第4章〜こっち向いてほしいけれど あきらめることも私なりのファイトでもある〜⑥

 ハルさんが、ライブの準備を始めると、何人かのギャラリーが集まってきた。

 彼女の元につどって来た人たちは、ほぼ男性ばかりで、年齢は、30代〜40代と言ったところだろうか?


 ハルさんの衣装から、なんとなく想像はついたが、やはり、彼女は、シンガーソングライターやアーティストと表現するよりは、地下アイドル、もしくは、ローカルアイドルと呼ぶほうが相応しい気がする。

 明らかに、自分たちの倍以上の年齢を重ねているであろう、ハルさんのファンたちに囲まれながら、オレは、この場に自分を誘った下級生にたずねた。


「浦風さん、ハルさんとは、前から知り合いなの?」


 すると、下級生は、静かに首をヨコに振り、オレの疑問に答える。


「いいえ、さっきも少し話しましたけど、日曜日に、偶然ココを通りかかったときに、すごく素敵な歌が聞こえてきたので、思わず足を止めて聞き入ってしまって……歌が終わったあと、すぐに彼女に話しかけて、ハルさんの名前と、歌ってた曲のタイトル、今日のライブの予定を聞き出したんです」


 長洲ながす先輩のように、コミュニケーション能力が高めのタイプならともかく……。


 ちょっと失礼ながら、小田先輩への想いが無ければ、クラス委員には立候補していなかった、と言う内容の話しをしていた浦風さんにしては、かなり思い切った行動ではないだろうか?


「そっか……それだけ、浦風さんの心に響く曲なんだ?」


 重ねてたずねると、彼女は、はにかむ様に微笑んで、「はい……」と小さく応じた。

 浦風さんがオレの質問に答えるのと、ほぼ同時に、ハルさんのMCが始まる。


「みんな、こんばんは! 鷹野たかのハルです! 真夏の暑さの中、今日も集まってくれてありがとう! 今日は、可愛いお客さんからリクエストをもらっているので、まずは、その曲を歌わせてもらうね。それでは、今日の一曲目を聞いてください。『ガールズファイト』」


 ハルさんが、言い終わると同時に、オレが初めて聞く、柔らかな曲調のイントロが流れてきた。


 1コーラス目が終わったあと、オレは、歌の世界に引き込まれていることを実感した。

 

 比較的スローなテンポで流れるメロディーは、耳に心地よく、なにより、ハルさん、メチャクチャ歌が上手い!

 これは、浦風さんが、「思わず足を止めて聞き入ってしまった」と語るのも納得だ。


 ただ、土曜日の夜、秘めていた想いを話してくれた下級生が、この曲に惹かれたのは、心地よいメロディーでも、ハルさんの歌唱力だけでないことにすぐに気づく。


 2コーラス目が終わったとき、オレは、既視感のようなモノに襲われた……。

 この歌詞の内容、どこかで聴いたことがある!


 それは、夏祭りで、みんなの元から離れた浦風さんが、公園でオレに語った小田先輩への想いとそっくりな内容だった――――――。


 そのことに気づいて、隣の下級生に目を向けると、彼女も、オレの視線に気づいたのか、少し決まりが悪そうに苦笑する。ただ、それは、同時に、


(立花先輩、わかってくれましたか?)


という無言のメッセージを送っている様でもあった。


 ハルさんが、フル・コーラスを歌い終わると、オレの隣で歌声に聞き入っていた浦風さんが、大きな拍手を送る。オレも下級生に負けないように、大きく手を打って、ハルさんのパフォーマンスに対する自分の感情の大きさを示す。

 彼女のヲタ(というのだろう、多分)の皆さんも、


「ハルちゃ〜ん、良かったよ〜!」

「今日もサイコー!」


と、野太い声を上げている。

 オレたちの拍手とファンの声援を受け、満面の笑みを浮かべたハルさんは、ふたたびMCタイムに入る。


「1曲目は、ちょっと、スローな曲になっちゃったけど、いつものように盛り上げてくれて、ありがとう! それじゃ、ここからは、思いっきりアゲて行くよ!」


 彼女がそう告げると、今日のオープニング・ナンバーとは一転して、アップテンポなイントロが流れ始めた。

 同時に、ヲタの皆さんのテンションも、一斉に上がる。

 その様子を確認しながら、オレは、浦風さんに語りかける。


「少し、離れて観ていようか? ライブが終わったら、オレもハルさんと話してみたいんだ」


 そう言うと、下級生は、「はい、わかりました」と、微笑みながらうなずいてくれた。その笑顔に安堵しながら、ライブ・パフォーマンス中のローカル・アイドルに、どう話し掛けようか思案する。

 オレには、ハルさんに聞いてみたいことがあった。

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