は、馴れ馴れしく肩を組んで来る。

 言わんとする事はわからないでもない。私が探索者になったのは、人類を守る為、そんな大それた目的も無く、ただ純粋に冒険を楽しみたかったからだ。勇者としてではなく、一人の探索者として。


 それはそうと、何故アローさんはそんなに私を睨んでいるのだろうか。別にあれだぞ。押し付けられている謎の柔らかい感触を楽しんでなんかいないぞ。


「おい、ルービ、新人にダルがらみしてんじゃねーよ。そんな事より、お前ら、いきなりロウに喧嘩売ったらしいな」

「はあ!? アンタら、命知らずだねえ」


 ロウとはあの狼野郎の事だろうか。私は喧嘩を売ってはいないが。次に会った時にはわからないがな。別に、アローが気にかけているからとかではないが。


「アレは中々面白い男だったな。配下に欲しいくらいだ」

「あっはっはっ! ランク5の探索者を配下にって! アンタ何様だよ!」

「何様だと? ワタシはま——」

「私達は王都に来たばかりで良く分かっていないんだ。やはり、あの男は有名なのか?」


 また馬鹿が馬鹿な事を口走りそうになったが、今回は遮る事に成功した。


「そういう事なら、俺が解説してやるよ!」

「あーあ、まーた始まっちまったよ」


 ルービと呼ばれた女は、うんざりとした表情をしながらも追加の酒を注文する。


「まだ名乗ってなかったな。俺はカイ・セーツ。こう見えて結構な古株なんだ。王都の探索者には詳しいぜ」

「ついでにアタシも自己紹介しとくかね。ルービ・スキーだよ。よろしくね、お嬢ちゃん達」


 ルービは新たに運ばれてきたビールを一息に飲み干し、再び追加注文する。そんなルービに呆れた様子のカイは、コホン、とわざとらしく咳払いする。


「いいか、先ず、現在王国にいる上級探索者一四人。お前らが喧嘩を売ったのはその内の一人、ロウ・ヴォルフだ。年齢は二五歳。狼獣人で、とんでもねえスピードが持ち味の斥候職だ。ロウ以外の一三人はそれぞれパーティーを組んでいるんだが、ロウはソロでランク5に到達した、正真正銘の化け物だ。単純な戦闘力では、三人いるランク6を差し置いて王国最強と言われている」


 情報通を豪語するだけあって、確かにそれなりに詳しいようだ。


「ふむ、アレが王国最強か」


 アローはチラッと私を見て、小さく笑った。何故私を見た。

 カイは未だに何やら話しているが適当に聞き流す。それより、この酒臭い女をどうにかせねば。


 私は前世を含め、アルコールを一滴も口にした事はない。その為、こういった場はあまり得意では無い。面倒臭い酔っ払いもいるし。

 助けを求めてアローに視線を向けるが、プイッとそっぽを向いてしまった。どうして。


 そうこうしている内に、テーブルに次々と料理が運ばれて来た。


「お、おい、私達は金を持っていないぞ」

「ああ? んなもん気にすんな! 今日は俺達の奢りだ! 好きなだけ飲んで、食えや!」

「ほう、ならばワタシにも酒を持って来い」


 遠慮というものを知らないアローは、早速酒を注文する。


「本当に良いのか?」


 正直、物凄く助かるのだが、会って間もないどころか、ここに来て初めて会った者達に奢って貰うのは気が引けてしまう。


「良いのよ。探索者ってのはこういうもんなの。先輩にしてもらった事は、今度はアンタらが後輩にしてやればいいのさ」


 成程、そういうものか。


「それなら、遠慮無く頂こう」

「おう、食べな食べな! アンタらちっこいんだから、どんどん食べて大きくなりなよ!」


 骨付き肉やサラダ、焼き魚等、様々な料理はどれも美味しそうで、どれから手をつけようか迷ってしまう程だ。

 前世では貴族のパーティー等に参加した事はあるが、その時の煌びやかなコース料理と比べると、粗野で雑多な料理達。しかし、あの時の料理よりもこちらの方が記憶に残る味わいだ。


「おい、貴様、何だ其れは。ジュースでは無いか。酒を持って来い」

「いや、私は酒は」

「何だと? 貴様、ワタシの酒は飲めないと言うのか?」


 アローが私の肩に腕を回し、空になったジョッキを頬にグリグリと押し当ててくる。


「そうよ! カイが奢るって言ってるだから、飲まなきゃ損よ!」

「おい、おめえには奢んねえぞ」


 ルービの前には既に空になったジョッキが五つも置かれている。


 右にアロー、左にルービ。何だこのデカ乳包囲網は。くっ、なんという乳引力……間違えた、吸引力。


 私達の前に三つのジョッキが置かれる。もう逃げ場はないのか。

 仕方ない、一杯だけ付き合ってやるか。

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