第5話 王都とは王の住む都、王城とは王の住む城
この世界の生物は人類を除き、大きく三つに分類される。
一つは
二つは魔獣。魔力を蓄え、体内に魔石を生成した静獣だ。魔獣は基本的に気性が荒く、一般人にとっては大きな脅威である。
三つはモンスター。ダンジョン内に現れる魔獣だが、強さは桁違いである。同種の魔獣とモンスターでは、五倍以上の力の差がある。
魔獣の中には稀に、モンスターに匹敵する強さを持つ個体が現れる。それは、固有名を付けられ
そういった一部の例外を除き、探索者にとって魔獣とは脅威にはなり得ない。逆に、魔獣程度に手こずっているようでは、ダンジョン攻略など夢のまた夢という事だ。
そんなわけで、探索者を目指す私達は、目の前に現れた狼型の魔獣——ブラッドファング程度、容易く屠らなければならない。
しかし、だ。本来、街道に魔獣は滅多に現れない。魔獣の主食は魔力、正確には魔力の元となる、大気中に存在する魔素という物質だ。
魔獣は魔素濃度の高い場所を好む。その為、街道は魔素濃度の低い場所に作られ、加えて結界で魔素濃度を下げている。
では、何故ブラッドファングは街道に現れたのか。それは、私の背後で横転している、お馬鹿な馬車が原因だ。
魔獣は、魔素を吸収し魔力に変換させているが、魔力を持つ物を食べる事で魔力を摂取する事もできる。
このお馬鹿馬車が積んでいた荷物は、高濃度の魔力が結晶化した物質、魔石だ。そんな物を大量に積んでいては、魔獣に襲って下さい、と言っているようなものだ。寧ろ、護衛も付けずよくここまで無事だったな。
馬車の左右を四体と三体のブラッドファングが挟んでいる。その内、三体を私、四体をアローが担当する。
この世界に来て初めての実践。加えて、今の私は魔術師。
凡人であれば、相手が魔獣でも苦戦していたかもしれない。しかし、私は元勇者。磨き抜かれた戦闘センスは転生しようとも失われない。
「【イーラ】」
放たれた雷撃は、右端のブラッドファングに直撃した。すると、雷撃は連鎖し、隣の、更に隣のブラッドファングまで焼き焦がした。
これが雷魔法の最大の利点だ。雷撃が直撃すると、そこから放電し周囲を襲う。
直撃後の放電は魔力操作である程度制御できるので、注意していれば味方を巻き込む心配はない。
ブラッドファング達は、直撃した個体はおろか、他の二体も即死だった。
戦闘センス以前に、普通に敵が弱かった。この様子だと、アローの方も直ぐに片付くだろう。
馬車の奥を覗いてみると、アローは不満気な表情で剣を鞘に納めていた。
「チッ、此れでは準備運動にもならん」
大きく舌を弾いたアローはずかずかと横転した馬車に乗り込む。
「おい、何時迄其処に隠れている。さっさと出て来い」
「ンニャー! ニャーを喰っても美味くねーですにゃ! どうか命だけは助けてほしいですにゃ!」
馬車の中から必死な命乞いが聞こえる。暫くがたがたと暴れていたが、大人しくなったソレの首根っこを掴んで、アローが馬車から出て来た。
アローはソレを放り投げ、シャン、と音を鳴らして剣を抜き放つ。
「折角拾った命を無駄にしたくなかったら、ワタシの質問に三秒以内に答えろ」
「何でもお答えするですにゃ!」
ソレ——頭部に猫の耳を持った獣人族は、その場に正座し猫耳と腰から伸びる猫の尻尾をピンと立てる。
癖のある茶色のショートカットに、茶色と焦げ茶色の縞模様の耳と尻尾。恐らく、この少女は獣人族の中の茶猫族という種族だろう。
「何故、あんな物を護衛も付けず運んでいた?」
辺りに散らばる魔石を一瞥し、アローは剣を猫獣人に突きつける。
「ニャ、ニャーは荷物の中身は知らなかったですにゃ! ニャーはただ、荷物を王都まで運んでほしいと頼まれただけですにゃ!」
「中身を確認しなかったのか?」
「中身は見るな、って契約だったですにゃ! ニャーも商人の端くれですにゃ! 契約は絶対に破らないですにゃ!」
命乞いは平気でするが、商人としてのプライドは持っているらしい。
アローはフン、とつまらなさそうに鼻を鳴らし、剣を納めた。
「もう良い。行くぞ」
完全に興味を失くし歩き始めたアローに、猫獣人は必死に縋り付いた。
「待ってほしいですニャ! お二人の強さを見込んで、お願いがあるですにゃ!」
「断る」
「ニャーの護衛をしてほしいですにゃ! お二人もこの道を通っているって事は、王都に向かっている筈ですにゃ! 報酬は、無料で馬車に乗せるですにゃ!」
「断ると言っている。そもそも、馬は逃げているだろう。どうやって馬車を引くつもりだ」
アローにここまで食い下がるとは、大した胆力だ。魔獣には命乞いしていたけど。
「それは大丈夫ですにゃ! アイツらはニャーの相棒ですにゃ。ニャーが呼べば直ぐに帰ってくるですにゃ!」
にゃおーん、と猫獣人は何度か遠吠えを上げる。
「…………」
「…………」
「…………」
どれだけ待っても、馬は戻って来ない。
「……ニャ、ニャーが馬車を引くですにゃ! これでも、多少は闘気を扱えるですにゃ!」
それを証明するように、猫獣人はふんぬ、と横転した馬車を起こした。
「ハア、ハア、どうですにゃ。馬車を引くくらいはできるですにゃ」
肩で息をする猫獣人を、アローは部屋の隅に溜まった埃を見るような目で見ている。
「護衛くらい良いのではないか? 馬車に乗せてくれるというし、歩くよりは早いだろう。それに、なんか可哀そうになってきた」
アローは何故か捨てられた子犬のような視線を向けてくる。
「フン、勝手にしろ」
アローの許可も出たので、私達は護衛の依頼を受ける事にした。
危なかった。あのまま二人で旅を続けていたら、王都に着く前にアローの誘惑に負けていた可能性がある。王都に着くまでの間に、なんとか耐性を付けておかなければならない。王都ではまた二人で行動する事になるだろうから。
「護衛を引き受けてくれて助かるですにゃ。申し遅れたですにゃ。ニャーは茶猫族のキティですにゃ。王都までよろしくですにゃ」
御者台に座る私とアローに猫獣人——キティは、商人らしく綺麗なお辞儀をする。
「私はミア。こっちはアローだ。こちらこそ、よろしく頼む」
先程から何故か不機嫌なアローの代わりに私が自己紹介する。
キティが馬車を引き、ゆっくりと動き始めた。スピードに乗ると、駆け足程度の速さで街道を走って行く。
キティは私と同じくらいの身長で、スレンダーな体型をしている。そんな、華奢な少女が馬車を引き、その御者台に私達が座っている、というのは、側から見ると虐待なのではないだろうか。
いや、私達が屈強な男ならそうかもしれないが、見た目はか弱い女の子だ。
それに、キティは獣人族だ。獣人族は種族特性として、只人族や森人族より力が強い。つまり、今のこの状況はなんらおかしくない。
私が脳内で自己弁護している間も、アローは足と腕を組み不機嫌そうに遠くを眺めていた。コイツがここまでへそを曲げるのは珍しい、というか初めての事だ。
「おい、何をそんなに怒っているんだ?」
「怒ってなどいない。おい、駄猫、スピードを上げろ。今日中に王都に着かなければ、その尻尾の毛を一本残らず毟り取るぞ」
「はいですにゃ! 全力で走るですにゃ! だから、尻尾は勘弁してほしいですにゃー!」
なんて惨い事を。私が脳内で組み立てた理論は完全に破綻した。これは虐待だ。
ともあれ、アローがキティ(の精神)に鞭を打ったお蔭で、予定よりだいぶ早く王都に到着した。
あれ以来魔獣に襲われなかったというのも大きい。まあ、それは、アローが絶えず殺気を放ち続けていたからだろうが。
なんだかんだ言いつつも、護衛の仕事はきちんとこなす辺り、コイツも案外律儀だ。
王都は巨大な外壁に囲まれており、中に入るには東西南北にある四つの門のどれかを潜らなければならない。
門には当然門番がいて、怪しい者が王都に侵入しないよう検閲を行っている。
身分証を持っていない私達は、どちらかというと怪しい部類に入るだろう。しかし、キティのお蔭ですんなり中に入る事ができた。
「駄猫もそれなりに役に立つようだな。何処かの駄女神とは違う」
大きな街に来てテンションが上がったのか、機嫌の直ったアローがペットにそうするようにキティの頭を撫でる。
「お二人共、本当にありがとうですにゃ。お蔭で無事に王都に辿り着いたですにゃ。ご縁があればまたお会いしたいですにゃ」
「こちらこそ助かった。もう、怪しい依頼は受けるんじゃないぞ」
キティはぺこぺこと何度も頭を下げ去って行った。
改めて王都の街並みを眺める。煉瓦造りの建物が整然と建ち並び、綺麗に整備された街路を祭りでもしているのかという程の人々が行き交う。街の中央には、その威光を示すように、立派な王城が聳えている。
王都ウィスティアは想像以上に栄えていた。
不意に右腕に柔らかい物が当たった。見ると、アローが私の右腕に自身の左腕を絡めていた。
「なあ、胸が当たっているんだが」
「其れが如何した?」
「いや、別に……」
それがどうした、ではないが。なんだ、急に。もしかして、あまりの人の多さに心細くなったのか。気持ちはわからなくもない。こんな所で逸れでもしたら、二度と出会えないだろう。
だが、それならせめて手を繋ぐくらいにしてほしい。腕を組まれるのは私の精神衛生上良くない。主に、二の腕辺りに当たる柔らかい感触が、私の正気をゴリゴリ削っていく。
しかし、ここで動揺した姿を見せる訳にはいかない。コイツは魔王。隙を見せたらヤられる。私の理性が。
「一先ず、宿を探すか」
「うむ」
引きこもり魔王だったコイツは、こんなに人がいる場所は初めてなのだろう。借りて来た猫のようなアローと共に王都の街並みを練り歩いた。
小一時間程歩き少し余裕が出来たのか、アローは物珍しそうにキョロキョロと周囲を眺めはじめた。完全にお上りさんである。
こうしていると、ただの天使なのになあ。
当てもなく、宿を探すという目的はあったが、適当に歩いていた私達は、王城の元へと辿り着いた。前世で見た魔王城に勝るとも劣らない立派な城を、アローは感心したように見上げる。
「ほう、悪くない。ワタシが住むに相応しい城だな」
「馬鹿かお前は!」
慌ててアローの口を塞ぎ、路地に隠れる。
王城の真ん前で何を言っているんだ、コイツは。国家反逆罪で処刑されるぞ。
「何をする、戯け!」
顔を赤らめ涙目になったアローが、キッと私を睨む。
……ふう、危ない。危うく何かに目覚める所だった。落ち着け、今は不味い。いや、今はとかではないが。
「お前は馬鹿なのか? 否、お前は馬鹿だ。あんなの、誰かに聞かれたら王位簒奪を企んでいると取られて、処刑されるぞ」
「私は魔王だぞ。王であるワタシが王城に住むのは当然だろう」
「当然なわけがあるか。今のお前はただの小娘だ」
コイツ、頭は良いくせに馬鹿だ。常識というものがない。五〇〇〇年も生きていたくせに。
「いいか、今のお前は魔王ではない。不用意な発言は避けろ」
「チッ、面倒な」
私の言う事はそれなりに聞いてくれる事がせめてもの救いだ。私はこんな奴と、王都で一緒に暮らして行けるのだろうか。
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