第7話 探索者になろう
一口に探索者といっても、その実力はピンキリである。探索者やパーティーにはそれぞれランクがあり、モンスターを倒したり、ダンジョンをクリアする事でランクは上がって行く。
ダンジョンやモンスターにも探索者と同じようにランクがあり、パーティーランクと同じランクか一つ下のランクのダンジョンにしか入る事はできない。
パーティーランクと同じランクのダンジョンを三つクリアする事で、一つ上のランクのダンジョンに挑戦する事ができる。そのダンジョンをクリアすると、パーティーランクが一つ上がる。
探索者ランクは、モンスターを倒す事で得られるポイントを一定値まで溜める事で
要するに、高ランクの探索者は、少なくとも一度は同じランクのモンスターを倒している。
探索者の間では、ランク1、2を下級探索者、ランク3、4を中級探索者、それ以上を上級探索者と呼んでいる。探索者の九割が中級以下であり、上級探索者はほんの一握り。その実力は一般人はおろか、同じ探索者であっても理解する事の叶わない、人外の領域へと足を踏み入れている。
一方で、ランク1の探索者は一般人と殆ど変わらない。初めの一年での死亡率は五割を超え、三年以上生き残る者は二割程度しかいない。
探索者の持ち帰るダンジョン産の資源を売買する事で利益を得ている探索者協会としては、優秀な探索者は多ければ多い程良い。その為、いつでも新たな探索者の加入は歓迎している。
そういうわけで、この目の前の美人が私に向ける笑顔はビジネスだ。私の事を好きなわけではない。危うく勘違いしそうになんてなっていない。
探索者協会の受付というのは、協会の顔ともいえる。多くの探索者を求める協会は、受付に見目麗しい男女を配置している。
新人探索者にはアドバイザーとして協会職員がサポートを行う事になっているが、それが目的で探索者になる者もいるとかいないとか。
私達が協会を訪れると、偶然受付のカウンターで暇そうにしていた
協会職員の制服である、ワイシャツに黒いベスト、深緑のネクタイが良く似合っている。
「探索者協会へようこそ! 本日はどういったご用件でしょう?」
「探索者登録をしたい」
とても営業スマイルとは思えない、満面の笑みを受付嬢は浮かべる。これはもう営業スマイルではないのではなかろうか。この人は私の事が好きなのではないか。
「探索者登録ですね。ありがとうございます! では、こちらに必要事項を記入して頂くのですが、代筆は必要ですか?」
「いや、必要ない」
平民の識字率はそれ程高くない。何故なら、生活に必要がないから。そんな物を覚える暇があったら、仕事を覚える。それが、この世界の平民の常識だ。
探索者になるのは、基本的に平民である。文字の読み書きができない者が多いので、先程の質問も当然の事なのだが、受付嬢は慌てて頭を下げた。
「大変失礼致しました」
「構わない。それより、このクラスというのは、魔術師でいいのか?」
「攻撃魔法を扱う場合は黒魔術師、支援魔法を扱う場合は白魔術師と御記入下さい」
という事は、私は黒魔術師だな。他には名前と年齢を記入するだけなので直ぐに終わった。アローも書き終えたようだ。
「えっと、申し訳ありません。まおうというクラスはありません」
「何?」
「馬鹿かお前は!」
何? ではないだろう。コイツこんなに馬鹿だったか? それとも、わざとやっているのか? 私の何かを試しているのか? 昨夜十分に試されたぞ。理性を。
「クラスは、剣士、戦士、斥候、黒魔術師、白魔術師のどれかを御記入頂けますでしょうか」
「チッ、仕方ない」
アローはクラスの欄に天才剣士と記入した。受付嬢は用紙を受け取ると、天才の部分を二重線で消し、にっこりと微笑む。
「はい、不備はありません。これで登録させて頂きますね」
流石は探索者協会の受付嬢。こういう馬鹿には慣れているのだろう。アローは不満気な表情だが、お前にそんな顔をする資格はない。
「それでは、探索者カードの発行手数料として五〇〇リア頂きます」
「……ん?」
「探索者カードの発行手数料として五〇〇リア頂きます」
五〇〇リア、二人分で一〇〇〇リア。私達の所持金は、二人合わせて三〇〇リア。詰んだ。私達は探索者になる事すら叶わないのか。否、諦めるのはまだ早い。
「後払いというわけには……」
「はい、可能ですよ。ただし、一週間以内にお支払い頂けなければ、登録は取り消しとなり、一年間は探索者登録できなくなります」
できるのか。流石は探索者協会。金の無い平民でも探索者になれるような制度があるのだな。
「わかった。手数料は後払いで頼む」
「畏まりました。では、アドバイザーを決めさせて頂きたいのですが、種族、性別、年齢など、何かご要望はありますか? なければ、私が担当させて頂きたいのですが」
「お前は何かあるか?」
一応訪ねてはみたが、アローは興味無さ気に首を横に振る。そうだろうとは思ったが。
「私も特にない」
「では、私が担当させて頂きますね。改めまして、お二人のアドバイザーを務めさせて頂きます、ミスティ・ローレンと申します。これから、宜しくお願いします」
受付嬢——ミスティは深々と頭を下げる。
「こちらこそよろしく頼む」
「では、探索者について簡単な説明をさせて頂きますが、お二人はパーティーを組まれますか?」
「ああ、そのつもりだ」
「畏まりました。パーティー登録をしておきますね。ランクについてはご存じですか?」
探索者についての基礎的な知識はシルとルークから教わっている。文字の読み書きなんかもだ。奴等には世話になった。本当に。特にシルの奴には世話になったものだ。王都に居る筈だから、今度お礼参りに行くとするか。
「知り合いの探索者にある程度教わっている」
「そうですか。では、ランクについての説明は省きますね。お二人は探索者ランク、パーティーランク共に1です。討伐ポイントは持ち帰った魔石で計算致しますので、採り忘れないよう注意してください」
魔石はモンスターの体内で生成される。つまり、倒したモンスターを解体して魔石を取り出さなければならない。ダンジョン内では、モンスターの死骸は放置していたら地面に吸収され魔素に分解されるので死骸の処理は必要ないが、解体術は探索者の必須技能である。
「続いて、探索者の義務についてです。探索者の皆様にはランクに応じた年会費をお支払い頂きます。年会費をお支払い頂けない場合、
折角ランクを上げたのに、そんな事で降格だなんてあほらしいな。
「また、魔獣の『
強制招集が発令されるのは、魔獣やモンスターに関する異常事態だけ。国同士の戦争等に加担する事はない、という事だ。そこが国に仕える騎士との違いだ。
「その他、細かな規約はこちらをご覧ください」
そう言って差し出された冊子を受け取る。規約といっても、それ程気にする事はない。常識的な行動を取っていれば問題はない。まあ、その常識が怪しい奴もいるが。
ともあれ、探索者としての暗黙のルールなんかもシル達から聞いている。
「何か質問はありますか?」
「そうだな。この辺りのランク1のダンジョンを教えて貰えるか?」
「はい。王都近郊にあるランク1のダンジョンは五つ。その中で初心者におすすめなのは、東にある〈コボルト迷宮〉と、西にある〈ゴブリン迷宮〉です。どちらも階層型ダンジョンで、出現するモンスターはそれぞれコボルトとゴブリンのみです」
コボルトとゴブリン、どちらもランク1のモンスターだ。確かに初心者向けだな。
「どっちにする?」
「ふむ、コボルトか。あの犬共では準備運動にもならんが、まあ良いだろう」
「いや、〈ゴブリン迷宮〉もあるが」
「〈コボルト迷宮〉とやらは何処に在る?」
「東の街道を進むと、途中に分かれ道があります。看板に従って進んで頂くと〈コボルト迷宮〉が見えてきます。距離は、徒歩三〇分くらいの距離です」
「いや、だから〈ゴブリン迷宮〉も」
「では、〈コボルト迷宮〉に行くとするか」
あれ、私の声が聞こえてないのかな。
「お前、もしかしてゴブリン苦手なのか?」
「はあ? 貴様は馬鹿か? ワタシがゴブリン如きを苦手としているだと? 寝言は寝てほざけ。ああ、昨日はワタシの体に欲情して寝られなかったのか。其れで今寝ていると云う訳か」
馬鹿の寝言に、ミスティはまあ、と両手で口を押え顔を真っ赤にしている。
くそ、事実だから否定できない。嘘を吐けないという勇者の特性を利用した巧妙な手口だ。おのれ魔王。私はお前の体に興奮したのであって、お前に興味は……いや、それはそれで、だな。
「あんな、緑色で醜悪で性欲に支配された亜鬼なぞ、ワタシにとっては塵以下の存在だ」
「酷い言いようだな。まあ、そうだが」
ゴブリンは緑色の皮膚をした、人間の子供くらいの体躯の亜鬼——鬼の亜種だ。繁殖力が高く、性欲が旺盛。何故か人間の女を好み、捕まえて巣に連れ帰り、犯して孕み袋にする。前世では最優先討伐対象だった。
「性欲? ゴブリン、というか、モンスターに性欲があるのですか?」
「何? ゴブリンは女性を襲わないのか?」
「? ダンジョンに入った女性探索者は襲われますが、性別は関係ないと思いますよ」
この世界のゴブリンは女性を犯さないのか。前世とよく似た世界だと思っていたが、こういった所にも違いはあるのだな。
「そんな事はどうでも良い。〈ゴブリン迷宮〉なんぞには行く価値が無い。ワタシは〈コボルト迷宮〉に行くぞ」
「はいはい。では、そういう事だ」
「あの、お二人共、その格好でダンジョンに行かれるのですか?」
何かおかしかっただろうか。今の私達の服装は、成人祝いにシルとルークから貰った、探索者用の動きやすさを重視した服装だ。私は白のシャツと黒いスカート、アローは黒いシャツに白のショートパンツ。足元はどちらも革のブーツ。
特に問題は無いように思える。というか、着替えろと言われても他に服は持っていない。替えの服は全て孤児院の子供達にあげたからな。
「探索者登録をして一年未満の方には、探索装備一式を貸し出しています。破損や紛失をされた場合は弁償して頂きますが、基本料金は無料です。そちらを利用されてはいかがですか?」
なるほど。確かに、魔石やモンスターの素材を持ち帰らなければならないのに、手ぶらというのは問題だな。
「では、バッグを貸してもらえるか。なるべく大きな物が良い」
「はい、それは勿論ですが、その、防具等は」
「それはいらない」
武器や防具を借りて破損でもしたら弁償できないからな。
「畏まりました。では、こちらからお選び下さい」
カウンターに三種類のバッグが並べられる。太腿に着けるタイプの小型のポーチ、腰に着けるタイプのポーチ、そして大きめのリュック。
私はリュックを、アローは腰に着けるポーチを借りる事にした。
「あの、ダンジョンのモンスターは、魔獣とは強さの次元が違います。本当に気を付けて下さい」
「ああ、わかっている。では、行ってくる」
こんなに心配してくれるなんて、やはりミスティは私の事が好きなのだろうか。いや、そうに違いない。いやー、参ったな。
「何をニヤけている。気色悪い」
「べ、別にニヤけてなどいない! あと、気色悪いって言うな!」
勇者だって傷付くのだぞ!
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クラス
・剣士
片手で扱える刀剣を主武器とするクラス
・戦士
両手で扱う武器、打撃武器を主武器とするクラス
・斥候
遠距離武器、小型武器、無手を主武器とするクラス
・黒魔術師
攻撃魔法を扱う職業
・白魔術師
回復魔法を扱う職業
厳密な決まりは無く、ナイフを使う剣士もいれば、楯と剣を持つ戦士もいる。魔術師は攻撃魔法と回復魔法、どちらも扱える者もいる
パーティーの斡旋や、特殊な強制招集の際に参考にする程度のもの。
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