第3話 黒魔術師と剣士

 私が異世界に転生して一〇年が経った。私は捨て子で、リリベル孤児院という孤児院に拾われた。

 正門の前に生まれたばかりの私が入った籠が置かれていたらしい。一緒に入っていたのは毛布と、私の名前が書かれたメモだけ。メモに書かれていた私の名前はミア。今世の私の名はミア・リリベルだ。


 この一〇年で、この世界の事はある程度把握できた。まず、この世界に魔族はいない。かといって、人間だけというわけでもない。


 この世界に存在する人類は五種。只人族ヒューマン獣人族ビースト森人族エルフ土人族ドワーフ、そして神人族ゴッズ。神人族は人間が神に至った存在で、滅多に現れるものではない。ここ数百年、神人族の存在は確認されていない。なので、実質人類種は四種類ともいえるわけだ。


 因みに、私の種族は半森人族ハーフエルフだ。基本的に他種族と子供を作る事はできないが、只人族はどの種族とも子供を作る事ができる。そうして生まれた子供はハーフと呼ばれる。


 森人族の特徴として耳が長い、というものがあるが、半森人族の私は、少し耳が尖っている程度だ。

 ついでにいうと、今の私は前世と同じ金髪碧眼。この世界で金髪は珍しいらしく、孤児院には他に金髪の子供はいない。


 それはいいとして、とても困った事が起きてしまった。


 というのも、この世界には魔力の他に、闘気というものがある。魔力は魔法を使う為のエネルギーで、闘気は体を強化する為のエネルギーだ。

 前世で勇者として剣を振るっていた私に必要なのは、当然闘気だ。しかし、悲しいかな、私の闘気は絶望的に少なかった。鍛えれば多少は増やせるらしいが、そんな気も起きない程に微々たるものだった。


 代わりに、魔力量はとんでもなく多い。森人族の種族特性でもあるが、それにしても多すぎるらしい。なので、剣士の路は諦めて、魔術師を目指す事にした。


 魔術師を目指す、と言ったが、この世界は種族間や国同士で戦争をしているわけではない。この世界にはダンジョンと呼ばれる不思議な場所がある。

 そのダンジョンを探索し、資源やダンジョン内に現れるモンスターの素材を持ち帰る人々を探索者と呼ぶ。


 私は探索者になるつもりだ。たまに遊びに来る、リリベル孤児院出身の探索者に稽古をつけてもらっている。


 今日も探索者のシルに魔法について教えて貰っていた。

 シルは探索者歴五年のベテランだ。新人指導も担当しているらしく、教えるのが上手い。


 身長は一四〇セルトくらいで一〇歳の私と同じくらいだ。若葉のような薄緑色の長髪と、宝石のような緑の瞳が特徴的な、見た目少女の二〇歳の自称おねえさんである。

 おねえさんかどうかはさておき、特に深い理由はないが、慎ましやかな胸部には好感が持てる。只人族のシルはこれ以上の成長は見込めないが、本人はまだ諦めていないらしい。哀れだ。


「よし、ミアちゃん、魔力操作もだいぶ上手くなったし、今日は魔法を使ってみよっか」


 私はあまりに魔力量が多すぎるので、ある程度魔力操作ができるようになるまで魔法は禁止されていた。魔法の制御に失敗して魔力が暴走すると、ここら一体が吹き飛ぶ可能性があるから。


「魔法には適正ってものがあるんだけど、先ずはミアちゃんはどんな魔法が使ってみたい?」

「そうだな、やはり雷魔法を使いたいな」


 勇者時代、魔王軍に雷魔法を使う者がいた。雷魔法は兎に角速い。避け辛い上に威力も高い。加えて感電して動きを止められてしまう。厄介極まりない魔法だ。


「雷魔法なんて良く知ってるね。私は適正がないからお手本は見せられないけど、とりあえずやってみよっか」


 シルは私の背後に立ち、右手を重ねる。


「始めは手から撃ち出すようにすると、イメージしやすいよ。魔力を右手に集めて、呪文を唱える」


 右手を突き出し、そこに魔力を集める。シルが補助をしてくれているから、いつもよりスムーズに魔力を集められる。そして、呪文を唱える。


「え、ちょ、ま」

「【イーラ】」


 シルが何か言っていたような気がしたが、バチン、という凄まじい音にかき消された。

 私の手から撃ち出された雷は正面の若木に直撃し、若木は炎上した。

 不味い、あれは院長先生が大事に育てていた木だ。


「うわー! 何やってんのー! やばいやばい! 【ウィルシーア】!」


 シルが慌てて水魔法で消火するが、時すでに遅し。若木は完全に燃えてしまっていた。


「凄い音がしましたけど、大丈夫ですか?」


 そこに院長先生がやって来た。院長先生の視線は、当然、黒く焼け焦げた若木に向く。


「いやー、魔法の練習をしていたんですけどねー。ミアちゃんの魔法が思ったより凄くてですねー」


 シルがチラチラとこちらを見てくる。

 なるほど、シルの考えは完璧に把握した。


「シルがあそこに撃つように誘導した」

「ちょっと、ミアちゃん!?」


 おや? 全責任は自分が取る、というアイコンタクトではなかったのか?


「わ、私の静止を無視して魔法を撃ったのはミアちゃんでしょ!」

「シルは、手から撃ち出すように、と言った。そして、私の右手をあの木に向けた。私はシルに言われた通り呪文を唱えただけ」


 醜い責任の押し付け合いをする私達に、院長先生は大きな溜息を吐いた。

 不味い、院長先生は普段は優しいが、怒ると滅茶苦茶怖い。


「すまない、院長先生。シルも悪気があったわけではないから、許してあげてほしい」

「だから、なんで全部私が悪いみたいに言ってるのよ! 違うんです、院長先生! 私は止めたんですけど、ミアちゃんが勝手に——」


 ゴン、ゴン、と二発の拳骨が落とされた。何故私も殴られた? 私は何も悪くないというのに。これだから、人間は。

 というか、脳天が砕けたかと思ったぞ。御年七五歳の拳では無いだろう。


「いいですか、孤児院を卒業しようとも、私達は家族です。シルも、ミアも、私の大切な娘です。そんな娘同士の責任を押し付け合う姿なんて見たくありません」

「はーい、ごめんなさーい」


 私達のおざなりな返事に、院長先生は再び溜息を吐いた。


「まったく、あの二人を見習いなさい」


 院長先生が視線を向けたのは、庭の中央で模擬戦をする只人族の二人、赤髪の青年と黒髪の少女——ルークとアローだ。


 前世の私からするとお遊び程度の物ではあるが、この世界ではそこそこのレベルらしい。アローの年齢を考えると、天才と呼べる程だ。

 アローは、黒鳥の濡れ羽のような美しい黒髪を振り乱しながら、必死にルークに斬りかかる。型にはまらない自由な動きは、並の者であれば翻弄されてしまいそうだが、ルークは慣れた手つきでアローの剣戟を捌いている。


 やがて、アローは立ち止まり、肩で息をし始めた。すると、ルークは爽やかな笑みをアローに向ける。


「よし、ここまでだな。凄いぞ、アロー。前より闘気操作が格段に上手くなってる。これは、俺もうかうかしていられないな」


 わしゃわしゃと頭を撫でられたアローは、ルークにお礼を言うと一目散にこちらに駆け寄って来た。


「ミアおねーちゃん! 師匠せんせいに褒められたよ!」

「うん、見てたよ。凄かったよ、アロー」


 抱き着いてくるアローを受け止め頭を撫でてあげると、アローはえへへ、と嬉しそうに口元を綻ばせる。


 この天使のような、否、天使の名前はアロー。私と同じ日に修道院の裏門で院長先生に見つけられたらしい。私と同じように籠に入れられ、中には毛布と名前の書かれたメモだけが入れられていた。

 歳は私と同じ筈だが、私の事をお姉ちゃんと呼んで慕ってくれている。前世の事で荒んでいた私の心を癒してくれた、私の女神だ。どこかの駄女神なんかより、アローの方がよっぽど女神に相応しい。


 私より一〇セルト程身長が低いアローは、よく私に抱き着いてきて鮮血のように紅い瞳で見上げてくる。それはあまりに愛らしく、頼まれれば世界だって滅ぼしてしまいそうな程だが、同時にお腹辺りに感じる柔らかい感触には、複雑な思いを抱かずにはいられない。

 一〇歳とは思えない、堂々と聳える二つのお山。おかしい。同じ生活を送っているのに、どうしてこうも成長に差が出るのか。私は遮る物のない穏やかな平原だというのに。


 いや、落ち着こう。私は半森人族。森人族は長命。つまり、私はまだ成長期が来ていないだけ。


 因みに、アローは私と反対に魔力量は限りなく少ないが、闘気が信じられない程多い。その為、一〇歳にも係わらず、ミアと同じベテラン探索者であるルークとまともに打ち合えていた。


 それにしても、アローを見ているとアイツを思い出す。黒い髪に紅い瞳、そして、大きな胸。アイツもこの世界に転生している筈だ。もしかしてアローが——


「どうしたの、ミアおねえちゃん?」

「ん、いや、少し知り合いの事を思い出していたんだ」


 私もどうかしているな。天使であるアローが、七大罪の権化といわれたアイツであるなどありえない。


「ほう、其れはワタシの事か?」

「…………………………ん?」


 目を擦ってみるが、目の前にいるのは愛らしい笑みを浮かべた、私の天使だ。あの、人を小馬鹿にした不愉快な笑みを湛えた魔王などではない。

 どうやら、アイツの事を考えていたせいで幻聴が聞こえたらしい。


「ククク、全く気付く気配が無かったから泳がせてみたが、まさか、此処迄気付かないとはな。堪え切れず、ワタシから言ってしまったではないか」


 幻聴ではなかった。シルとルークは院長先生と共に建物に入っていった。ここにいるのは私とアローだけだ。


「お前、まさか」

「いかにも、ワタシは魔王。五〇〇〇年の時を生きた古の魔。今は貴様と同じ小娘だがな」


 ククク、とアローは愉し気に口元を歪める。それはもはや見慣れてしまった、魔王の笑みだった。


「嘘……だろ……」


 私の天使は、元魔王だったとさ。



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 この世界の単位

・長さ

 キルト>メルト>セルト>ミルト

 1キルト=1000メルト

 1メルト=100セルト

 1セルト=10ミルト


・重さ

 キルグ>メルグ>セルグ>ミルグ

 1キルグ=1000メルグ

 1メルグ=100セルグ

 1セルグ=10ミルグ


・時間

 一日=24時間

 1時間=60分

 1分=60秒


・年月日

 一年=12か月=360日

 一月=30日

 一週間=6日

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