第13話

 目が覚めたら知らない場所にいた。


 なんて。物語では見慣れた展開だが。

 まさか自分が体験する事になるとは思ってもみなかった。


 間取り。家具。空気感。テイスト。

 その全てが初めて。


 此処は何処だろうか。

 漠然とした不安と恐怖心に襲われる。


 前世ーー安全な日本とは異なり、この世界に於いては誘拐も決して珍しい事ではない。

 特に貧困地域では人身売買も多発。

 中には奴隷商売に手を出す者もいるらしい。


 勿論。この世界でも奴隷は禁止されている。

 だが莫大な利益が得られる事もあり、取り締まりが強化された今でも、闇商売として密かに続いているのだとか。


 ひぇ〜。怖い。

 俺も何処かに売られてしまうのだろうか?


 だが冷静に考えるとその可能性は低いと思う。


 先程も伝えた様に。

 誘拐や人身売買は主に貧困地域で行われている事。

 それこそ。陽の光も当たらない真っ暗な場所で。


 それに比べて、この部屋はどうだ?

 陽の光もガンガンに当たるし。内装も凄く豪華。

 とてもじゃないが、貧困層の拠点には見えない。


 恐らく豪華さだけで見れば上級貴族の屋敷だろう。

 それくらい豪華なのだ。

 誘拐の可能性は無いとみて間違いないだろう。


 では此処は一体何処なのか?

 家具や部屋の雰囲気から、少しだけ心当たりがあった。


 それは帝都の王城だ。


 王城については何に数回程度。

 兄達との面会やパーティーの為に足を運んでいるが。

 その際に見た部屋の印象と凄く類似している。


 よし。此処は王城だ。きっとそうだろう。

 そう結論付けて、窓から外を見渡す。


 其処には見知った筈の帝都の街並みが拡がっている筈。

 だったのだが。


 アレ?


 視界に映る光景。

 それは俺の予想とは大きく異なるモノだった。


 赤煉瓦が特徴的な数多くの住宅。

 所々で展開される商店街や市場。

 沢山の人々が往来する大きな交差点。


 その全てが全く見覚えのない。初めての光景。

 混乱と動揺が更に強まる。


 なんだ此処は?


 街の規模や人の数は大凡帝都と同じ。

 だが建物の作りや街の仕組みなど。

 文化的な要素が全く異なる。


 初めての場所なのは明らかだ。


 何故こんな場所に?

 記憶を遡ってみたが、全く思い出せない。


 最後の記憶は

 特に不思議な出来事もなかった。


 ん?


 1つ。自分で言って違和感を覚える。

 それは射的の後の事について。


 そう言えば。


 っ!


 思い出そうとすると右脳に鋭い痛みが走る。

 なんだコレ?

 あまりの痛みに思考が途切れてしまう。


 疑問に思い、右の後頭部に触れてみると、ガーゼか何かで手当されている事に気付く。


 どうやら何処かで頭を打ったのだろう。

 それにより記憶が少し混濁していると考えて間違いない。


 ダメだ。どうしても思い出せない。


 頭痛も酷いし、これ以上の思考継続は無理だ。

 残念だが諦めよう。


 そんな結論に至ったところで。

 今度は、自分の服装について確認してみる。


 肌触りの良いワンピース型の寝間着。

 所々にリボンやレースがあって凄く可愛い。

 はっきり言って。とても好みなのだが。


 こんなの俺は持ってないぞ。


 恐らくはこの部屋の主が着替えさせたのだろう。

 よく見ると体も綺麗に拭かれている。


 誰かが介抱してくれたのかな?

 本当の事は分からない。

 だが状況証拠的にその可能性は高いと思う。


 だったら感謝しないとね。


 ガチャリ。


 そんな事を考えていると部屋唯一のドアが開いた。

 あっ。誰か来たぞ。

 その音に反応してドアの方向へ目線を移す。


 現れたのはメイド服に身を包んだ20歳前半の女性だった。

 長い茶髪と真っ白な肌が特徴。

 全体的に落ち着いた雰囲気があり、クレアさんと似た印象を受ける。


 多分。この屋敷のメイドさんだよね。


 清潔感もあり、身嗜みも凄く綺麗。

 部屋の印象とも相まって、やはり人身売買を行う様な組織の拠点ではないと思う。


 もしかしたら先程の予想通り。何処かで倒れていた俺を、本当に介抱してくれた人かもしれない。

 なら誠意を持って対応をしなければ。


「おはようございます」


 そんな訳で早速、挨拶をしてみたのだが。


「っ!」


 驚いた表情で此方を見つめるメイドさん。

 え?

 そして慌てた様子で踵を返すと、この部屋から出て行ってしまった。


 えー?なんで?


 突然の出来事に理解が追い付かない。


 何か粗相でもあっただろうか?

 いや、ないよね。普通に挨拶しただけだし。


 そんな予想外の反応にショックを受けていると。


 カチャリ。


 再びドアが開いた。

 そして。


『っ!』


 そこには何処かで見覚えのある金髪の少年がいたのだった。

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