閑話5

 彼女が目を覚ましたのは5日後の朝だった。



「様子はどうだった?」


「特に問題はなさそうでした。それに言葉は分かりませんでしたが、挨拶らしき仕草をしていました」


「そうか」



 専属メイド:ユリから報告を受けたユリウスは急ぎ足にて彼女が滞在する使用人室へと足を運ぶのだった。


 例の出来事から早5日。


 その間、少女は1度も目を覚ます事なく眠り続けていた。

 そう。まるで死んでいるかの様に。


 心配になり信頼できる医者にも何度か見てもらった。

 だが結果は異常なし。

 何故起きないのかは不明との事だった。


 不安が募る日々。


 そんな中。

 目が覚めたと聞けば、焦るのも仕方がないだろう。

 王城の階段を急いで駆け下り、使用人室へと向かう。


 彼女の居場所を使用人室にしたのには理由がある。

 それは、彼女の存在をできる限り周囲には知られない様にする為だ。


 彼女の存在を知っているのは、現状ユリを初めとする信頼できる数人程度。

 何故なら彼女は恐らく魔族。

 リスクはできるだけ少ない方が良い。


 ふぅ。


 使用人室の前に辿り着いたところで呼吸を整える。


 よし。


 そしてドアに手を掛け、ゆっくりと開けるのだった。


 、、、。


 ドアを開けて早速。

 最初に目に入ったのは部屋の中央で佇む彼女だった。

 そんな彼女を目にして最初に覚えた感想は。


 凄く可愛いな。


 だった。

 容姿が秀でている事は以前より理解していた。

 だが今までは男装に近い姿。

 その全容までは把握していなかった。


 現在、初めて目にする女性としての彼女。

 背中に伸びたふわふわの顔に整った顔立ち。

 可愛らしいワンピース型の寝間着もとても似合っている。

 はっきり言って絶世の美少女。

 目を奪われるのも当然の事だった。


 そんな彼女に目を奪われていると。

 可愛らしい笑顔を浮かべ。



『初めまして。私はリリィです』



 聞き心地の良いソプラノボイスで何事かを話すのだった。


 分かってはいた事だが。

 以前、街で出会った時と同様。

 ユリウスにとっては知らない言語だった。


 恐らくは魔族の言語だろう。



『倒れていた所を助けて頂いたのでしょうか?でしたらどうもありがとうございます。ただ眠る前の記憶がない為、その事を覚えていなくて、、、。良かったら今の状況を教えて頂けませんか?』



 そのまま彼女は話を続けるが内容は一切理解はできない。


 さて。どうしたものか。


 こうなる事は大凡理解していた。

 だが彼女が目を覚ます迄は心配が勝り、そんな事は完全に忘れていた。



『あの、、。何か失礼な事をしましたでしょうか?』



 反応のないユリウスに不安を覚えたのか。

 彼女の表情が不安そうに曇る。



「ごめんね。君の言葉が分からないんだ」



 言葉は通じないだろうと分かってはいるが。

 罪悪感から謝罪の言葉が漏れる。



『お返事ありがとうございます!改めてお名前を伺っても良いですか?』



 彼女としては返事が貰えたと思ったのか、嬉しそうにするのだった。

 だが数秒後には、再び表情が曇る。

 恐らく彼女も理解したのだろう。

 言葉が通じない事に。



『すみません。どうやら言葉が通じない様です。と言ってもこの言葉も伝わっていないと思いますが、、、』



 申し訳なさそうに呟く彼女。

 その様子から言葉が通じない事を完全に理解した様だった。


 本当にどうしよう?


 進展のない状況に頭を悩ませていると。


 あっ。


 彼女が頭を抑えている事に気付く。



「大丈夫かい?」



 医者の見立てによると頭を強く打っているとの事。

 問題なしとの診察結果だったが、それでも気になる。


 すると。



『あ〜。違います。これは頭が痛む訳ではなくて、今後どうしようか悩んでいるだけであって』



 頭を指差したり、両手を左右に振りながら、慌てた様子で何かを話す少女。

 恐らく俺の心配に対し、大丈夫だと伝えたいのだろう。

 少し大袈裟なジェスチャーも相まって、何となくだが理解する事ができた。



「うん。分かったよ」



 彼女の反応に、ホッと胸を撫で下ろす。



『あっ!』



 その瞬間。

 何かを閃いた様に手を叩く少女。

 そして。



『改めまして。私の名前はです。よろしくお願いします』



 自分の事を指差すと、強めに【リリィ】と発音。

 腰を折り頭を下げるのだった。


 あっ。


 その仕草で言葉の意味が分かった。

 先程、言葉の中で誇張していた【リリィ】という単語は、恐らく彼女の名前だ。



「リリィ。君の名前はリリィと言うのかい?」



 確認の為、リリィと少しばかり強く発音すると。



『うん!そうだよ!リリィだよ!』



 嬉しそうにユリウスの腕を掴むとその場でピョンピョンと跳ね出すのだった。


 どうやら正解の様だが、突然の反応に困惑する。

 彼女もそんなユリウスの反応に気付いたのか、腕を離すと気恥ずかしそうにするのだった。


 コホン。


 仕切り直しの為、咳払いをする。

 そして。



「改めまして僕の名前はです。こちらこそよろしくお願いします」



 今度は逆に名乗ると。



『ユリウス?』


「そうです!ユリウスです!」


『ユリウス!』



 同じく伝わった。

 その事実が嬉しくてお互いに自然と笑みが溢れる。



 こうして。ユリウスとリリィの不思議な関係は幕を開けるのだった。

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