閑話3
酷い光景だ。
真下に拡がる光景を目に焼き付けながら、飛竜に跨る少年ーーユリウスは率直にそんな感想を抱く。
此処は魔族の街だった場所。
そして先刻、人族の領土になった場所だ。
人族側から仕掛けた先の戦いは、第1王子:マリウスが魔族の領主を討ち取った事で集結した。
長きに渡り続く、人族と魔族の因縁。
その因縁に終止符を打つべく、人族は魔族領への侵攻を決意。
今回の奇襲は魔大陸に於ける、人族側の拠点確保が目的だった。
警備が厳重な南側からではなく手薄な北側から攻め入る。
移動距離や必要物資が増える為、懸念事項も多かった。
だが、それを可能にしたのが、新たに開発された飛竜搭載型の巨大船ーー通称:空母だった。
これにより武器の運搬、人員の確保が飛躍的に向上。
結果的に作戦は功を奏し、一夜にして完全な制圧に至ったのだった。
今回の奇襲に対し、魔族も黙っては居ないだろう。
この選択が口火となり、全面戦争に発展するのは間違いない。
だが侵攻を決断した以上、全面戦争は免れない。
周知の事実だった。
今回の作戦は第1王子:マリウスが立案したものだ。
人族にとっては必要不可欠な作戦。
人類議会の総意での決定だった。
だが本当にこれで良かったのだろうか?
ユリウスは疑問を感じている。
幼少期より優秀だった兄。
そして若くして勇者の称号を得た、憧れの存在。
そんな兄を心酔し、常に背中を追いかけてきた。
今回の作戦についても、兄の決定なら正しい事。
そう思っていた。疑ってもいなかった。
だが、自身の目に映る光景。
倒壊した建物。
亡くなった大勢の魔族。
この凄惨な状況が正しい事とは、とても思えなかった。
幼少の頃より魔族は忌むべき存在。
絶対悪だと教わってきた。
だが実際は如何だろうか?
ユリウス自身、今回の作戦では後方支援。
前線での戦闘には一切参加していない。
魔族との直接的な関わりも極く僅か。
詳しい事は分からない。
だが前回ーー事前諜報活動の際に感じた人々の雰囲気。
それは自国で暮らす人々と何ら変わりはなかった。
商店街で店を営む人。穏やかな雰囲気の老夫婦。
活気ある若者達。子供の面倒をみる親御さん。
そして元気に駆け回る子供達。
その全てがユリウスには輝いて見えた。
暴虐武人。想像していた魔族の姿は何処にもない。
本当の魔族って?
ユリウスの中で魔族に対する印象も変わり始めていた。
そんな矢先での今回の作戦。
この街で暮らす魔族達の普通は完膚なきまでに破壊された。
人族の多くは自国の勝利に湧いているだろう。
だがユリウスは違う。
感じるのは罪悪感。そして後悔の念。
僕は今後どうすれば?
果たして何が正解なのか。
ユリウスには分からなくなっていた。
そんな中、手元の魔道具ーー通信機が鳴る。
「はい。こちらユリウスです」
「巡回はどうだ?」
「問題ありません」
「そうか」
通信の相手。
名乗らなかったが声質で分かる。
自身の兄ーーマリウスだ。
「我々は予定通りこの場所に拠点を作る。お前は一度、国へ戻り作戦の成功を父上に伝えろ」
「分かりました」
「道中で魔族を見つけたら遠慮なく殺せ。いいな?」
「っ。、、、はい」
兄の余りにも無慈悲な指示に困惑する。
本当にそこまでする必要が有るのか。
ユリウスには分からなかった。
「兄様。1つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「今回の戦いは正・し・い・事・なんですよね?」
「そうだ」
「魔族は諸悪の根源なんですよね?」
「勿論だ」
一切、迷いのない回答。それは想像通りの答えだった。
「何故、今更そんな事を聞く?」
「いえ。少し気になってしまっただけです」
「そうか。なら直ぐに行け。時間は無駄にするな」
「分かりました」
此処で通話は終了。
本当にこれで良いのだろうか?
こうして。初めて兄に対する不信感を抱くのだった。
そして空母への帰還途中。
ユリウスはずっと迷っていた。
それは今後。延いては兄の事について。
兄様は本当に正しいのか?
迷いの気持ちだけが募る。
今後、恐らく兄はこのまま魔族の殲滅を開始するだろう。
だがそれはユリウスにとって、すぐに受容できない事。
彼らも同じ人間じゃないのか?
その疑念が思考を埋め尽くす。
そんな中。
「ん?」
思考に耽っていると。
街から少し離れた場所で人が倒れている事に気付いた。
魔族か?
疑問に思いながらも接近すると。
子供?
発見したのは自身よりも少し身長の低い子供だった。
茶色で統一された長袖シャツと短パンにキャスケット帽。
アレ?
何故だろう。無性に既視感を覚える。
それは何処かで見覚えのある服装だった。
まさか。
驚きながらも肩に手を掛け、ゆっくりと仰向けに起こす。
やっぱり。
間違いない。ユリウスは確信する。
整った顔立ちに印象的な丸メガネ。
この子は事前諜報活動の時に街で出会った子だ。
あの時の事は鮮明に覚えている。
見間違える筈がない。
でも何故こんな場所に?
街からは随分と離れている。
逃げてきたのか?
真相は分からない。
だが今はそんな事よりも。
生きているのか?
口元に耳を当てると、微かだが呼吸を感じる。
生きてる!助けないと!
だが。その考えに至ったところで兄の言葉を思い出す。
【魔族を見つけたら遠慮なく殺せ】
くっ。思わず奥歯を噛み締める。
助けたい。でも助けてはならない。
そんな裏腹な思いに苛立ちを覚える。
何故、魔族だという理由だけで憎み、殺さないといけないんだ。
目の前に横たわる子供を見る。
服装や容姿。その全てに於いて人族と何ら違いはない。
普通の子供じゃないか。普通の子供?
あっ。そうだ。
1つの疑問を思い出す。
それは前回、出会った際に感じた違和感。
ツノはあるのか?
ゆっくりと帽子を上げる。
すると。
やっぱり。
記憶通り。額にツノはなかった。
って事は人族なのか?
分からない。
魔族=額のツノ。というのは人類側の見解。
中にはツノがない魔族だって居るかもしれない。
それに人族の言語ではなく、他種族ーー恐らくは魔族の言語を話していた。
状況証拠から魔族と考えて間違いないだろう。
ん?
そのまま見つめていると、ある事に気付いた。
額と帽子の間。
その僅かな隙間から綺麗な髪が一房流れている事に。
もしかして。
興味本位から帽子を取る去る。
やっぱり。
現れたのは、背中の中頃まで伸びたふわふわの髪の毛。
たった今、確信した。
間違いない。この子は女の子だ。
凄く可愛い女の子だな。
って。違う違う。そうではない。
論点がズレてしまっていた。
彼女が人族なのか魔族なのか。
男性なのか女性なのか。
そんな事はどうでも良い。
大事なのは彼女を助けるか否か。
それだけだ。
自分の気持ちを優先するか。兄の言葉を優先するか。
そうだ。
そんな時、母の言葉を思い出す。
昔、よく言われた事だ。
迷う時があったら自分の選んだ道を信じてみなさい。と。
よし。
覚悟は決まった。
僕はこの子の事を助ける!
だがそうと決めたモノの素性が分からない以上、国に連れ帰った際、どういう扱いを受けるか分からない。
その為、他の人に気付かれてはならないのだが。
できるのか?
非常に悩む。
空母の中を含めて、王国内の警備は厳重。
突破は困難を極めるだろう。
だが、仮にもユリウスは地位のある人間。
僕ならできる。いや僕にしかできないんだ!
こうして地面に倒れていた少女ーーリリィは、意図せず人類の拠点ーーモーランド王国へと足を踏み入れるのだった。
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