第1章〜どうぞ幸せになってほしいなんて しおらしい女じゃないわ〜⑪

「な・な・な、なんのことだよ、アニメ関連のネタって……」


 そのものズバリな指摘に、いつも以上に言葉に詰まりながら返答すると、名和立夏めいわりっかは余裕たっぷりの表情で、自らの推理(というほどハイレベルなモノでもないが……)を披露する。


「その動揺ぶりは、図星だったみたいね。あなたが歌った曲、『RPG』、『GO!!!』『第ゼロ感』、『unrabel』、『シュガーソングとビターステップ』、『奏(かなで)』だったかな? これ、全部テレビか劇場用アニメの主題歌でしょう?」


 曲名と歌唱順を的確に羅列した完璧な回答にぐうの音も出なくなったオレは、崖の上で刑事役の俳優に追い詰められた二時間サスペンスの犯人のように、最後の抵抗を試みる。

 

「へ、へぇ〜そうだったんだ……偶然かな? それに、 『奏(かなで)』って、アニメの主題歌だったんだ……し、知らなかったな〜」

 

「フン……白々しい……わざわざ、作品名を言わなくても良いでしょう? それに、アニメで曲を覚えたヒトって、2コーラス目の後半あたりから、歌い方が怪しくなってくるから、すぐにわかるんだよね」


 精一杯、あらがってみようとしたものの、どうやら、ただの悪あがきに終わったようだ。はい、その通りです。自分が、スキマスイッチのオリジナル・バージョン以上に聞き馴染みがあるのは、「一週間で記憶がなくなってしまう女の子と彼女を見守る男の子の交流を描いた」アニメのエンディングで使用された雨◯天さんの歌声です。


 それでも、意地を張って、

 

「そ、それに、他にも盛り上がる曲なら知ってるし……」


そう反論したものの、すぐに頭に浮かんだのは、『God Knows』(涼宮ハルヒ)、『Only my railgun』(fripSide)、『紅蓮華』(LiSA)だった。――――――だめだ、すべて、アニメ関連な上に、女性ボーカルだし、裏声をマスターしていない今のオレに歌いこなせる歌じゃねぇ……。


 ただ、オレの無意味な返答には、もう関心がないのか、名和は、


「はいはい、それじゃ、この後がんばって……」


と言ったあと、スマホをいじりながら、ポツリとつぶやく。


「いい加減、告ってくるオトコの相手をするのも疲れたし……告白けには、手頃な相手が見つかったけど……このあと、どうするかな〜」


 ――――――えっ!? いま、こいつ、『告白け』って言わなかったか……?

 

 名和立夏の一言に反応し、思わず彼女の顔を凝視すると、相手は自ら発した言葉を失言とすら考えていないのか、スマホの画面から視線を上げて、コチラを一瞥すると、脅すような言葉を投げかけてきた。


「あっ、聞こえてたんだ? 別に聞かなかったことにしてほしい、なんて言わないけど……誰かにこのことを話したら、あなたのクラスでの立場がどうなるか、良く考えてね?」


 もともと、教室内では空気に近い存在でボッチ傾向な自分にとって、クラスでの立場がどうなるか……なんてことは、脅し文句にもならない。

 ただ、名和立夏が一瞬だけ見せた、獲物を射すくめる時のヘビの様な視線には、オレを沈黙させるだけの効果が十分にあったことは否定できない。


(ただの付き合い……というより、ほとんど成り行きに近いカタチでカラオケに同行してきただけなのに、なぜ、こんな理不尽な目に遭わなくてはならないのか……)


 オレが、そんな風に自分の運命を嘆いていると、ボックスのドアが開き、


「待たせたな〜。まだ、時間が残ってるけど、この後どうする?」


と、オレたちに問いかけるように言いながら、久々知大成が戻ってきた。

 彼氏のご帰還に、表情をガラリと一変させた名和立夏は、甘えた声で久々知に腕をからませる。


「私、お腹すいちゃった〜」


 先ほど、一瞬だけ見せた爬虫類のような冷たい視線からのあまりの豹変ぶりに、オレは別の意味で背筋に寒さを覚えた。

 さらに、間をおかず、上坂部葉月が戻ってくると、名和立夏は、より以上に彼氏に身体を密着せさせて、男子の耳元でささやくように言いながら、もう一人の女子をチラリと一瞥する。


「ねぇ、駅までにがあるみたいだからさ、どっちかに寄ろうよ。も・ち・ろ・ん、


「そ、そうなんだ……じゃあ、私たちは、もう少し残るからさ! 大成は、立夏と一緒に出なよ。支払いは、私たちがしておくからさ……」


 上坂部は、幼なじみとして、頼りになるお姉さんキャラを演じているのだろうが、異性へのアピール能力という点では、残念ながら名和に完敗だ(ちなみに、オレたちの住む地方では、ワクドナルドはワクド、ノス・バーガーはノスバと略される。その点でも、転校生は、オレをイラッとさせたことを追記しておく)。


  そんな幼なじみ負けヒロインの不憫さに同乗し、目頭が熱くなるのを感じていると、付き合いたての相手に甘えまくっているクラスメートは、再び彼氏の耳元で何事かをささやいた。


「そっか……一昨日のコーヒー代をまだ支払ってなかったな。迷惑を掛けたぶん、釣りは取っておいてくれ」


 久々知大成は、そう言って、北里柴三郎の紙幣を取り出す。


「あっ、新札だったか……ちょっと、惜しいけど、しゃ〜ない」


 そう言いつつもニコリと笑う。その嫌味のない笑顔に、同性のオレですら、


(いいヤツなんだな……)


と、感心する。そして、


「大成クンの『第ゼロ感』聞きたかったから、今度は歌ってよ!」


と言って、コチラに意味ありげな視線を送る名和立夏に対して、クラスの委員長は、


「あぁ、次に来たときにはな!」


と、爽やかに言葉を返した。


(すまない、久々知……オレが、先にバスケ映画の主題歌を歌っていなければ……)


 心のなかで謝罪する自分に対して、久々知は朗らかな表情で続ける。

 

「立花、悪いけど、葉月を駅まで送ってやってくれ」


 クラスの陰キャラに持ち歌(?)を先取りされたにもかかわらず、イヤな顔ひとつせず場を盛り上げて、最後まで周囲に気を遣ってみせる久々知大成という、我がクラスの委員長の器の大きさに感心しつつ、他の参加者が歌う楽曲にまで考えが及んでいなかった自分の認識の甘さに、情けなさがつのってくる。


 こうして、久々知の人の良さを知るにつれて、


「目を覚ませ! おまえが付き合い始めた彼女は、とんでもない性格のオンナだ! おまえのことを慕ってくれている幼なじみのことをもっと大切にしろよ!」


と、熱く語りかけたくなるが、クラスの連中と、まともな人間関係の構築を行っていない自分が、ナニを言おうと説得力に欠けることを思い知らされる。


 マンガやラノベ、ゲームの主人公の周りでヤキモキする友人キャラやモブキャラの心情とは、こんな感じなのか……と、つまらない感慨に浸りつつ、自分たちの利用料金を置いてカラオケルームを後にする男女を見送りながら……。

 オレは、高校総体の一回戦で全国屈指の強豪校に、如何ともしがたい実力の差を見せつけられて大敗した選手のごとく、魂が抜けきってしまったクラスメートと、この後の時間をどう過ごそうか、頭を捻っていた。

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