第4章〜こっち向いてほしいけれど あきらめることも私なりのファイトでもある〜⑤

「えっ! オレと? えぇ!?」


(「私と付き合ってくれませんか!?」 たしかに、いま、浦風うらかぜさんは、そう言ったよな……?)

 

 下級生の突然の言葉に、「なぜ?」の嵐が、オレの脳内を吹き荒れる。

 そんな困惑するオレの様子を見てとったのか、すぐに、長洲ながす先輩が、浦風うらかぜさんに訂正をうながす。

 

「ちょっ、ちょっと、弥生! それじゃ、意味が変わっちゃうから! タッチーに付き合ってもらいたい場所があるんでしょ?」


「あっ、そうでした! すみません、立花先輩! もらえませんか!?」


 ふたたび、前のめりになりながら話す下級生の圧に押されて、オレは、ぎこちなく首をタテに振る。


「浦風さん、オレに付き合ってもらいたい場所があるってこと? 遠くでなければ、別に構わないけど……」


 そう返答すると、浦風さんは、嬉しそうにオレに告げてきた。


「ありがとうございます! それじゃあ、明日の夕方、午後6時に阪神浜崎はんしんはまがさき駅に来てもらえませんか?」


(また、阪浜はんはまの駅か……)


 そう思いつつも、場所は市内あることから、自宅からもそれほど離れておらず、特に断る理由もないので、


「うん、わかった」

 

と、ふたつ返事で了承する。すると、


「ありがとうございます!」


 再度、お礼の言葉を述べた下級生は、


「それでは、明日は、よろしくお願いします」


と、丁寧にお辞儀をして生徒会室を出て行った。

 クーラーの効かない廊下で、オレたちの話しが終わるまで待ってもらっていたのか、と考えると、浦風さんに申し訳ない気持ちが湧いてくる。そんなことを考えていると、生徒会室に残った長洲先輩が、意味深な表情で微笑みながら、語りかけてきた。


「ありがとう、タッチー。私から頼むのもおかしいんだけど……もう少しだけ、あのコに付き合ってあげてくれないかな? キミのことは、できる限り、私たちでフォローするからさ」

 

(オレのことをフォローって、どういうことだ?)


 先輩の言葉が気になりつつも、クラスメートではない上級生と下級生の二人と話すことで、少し気分が楽になったオレは、浦風さんとの約束を忘れないよう、スマホのカレンダーに予定を記入してから、家に帰ることにした。


 ◆


 翌日の火曜日――――――。


 先週末と同じように、阪神浜崎はんしんはまがさき駅前の公園近くの駐輪場に自転車を置いて、駅の北口に向かうと、


「立花先輩!」


と、オレを呼ぶ声がした。声のした方に視線を向けると、土曜日とは打って変わって、スニーカーに、スラックス、Tシャツに、日除けのやや目深まぶかなキャップというラフな格好の下級生がいた。


「ごめんね、浦風さん。待たせちゃった?」


 オレが声を掛けると、彼女は首をヨコに振り、


「全然です! まだ、約束の時間の前ですから」


と、微かな笑顔で、スマホのディスプレイの時計表示を指差す。彼女の言うように、約束した午後6時には、まだ5分ほど余裕があった。時間までに彼女と会うことができたことに安堵しつつ、オレは、気になっていたことをたずねる。


「今日は、駅前でなにかイベントでもあるの?」


 この駅前公園では、ときおり、街が主催する催しが行われていて、音楽の演奏があったり、屋台が立ち並んだりする。ただ、見渡した限り、今日はそうした催しが開催されているわけではないようだ。


「イベント……ではないんですけど……今日は、立花先輩に一緒に聞いてもらいたい曲があって」


(聞いてもらいたい曲? ライブハウスにでも行くのかな?)


 浦風さんの言葉から、そんな想像をしたのだが、彼女が「こっちです」と案内したのは、商店街の角地かどちにあるライブハウスではなく、駅前からエスカレーターを上がった場所にある、シティホテルや総合文化センターに連なる空中回廊ペデストリアンデッキだった。


「日曜日、偶然この上で、歌っているヒトを見かけて……次の演奏日を聞いたら、『また火曜日の夕方に来る予定だ』って言ってたので……」


 屋外のエスカレーターを上りながら、浦風さんは、そんな風に説明する。彼女の説明を聞きつつ、それが、オレと一緒に曲を聞く理由になるモノなのか……と、考えてながら、デッキに上がると、すぐに、お目当てのは見つかったようだ。


「ハルさん!」


 浦風さんが声を上げると、ハルさんと呼ばれたピンクのデニムチェック柄のミニスカ・ワンピース姿の女性が、


「あっ、来てくれたんだ! ありがとう〜」


と言って、前に突き出した両手を振る。それは、ミュージシャンと言うより、アイドルという方がシックリと来る立ち居振る舞いだった。


 の元に駆け寄った浦風さんが、フリフリのアイドル衣装に近寄ると、お相手も笑顔で応対し、


「ホントに来てくれて、嬉しい〜」

 

と、下級生と両手でタッチを交わす。女性同士の和気あいあいとした雰囲気に、やや困惑気味のオレが、彼女たちの様子をうかがっていると、


「今日は、学校の先輩にも来てもらいました!」


と、浦風さんが、ハルさんにオレを紹介した。


「浦風さんの1つ上の立花って言います」


 アイドル衣装の女性に、ペコリと頭を下げると、彼女は満面の笑顔で


「立花さん、来てくれてありがとう!」


と、オレの右手を両手で握ったあと、オレの顔に視線を向けて、一瞬だけ「ん?」と怪訝な表情を見せる。


 ただ、さすがは、アイドルの衣装をまとっているためだろうか、すぐに、笑顔に戻って、


「今日は、いつも以上に一生懸命うたうから、楽しんで行ってね!」


と、声を掛けてくる。2・5次元や3次元の方々の握手会などには参加したことがなく、こうした出来事に慣れていないオレは、


「は、はい……」


と、身を固くしながら返答することしかできなかった。

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