第8話

 外出したい。

 切実にそんな事を思った。


 時刻は夜。


 本来であれば、既に寝ている時間。

 にも関わらず今日は全くそんな気分にならない。


 何故か。


 その理由は窓の外。

 人々の喧騒と花火の轟音に尽きる。


 う〜。楽しそうだ!

 思わずベッドの上で悶える。


 何を隠そう。今日は年に1度の豊漁祭。

 つまりはお祭りの日なのだ。


 毎年恒例の一大イベント。

 住民達の熱狂も凄く、何でも朝まで騒ぎ続けるのだとか。

 皆んなお祭りが大好きだよね。


 実は俺も大好きだ。

 それこそ開幕と同時に朝一で参加するレベルには。


 もちろん今回も参加したよ。凄く楽しかった。


 クレアさんと2人。

 色々な場所を巡りながら、様々な催し物を楽しんだ。

 笑いあり。感動ありで息吐く暇もなく。


 そして一通り堪能した後、日が暮れる前に撤収。

 こうして自宅へと戻り、寝る支度を済ませた訳だが。


 足りない。非常に物足りないのだ。


 クレアさんと巡ったお祭りは確かに楽しかった。

 そこに嘘はない。


 だけど今まさに窓の外から感じる人々の熱量は、昼時とは全く比べ物にならない程の圧倒的で。


 楽しそう。行ってみたい。

 そんな感情ばかりが募る。


 先程、クレアさんにも相談してみた。

 夜のお祭りにも行ってみたいと。


 だが答えはノー。

 危険だから駄目との事だった。


 確かにその判断は正しいと思う。

 現に最近、夜の街で怖い目にあったばかりだ。

 あんな思いは二度としたくない。


 だがその気持ちと同じくらい、夜のお祭りに対する好奇心が強いのも事実。


 本当にどうしよう。


 チグハグな気持ちが俺を葛藤させる。


 外に出る場合は1人。バレたら凄く怒られるだろう。

 それに危険な目に合う可能性も高い。

 リスクしかない様に感じる。


 でも年に1度のみ。今を逃すと次の機会はかなり先だ。

 行きたい。でも行きたくない。

 どうしよう〜。


 そんな感じで紆余曲折した結果。


 よし。行こう。


 最後は行く事に決めたのだった。


 そんな訳で早速着替える。


 これでいいかな?


 姿見の前でクルリと回転し、身嗜みを確認。

 今日は先日の尾行時と同様、男の子コーデにした。

 茶色の長袖シャツに膝丈パンツ。

 キャスケット帽に丸メガネだ。


 夜の街は危険。中でも女の子は特に狙われ易い。

 なるべく男の子っぽい格好の方が得策だと思う。


 最後に髪を隠して準備完了。



「よし。行こう」



 こうして僅かな現金を片手に街へと繰り出すのだった。



 数分後。無事に街へと到着。



「わぁ〜。すごいな」



 活気付く人々を前に、自然とそんな感想が漏れた。


 此処はメインストリート。この街で最大の繁華街だ。

 普段から人通りは多いのだが、今日は格別。


 何せ完全に押し競饅頭。全く隙間が見えないのだ。


 これ程の人混みは初めて。お昼と比べても歴然の差だ。


 す、すごい。


 だが、それもその筈。

 なにせ露店の営業は夜間のみ。

 前世と同じく露店が目当ての人も多いのだろう。



「大丈夫かな?」



 あまりの人口密度に不安が募る。

 だが折角、コッソリと抜け出して来たのだ。

 見ているだけでは始まらない。


 よし。


 覚悟を決め、人波みに突撃する。



「うぐっ」



 分かってはいた事だが、速攻で人波に飲み込まれた。

 ま、前が見えない。それに息も苦しいぞ。

 背が低い為、こういう場面では圧倒的に不利だ。


 やばい。早く抜け出さないと。


 全身を目一杯動かし、決死の思いで人波から抜け出す。



「よぉ、ボウズ。大丈夫か?」



 すると頭上からガサツな声が掛かった。


 ん?


 声に釣られて見上げると。

 そこには不似合いにもエプロンを着用した筋骨隆々な親父さんがいた。


 誰だろう?


 その見た目も相まって一瞬警戒する。

 だが彼の頭上に掛かった暖簾から、どうやら此処が露店だと分かった。

 つまり彼は、この露店の店主さんなのだろう。


 なら問題はないか。


 警戒を解いて質問に応える。



「うん大丈夫。でも凄い人だね」


「おう。豊漁祭の日は毎年こんな感じだ。ボウズは初めてか?」


「お昼には来た事があるけどこの時間は初めてなんだ」


「そうかそうか。怪我しないように気を付けろよ!」



 豪快に笑う親父さん。

 見た目が少し怖かったけど、何だか良い人そうだな。



「親父さんは何を売ってるの?」


「果物の生搾りジュースだ。どうだ1つ買うか?」


「うん頂戴!」


「味はどうする?」


「オススメで!」



 こうして出会ったのも何かの縁だ。

 折角なので買ってよう。



「ほらよ」


「ありがとう!はいお金!」


「へい毎度あり!」



 早速、口に含んでみる。



「美味しい!」



 何だコレ!

 生搾り特有の濃厚な甘さ。だが不思議と苦味はない。

 果物の良い所だけが凝縮された味だ。

 とっても美味いぞ!



「当たり前だろ!なんせ俺が作ってるからな!」



 自信満々に笑う親父さん。

 だが自信があるのも頷ける。

 コレは美味い。お世辞抜きで本当に。


 何か特別な味付けでもしているのだろうか。



「親父さん。普段もジュース作ってるの?」


「違うぞ。普段はあの山を越えた先の小さな村で果物を栽培してるんだ」



 成る程。農家さんなのか。

 って事は。



「ならコレも?」


「そうだ。俺が育てた果物だ」



 やっぱりそうか。

 分かったぞ。この美味しさの秘訣が。


 拘っていたのは果物の調理方法ではない。

 栽培方法なんだ。

 自分で育てた果物だからこそ自信がある。



「親父さん!」


「ん、どうした?」


「親父さんが育てた果物。とっても美味しいね!」



 なのであくまで果物についての感想を述べると。



「なんだ!味のわかるボウズじゃねぇか!」



 そう言って嬉しそうに頭をワシャワシャされた。

 少々乱雑な手付き。でも嫌いじゃない。


 そしてあっという間に時間は過ぎ。

 気付けばジュースも飲み干していた。



「親父さんありがとね!」


「おう!こちらこそありがとな!」



 お互い笑顔。

 少しの時間だったが仲良くなれた気がする。



「来年もくる?」


「あぁ、勿論だ」


「分かった!じゃあ来年も楽しみにしてるね!」


「おう!またな!」



 こうして1つの出会いに別れを告げるのだった。



 続いてやって来たのは射的。

 祭りと言えば定番の露店だ。



「おばちゃん!1ゲーム!」


「はいよ」



 早速、弾を受け取り銃口へと装填。

 そして狙いを絞る。


 今回の大当たりは棚の中央。

 巷で人気なゲーム型の魔道具だ。


 最近、発売されたばかりで流通数も非常に少ない。

 更には抽選販売の為、入手難易度が極めて高く、斯く言う俺も所持していない。


 欲しい。凄く欲しいぞ。


 前世:日本人の俺としては是非とも手に入れたい代物。

 このチャンス。逃す訳にはいかない!


 狙いを棚の中央。ゲーム型の魔道具へと定める。


 よし。


 パンっ!

 1発目を発砲した。


 弾は狙い通りゲーム型の魔道具へと命中。

 しかし僅かに後方へと動いただけで落下する事はなかった。


 やはりか。


 予測はしていた事だった。

 本体と箱を足した重さは、それなりと予想できる。

 簡単には動かないだろう。


 なら。


 パンっ!


 箱の左隅を狙い2発目を発砲する。


 よし。


 先程よりも大きく後方へと動いた。


 これならギリギリいけるぞ。


 弾は残り3発。チャンスは3回。


 やるぞ!


 続け様に3発目、4発目と発砲。

 残りは最終。5発目のみとなった。


 改めて狙いを定める。

 僅かに揺れるゲーム型の魔道具。

 左側は完全に棚の外。

 右側に重心が偏っている為、右側の角に上手く命中できれば完全に落とす事ができそうだ。


 目標まであと少し。頑張れ俺!


 自分を鼓舞しながら引き金に指を掛ける。


 っ!


 その瞬間、指が震えている事に気付いた。

 ヤバい!緊張で思わず指が震えてる!


 だが射的で指の震えは命取り。


 落ち着け。落ち着くんだ俺。

 今一度、深呼吸を行い気持ちを落ち着ける。


 大丈夫だ。


 狙うは右の角。そこだけだ。

 やれる!俺ならできる!


 よし。


 そして最後の覚悟を決め。


 パンッ!


 5発目を発砲するのだった。



 数分後。



「は〜。惜しかったな〜」



 ランタン型の魔道具を片手に、悔しげに呟きながらも繁華街の裏通りを歩く。


 先程の射的。

 結果として、最後の弾は命中せず華麗に逸れた。

 つまりゲーム型の魔道具はゲットできなかったと言う事だ。

 悔しい。凄く悔しい。


 くそ〜。あと少しだったのに〜。


 変わりに、弾はすぐ隣の指輪へと命中。

 こうして指輪をゲットした訳だが。


 意外と良いかもな。


 サイズが大きい為、親指にしか嵌まらないが。

 よく見るとデザインも可愛い。

 思わぬ収穫だったかもな。

 これはこれでラッキーだ。


「おっ?」


 そんな事を考えていると、一際大きな花火が上がった。


 お〜。凄く綺麗だ。


 この距離で見るのは前世のお祭り以来。

 やっぱり花火はいいな。


 色々な記憶を思い出す。


 前世の皆んなは元気かな?

 今となってはもう。どうやっても確認できない。


 元気だといいな。


 そのまま感傷に浸りながらも花火を見続けるのだった。



 時刻は深夜。



 十分満足できた事だし、そろそろ帰る事にした。

 夜も遅いしね。


 は〜。楽しかった。

 やっぱりお祭りは楽しいよね。


 来年も絶対にきたいな〜。

 早くも来年に思いを馳せる。


 来年も必ず訪れよう。

 そう決心し、街を離れようとした。



 その時だった!



 ドンッ!!



 周囲に響き渡る、花火を掻き消す程の破壊音。

 それと同時に。


「ギャーー!!」「キャーー!!」「ワァーー!!」


 多くの人々の悲鳴が溢れ出すのだった。

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