閑話2

 此処は何処だろうか。

 不安になる気持ちを抑えながら、薄暗い路地を進む。


 此処は魔大陸の北部。

 海沿いに広がる小さな街の水産物が多く並ぶ商店街の裏側。

 薄暗い小道を1人の少年が歩いていた。


 彼の名はユリウス。

 先日、12歳になったばかりの人・族・の少年だ。


 なぜ人族の少年が異国の地を1人で彷徨っているのか。

 その理由は仲間と逸れてしまった事に尽きる。


 大丈夫かな?


 フードを更に目深に被り、時折すれ違う人々の視線を避けながら進む。

 少年にとって此処は対立関係にある魔族の国。

 人族だと露呈すれば、どんな仕打ちを受けるか分からない。


 早く合流しないと。


 仲間と逸れて数十分。焦りばかりが募る。

 しかし状況が好転する事はなく。

 陽が傾き、周囲が更に暗くなり始めた事で、事態は寧ろ悪化。


 これ以上は。


 夜目が効かない少年にとっては致命傷。

 せめて街灯の灯る明るい場所へ移動しないと。

 そんな思いを胸に、早足で歩き続ける。


 すると数分後。


 視界に映る街灯の灯り。

 まだ仲間との合流は果たせていない。

 だが視界は確保できそうだ。


 良かった。


 引かれる様に街灯へ向けて歩みを進める。

 事態の根本的な解決には至ってないが。

 少しだけ肩の荷が降りた気分だった。



 その為、油断していたのだろう。



「わっ!」



 小道を抜けた先で何者かと衝突した。

 その衝撃により尻餅を突く。


 痛てて。何だ?


 腰を摩りながら前を見ると。


 そこには同い年位の子供が居た。

 キャスケット帽に丸メガネ。

 全体的に茶色で統一されたコーデ。

 同じく腰を摩りながら、痛そうに顔を歪めている。


 子供?


 少し意外だった。

 時刻は夜。周囲に大人は居ない。


 1人で?


 自分の国では考えられない事だった。

 その事実に少々驚いていると。



『痛てて。ごめんね大丈夫?』



 聞き心地の良い綺麗な声音で話し掛けられた。

 だが恐らく魔族の言語なのだろう。

 その意味は理解できない。

 それでも。


 綺麗だな。


 声音に思わず聞き惚れてしまう。

 すると。



『どうしたの?』



 固まるユリウスを不思議に思ったのか。

 体を起こすと此方へ歩み寄り。



『大丈夫?』



 心配そうな表情で手を差し出すのだった。

 心配してくれているのだろうか?

 突然の事に驚きながらも、間近に迫った顔を見つめる。


 とても端正な顔立ちだ。

 小さな顔に整ったパーツ。一際輝く大きな瞳。


 綺麗だ。


 その美貌に思わず驚愕する。

 服装から少年かと思っていたが。

 顔だけ見れば完全に女の子だった。

 そして。


 アレ?


 何より1番驚いたのは。


 ツノがない?


 帽子が傾いた事で露出した額だ。

 そこには魔族の証となるツノが存在していなかった。


 魔族には必ずツノがある。

 それは少年ーー延いては人類にとって周知の事実だった。

 にも関わらず、この子供にはツノがない。


 魔族ではないのか?


 そんな疑問が浮かぶ。だが分からない。

 此処は魔大陸。そして恐らくは魔族の言語。


 一体、何者なんだ?


 謎は深まるばかりだった。



『まぁいいや。ほら』



 尚も固まり続けるユリウスに痺れを切らしたのか。

 手を掴むとそのまま強引に立たされた。

 そして全身を確認すると。



『よし。大丈夫そうだね』



 安堵した様に胸を撫で下ろす。

 俺の身を案じているのか?

 言語が理解できない為、真意は分からない。



『改めてごめんね。それじゃあね』



 そして最後に何かを呟くと、手を振り去って行く。

 その様子を呆然と見つめるユリウス。


 あの子は一体?

 疑問だけが残るのだった。



 それから数秒後。



「ユリウス様!」



 聞き馴染みのある声に意識が戻る。



「ガリウス!」



 振り返るとそこには待ち望んでいた人物。

 騎士団長のガリウスが居た。



「ご無事で何よりです」


「逸れてしまってすまない」


「いえこちらこそ。気付かず申し訳ございませんでした」



 お互いに謝罪しながらも、先ずは無事に合流できた事を安堵する。



「他の皆は?」


「各位、マリウス様の指揮の下、ユリウス様の捜索に当たっております」


「そうか。それは兄上に怒られるな」



 マリウス。それはユリウスの兄の名だ。

 年の差は6つ。数日前に18歳ーー成人を迎えたと同時に勇者の称号を得た人類軍の英雄だった。



「因みに兄上はなんと?」


「必要な情報は回収できた為、ユリウス様と合流でき次第、すぐに帰還するとの事です」


「そうか。では早く船に戻ろう」


「そうですね」



 こうして。

 人類軍の最高戦力ーー第1王子マリウスと第3王子ユリウスの直属部隊による、に向けた事前諜報活動は終わりを迎えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る