第1章〜どうぞ幸せになってほしいなんて しおらしい女じゃないわ〜⑫
「オレは、もう休憩の前に歌える歌は歌ってしまったからさ……上坂部は、なにか歌う?」
ガラス製のテーブルを前にして、うなだれるようにソファに座り込んでいる彼女は、小さく首をタテに振って、楽曲予約用の端末を触りだす。
予約曲のストックは無いので、端末からデータが送信されると、彼女が選択した楽曲のイントロの演奏がすぐに始まった。
それは、『負けヒロイン』がたくさん出てくるアニメのPVに使われていたアノ楽曲よりも、さらに時代を遡った時代のロック・ナンバー(?)だ。
♪ 凍るアスファルト急な坂 息もつかず思い切り駆け上がる
♪ まるで今にも 崩れ落ちそうな loneliness
♪ ふられ気分なら Rock'n Roll
♪ ヘッドフォンのボリュームを上げて
♪ よれていかれて 肩で風きって Midnight
(今度は、昭和末期の曲って……『LOVE2000』と言い、上坂部の選曲センスってどうなってんだよ!?)
そんなツッコミを入れつつも、邦楽ロックなのに歌詞のリズムが取りづらい楽曲を歌いこなす彼女に感心しながら、オレはサビの部分で、思い切り、
♪ だから、Rock'n Roll! (
♪ されど、Rock'n Roll! (
と、コーラスのシャウトを入れる。
そんなヤケっぱちな合いの手が、多少は役に立ったのか、驚いた表情のあと、上坂部に少しだけ笑顔が戻った。
そして、オレは、この楽曲の後半に出てくる、
♪ どうぞ幸せになってほしいなんて しおらしい女じゃないわ
という歌詞を歌い上げる彼女の姿が気になっていた――――――。
◆
受付での支払いを終えて店を出たオレは、委員長の依頼どおり、副委員長の女子を武甲之荘駅まで送る。
駅までの道のりをゆっくりと歩きながら、不意に彼女が話しかけてきた
「だいぶ昔の曲なのに、立花くん、あの曲よく知ってたね……」
「色々と古い曲を教えてくれる親類が居るからな」
上坂部の問いに、オレは苦笑しながら答える。
正直なところを言えば、ワカ
ちなみに……だが、彼女が熱唱した『ふられ気分でRock’n’Roll』について言えば、オレはTOM★CATのオリジナル曲よりも、レジェンドクラスの声優たちが期間限定のユニットを組んで、カバーしていたアニメのED曲のバージョンの方が馴染みがある。
一方の上坂部葉月は、あのあと、『M』(プリンセスプリンセス)、『小さな恋が、終わった』(リトルグリーモンスター)、『私じゃなかったんだね。』(りりあ。)など、新旧の失恋ソングを何曲か歌ったあと、気が晴れたのか、少しだけスッキリした表情をしていた。
「そういう上坂部も、昔の曲をよく知ってるじゃないか? 同じように家族と親類の影響だったりするの?」
「うちは、お
そう言って、上坂部はニコリと微笑んだあと、うつむきながら、
「カラオケには、大成の家族とも一緒に良く行ってたんだけど……」
と、つぶやいてから、続けて、寂しそうにポツリと漏らす。
「でも、もうあきらめなきゃ、だめなんだよね……?」
誰に問うでもなく、自分に言い聞かせるように、そうつぶやく上坂部葉月。
それは、数日前にヨネダ珈琲で失態を見せてしまったオレにだからこそ見せる気弱な一面なのかも知れない。
そして、その頼りなげな姿には、普段は他人の言動に無関心を装っている自分でさえ、気になるとこるがあり、思わず、こんな言葉を返してしまった。
「そのことなんだけどさ……別に無理にあきらめる必要はないんじゃないねぇの?」
そんな一言に、上坂部は、ハッとした表情でオレの顔をまじまじと見つめる。
口に出してしまったあと、
(しまった……ナニ余計なこと言ってるんだ……)
と後悔したが、一度、口にしてしまったことを取り消すことはできない。
なので、内心で焦る気持ちをなんとか取り繕い、ちょっと、早口になりながらも、オレ自身の見解を述べる。
「い、いや……さっき話した、オレの親類のオバ……じゃなくて、姉さんが言うには、『高校時代に交際を始めたカップルの3分の2は、一年以内に別れる』らしいんだ……だ、だからさ……上坂部にまだ、その気持ちがあるなら……あの二人が別れるまで待つのもアリなんじゃないかと思うんだよ、うん……」
しどろもどろになりながら語るオレの言葉を最後まで聞いていた彼女は、普段から黒目がちな大きな瞳を更に見開いたあと、また、うつむき加減になりながらも、今度は、はにかむような表情でポツリとつぶやく。
「そんな風に言ってもらえるなんて、思ってなかった……」
そんな彼女の様子に、オレは、さらにテンパって、一方的に語ってしまう。
「オレは、そこまで誰かのことを想ったり、好きになったりしたことは無いんだけど……小さい頃からハマってることがあってさ……そういうのを『もう、イイ年なんだから、やめなさい』なんて言われても、納得できないし、簡単に手放したり、あきらめたりは出来ないんだよ。オレの趣味と上坂部の幼なじみを比べるのは失礼かも知れないけど……周りの目を気にしたり、誰かに言われるから、その想いを簡単に手放すのっては違うんじゃないかな? 自分の世界を守るって、そういうことだろう?」
一人でまくし立てるように語るオレの言葉を聞きながら、先ほどまで目を丸くして、オレの顔を凝視していた上坂部は、クスクスと笑いながら、
「そっか……そういう考え方もあるんだよね……」
と、うなずいたあと、
「でも、
と、再び、自分に言い聞かせるように返答する。
「そうだよ! 上坂部が歌った歌の最後には、『最後の最後までつらぬいて見せて あなたが選んだ愛ならば』って歌詞があるだろ? 上坂部も、自分の愛をつらぬいても良いんじゃないか?……って、ナニ言ってんだ、オレ」
最後は、自分でも訳が分からないことを言っている感じて、赤面しそうになるオレの言葉に、彼女は、再びクスクスと笑ったあと、
「そっか……そうだね! 話しを聞いてくれて、ありがと、立花くん」
と、付け加えてから、今日、一番の笑顔を見せる。
その西日に照らされる彼女の表情を眩しく感じながら、オレは、
(いや、クラスメートの人物評価について、前半は同意だが、後半はまったく同意できないぞ)
などと、心の中でつぶやきつつ、オレは、今日の一連の出来事を、
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