第4話 旅立ちの朝、見上げた空は荒れ模様
アローがディアボロだったと判明してから五年が経ち、私達は一五歳になった。
この世界では一五歳から成人となり、大人の仲間入りである。厳密には、長命種である
そんなわけで、私とアローは明日孤児院を出る。その後は当然探索者になる。
孤児院のあるこのウィーシェの街はとても小さく、探索者協会の支部もない。探索者になるには探索者協会に登録しなければならない為、先ずは協会支部のある街に向かう。
この街の周辺には三つの街がある。北にはこの国——ウィストリア王国の王都ウィスティア。東には港町スティーリア。西には農業が盛んな街ガンド。ガンドには協会支部が無い為、選択肢は王都ウィスティアか港町スティーリアの二つだ。
ウィスティアは、王都というだけあって栄えており、周囲にダンジョンも多い。しかし、その分物価が高い。探索者として収入が安定しないうちは苦労するだろう。
一方でスティーリアは、物価は王都より少し安い程度だが、周囲にダンジョンが少ないので探索者が少ない。その為、ダンジョン産の素材が高く売れる。
以上の事から、初めはスティーリアで経験を積み、収入が安定したら王都に向かう、というのが無難だろう。という話をアローにすると、
「王都に行けば良いだろう。ルークも、探索者として上を目指すなら王都に行くべきだ、と言っていた。それとも、びびっているのか? 勇者ともあろう者が?」
などとほざきやがった。別にアイツの安い挑発に乗ったわけではないが、行先は王都に決まった。
翌日、私達は孤児院の皆に見送られ、ウィーシェの街を出た。
王都までは徒歩で一週間程。馬車を使えばもっと早く着くが、そんなお金は無い。
住民の手伝いなどをしてこそこそと小遣いを稼いでいたが、そのお金は野営の道具と食料、アローの剣に消えた。
私は魔術師なので武器が無くても戦えるが、アローは剣がないと役立たずになる。アローが天使のままならそれでも良かったのだが、天使どころか魔王だと知った今、役立たずを守る義理はない。
「猫を被るのも此れで終いか」
街から少し離れた所で、アローがポツリと溢した。コイツは私の前以外では、完璧に以前の天使なアローを演じていた。
「どうせなら、ずっと被ってくれていたら良かったのにな。私の可愛い天使を返せ」
「天使なら此処に居るだろう、ミアおねえちゃん」
「ぐぅ……!」
アローが私の腕に抱き着いて、上目遣いで見つめてくる。
アローは成長し、益々前世のディアボロの姿に近づいて来た。七大罪の権化といわれただけあって、可愛さの中にどこか妖艶な色気があり、油断すると私も魅了されてしまいそうな程だ。この無駄にでかい乳が無ければ、私はもう堕ちていたかもしれない。
何より厄介なのは、コイツは自分の可愛さを自覚している事だ。私が上目遣いに弱い事もバレている。魔王に弱点を握られるなんて、最悪だ。
「おねえちゃん、と呼ばれ浮かれる貴様を見るのも愉快ではあるが、流石に飽きも来る」
「べ、別に浮かれてないし! ちょっと可愛くて、可愛くて、可愛いからって調子に乗るなよ!」
「ほう、貴様はそんなに此の見た目が好みか。ならば、一度抱かせてやろうか?」
ニヤリと笑い、アローはご自慢の双丘で私の腕を挟み込む。薄手のシャツ越しに柔らかい感触が右腕を包む。
「此処にはもう、孤児院の者共の目は無いぞ。街道を少し外れれば人も来まい。女との経験が無いというのなら、ワタシがリードしてやってもいいぞ」
「……………………………………そんな事するわけがないだろう!」
「随分と長い葛藤だったな」
私は、元とはいえ勇者だ。魔王の誘惑には惑わされない。
「まあ良い。抱きたくなったら何時でも申せ。貴様の知らぬ世界を教えてやろう」
艶やかな薄いピンクの唇を、真っ赤な舌が這う。歳は同じ筈なのに、放つ色香は別次元だ。色欲の権化の名は伊達ではない。
だがしかし、勇者の精神力を舐めて貰っては困る。決して、魔王の誘惑に惑わされたりしない。決して、離れた胸の感触を名残惜しくなんて思っていない。
小さく息を吐き、見上げた空は分厚い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだった。まるで、私の心のような荒れ模様だ。
高鳴る鼓動が私自身に誤魔化す事を許してくれない。
私は本当に魔王の誘惑に耐える事ができるのだろうか。前途多難な旅が幕を開けてしまったようだ。
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