第6話

 最近、気になる事がある。



 それはクレアさんについてだ。

 出会って9年。

 その間、殆どの時間を一緒に過ごした訳だが。


 何分、謎が多い事に最近気付いた。


 現状、彼女について判ってる事といえば名前と性別ぐらい。

 趣味や趣向はおろか、年齢や出身地などの素性についても一切聞いた事がない。


 その事に疑問を覚え、この前、直接聞いてみたのだが。

 何故か話題を変えながら、上手い事話を逸らされた。


 これは何かあるぞ。


 そんな訳で好奇心を唆られた俺は徹底的に調査する事とした。



 某日。



「では本日はこれにて失礼いたします」


「うん。楽しんできてね」



 街へ向かうクレアさんを玄関前で見送る。


 今日はクレアさんの休息日だ。

 何処ぞのブラック企業とは違い、我が家の使用人にもきちんと休みが存在する。

 やっぱり福利厚生は大事だよね。


 普段ならこのまま見送って終わりだが。



「よし」



 今日は違う。

 扉が閉まったのを確認すると、駆け足で自室へと戻り、急いで用意していた服へ着替える。



「できた!」



 鏡で身嗜みを確認。

 今日は何時もと違い、全くもって可愛くない。

 ダメージが目立つ茶色の長袖シャツと膝丈パンツ。

 丸メガネを装着し、髪も大きなキャスケット帽で隠す。


 パッと見は薄汚れた少年。普段の美少女からは程遠い姿だ。


 だがそれでいい。

 何故なら今日の目的はクレアさんの尾行だから。



 前述の通り、謎が多いクレアさん。

 どうせ聞いても教えてくれない。なら直接確かめればいい。

 てな訳でクレアさんの休息日を狙い、尾行する事にしたのだ。



 早速、屋敷を飛び出し、クレアさんの後を追う。

 まだ先ほど出発したばかり。そう遠くには行ってない筈だ。


 いた!


 予想通り。数分間進んだ所で目的の人物を発見。


 よし。


 荒れた呼吸を整えながら、気配を殺して接近。

 そのまま尾行を開始するのだった。



 数分後。


 無事、目的の最寄り街へと到着。



 さて。本番は此処からだ。

 果たして何処に向かう?

 服屋さんかな?それとも食べ物屋さん?


 考察を続けながら後を付けると。

 予想は的中。まずは服屋へと入店した。


 お〜。なるほど。

 やっぱり女の人だもんね。お洒落は好きだよね。


 どんな服を買うのかな。可愛い系?それとも大人系?

 クレアさんの趣向を考えながらも後に続いて入店する。


 え?


 するとビックリ。

 意外にも此処は男性モノをメインに取り扱うお店だった。


 えー。なんで?


 普段ーー仕事中はエプロンドレスのクレアさん。

 あまり普段着は見た事ないが、容姿のイメージからお姉様系のファッションかと勝手に思っていた。

 違うのかな?


 数点、服を見繕い、試着室へと消えたクレアさん。


 着替えるって事だよね?


 一体、どんな姿で出てくるのだろうか。

 全く想像ができん。それになんだか緊張してきたぞ。


 数分後、試着室のカーテンが開く。



「えっ?」



 驚愕の姿に思わず声が漏れてしまった。


 試着したから現れたクレアさん。

 白の襟付きシャツに黒のジャケット。

 同じく黒のスラックスに尖った革靴。

 髪型も何故か短髪。センターパートになっており、極め付けは色の薄いサングラス。


 な、なんだこれは。

 チャ、チャラい。

 そして何よりイケメンだ。

 元々、背が高い事もあり、とても様になっている。


 店員に声を掛け、お金を払うと、タグを切って貰いそのままの姿で外に出るクレアさん。


 えぇ!そのまま行くの?


 突然の展開に困惑しながらも慌てて後を追い掛ける。



 次に到着したのは、若い人達で賑わうカフェだった。


 こちらも概ね予想通りなのだが。


 思ってたのと何か違う。


 店の外壁に背を預け、誰かを待つクレアさん。

 その立ち姿は唯のイケメン。とにかくカッコいいのだ。

 男?として負けた気分になる。


 あっ。誰か来たぞ。


 数分後。小走りで現れたのは小柄な女性だった。

 茶色のチェック柄ワンピースにミドルブーツ。

 おさげの三つ編みに結われた栗色の髪。

 小動物を連想させる大きな瞳に華奢な体。


 可愛い。すごく可愛い。

 まるで絵に描いた様な、ゆるふわガールだ。

 クレアさんの友達だろうか?


 軽く談笑した後、入店する2人。


 その際、女性の腰に手を添えるクレアさん。

 満更でもない表情の女性。


 なんてスマートな。


 外見のみでなく、中身もイケメンなんですけど。

 てか手慣れてるんですけど。


 う〜ん。


 後を追うか迷う。

 だがこんなお洒落なお店に1人で入るのは流石に抵抗があった為、外から観察する事にした。

 幸いにも窓側の席に案内された様で、外からでも2人の様子が良く見える。


 時折、スイーツを食べながら、仲睦まじげに会話する2人。


 なんだろう。

 なんか友達と言うよりもカップルみたいな雰囲気だ。


 え?なにそういう関係なの?なんなの?

 純粋な気持ちで疑ってしまう程に。


 女性の口元に残ったクリームを拭くクレアさん。

 照れる女性。

 ほんとになんなの!?

 俺の混乱を余所に、尚もイチャイチャタイムが続く。


 理解が追い付かないってばよ。

 そしてあっという間に時間は過ぎ。


 あっ。立った。


 お会計を済ませた後、店を出る2人。


 あっ。出ていく。


 その様子を呆然と見つめる。


 しまった!追い掛けないと。

 急いで後を追う。


 その後も街の散策は続き、小物店や服飾店などを巡る2人。


 その間もエスコートを忘れないクレアさん。

 距離が凄く近い。


 やっぱり付き合ってるのかな?


 俺自身、前世と今世で性別が変わった事もあり、同姓同士の恋愛については特に何も思わない。

 人を好きって気持ちは尊重するべきだよね。

 だけどまさかクレアさんが。

 何年も一緒に過ごしてきたけど全然知らなかった。


 てかそもそもクレアさんは女性なのか?


 なんかそこから怪しくなってきたぞ。

 思えばこの目で直接確かめた事はない。

 お風呂に入る時もいつも湯浴み着だし。


 分からない。もう分からないよクレアさん。

 頭は完全にパンク状態だ。



 そしてあっという間に時間は過ぎ。

 時刻は夕方。


 辺りが暗くなり始めたところで、路地に入り込む2人。


 少し怖いな。


 怯えながらも後を追う。

 街灯が疎らで人通りも少ない。

 気を付けないと。なるべく小走りで進もう。


 そして走り出した瞬間。


「いたっ!」


「っ!」



 小道から現れた人と衝突した。

 その衝撃で尻餅を突く。



「痛てて。ごめんね大丈夫?」



 腰を摩りながら顔を上げると、相手は同い年位の少年だった。


 金髪と碧眼が特徴的な綺麗な男の子。

 顔立ちもとても端正。

 まるで御伽話に出てくる王子様の様だな。

 そんな感想を覚える。



「ん?」



 無言のまま不思議そうな顔でこちらを見つめる少年。



「どうしたの?」



 問い掛けてみるが反応はない。

 体を起こして側へ歩み寄ってみる。



「大丈夫?」



 更に手を差し伸べるも反応はない。尚も無言のままだ。

 一体どうしたのだろうか?



「まぁいいや。ほら」



 そう言って強引に腕を取り、少々乱雑に立たせる。



「よし。大丈夫そうだね」



 ざっと確認して、問題はなさそうだ。

 それに問題なく立てたし、怪我もないだろう。

 これなら安心だな。



「改めてごめんね。それじゃあね」



 そう言って別れを告げる。



 不思議な男の子だったな。



 そんな出来事から数分後。



「やばい」



 路地にて絶賛、迷子になっていた。


 だって仕方ないじゃん。さっきの出来事もあって、気付いたら2人を見失っていたんだもん。

 戻ろうにも戻り方が分からない。

 ヤバい。これは完全にヤバいぞ。


 辺りを見渡すと怪しい建物ばかり。

 それに特別サービス:〇時間〇〇と書かれたネオンの看板や、店の前で勧誘を行う艶美な女性達。

 大きな羊角に先端がハート形の尻尾。

 恐らく彼女らはサキュバスだろう。


 あかん。これはアレだ。

 完全に夜の街だ。


 話には聞いた事があるけど、来るのは勿論初めて。

 なにせこちとらまだ10歳なんだぞ。刺激が強すぎるわ!


 そんな感じでアワアワしていると。



「あら。可愛い坊やじゃない」



 サキュバスのお姉さんに声を掛けられた。



「あ、あ、あのっ、」



 突然の事に思わず声が吃る。



「ふふっ。こういう場所に興味があるの?おませさんね」



 そしてなんか変な誤解をされた。



「ち、違います。たまたま迷い込んじゃって」



 慌てて否定する。



「そうなの?」


「はい」



 うぅ。刺激が強い。

 思わず顔を逸らすと、露出した大きな胸元が目に入る。

 ひぇ〜。



「それにしても貴方。随分と可愛いお顔ね。まるでお人形さんみたい。実は私、貴方みたいな可愛い男の子が大好きなの。良かったらウチのお店に来ない?特別にタダで相手してあげるわよ」



 そう言って腕を掴まれると、少々強引に勧誘される。


 え〜!急展開!?


 マジかよ。てかまさかのショタコン?

 何とか断らないと!



「あ、あの。お、お断り、します」


「そう言わずにね?少しだけ」


「い、いえ、」


「ねっ?」



 尚も食い下がるお姉さん。


 完全に獲物を狙う目だ。腕を掴む力が強くなった。

 絶対に『はい』と言うまで離さないつもりでしょ!

 てかこのままでは本当にマズイぞ。

 どうしよう?断り方兼逃げ方を必死に考える。



「まぁいいわ。取り敢えずお店に入りましょう。話はその後で」



 痺れを切らしたのか。

 遂にお姉さんは、店へと強引に引っ張り始めた。


 マズイ。マズイ。マズイ。完全にピンチだ。


 体格差もあり、上手く抵抗できない。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。


 お店が目の前まで迫る。


 や、やだ!


 このままでは貞操が散らされる。

 初めては好きな人とがいいのに。


 だ、誰か、助けて〜。



「お姉さん」



 すると。


 そんな俺の願いが通じたのか。

 静止する様に、お姉さんの腕を掴む人物。

 黒髪のセンターパートが特徴的なその正体は。



「強引な勧誘は良くないですよ」



 紛う事なき、クレアさんだった。

 ク、クレアさん〜。



「あ、貴方は?」



 突然の介入に、少々狼狽えるお姉さん。

 それに対し。



「彼の友人です。その手を離してくれませんか?凄く嫌がっている様に見えます。



 キッパリと応える。

 そして。



「もしも離さないと言うのなら」



 眼光を鋭くすると。



「容赦はしませんよ?」



 徹底的に威圧するのだった。



 それから数分後。



 事態は落ち着き、場所は商店街。



「クレアさん〜」


「大丈夫でしたか?」



 勢いよく抱き着く俺を、優しく宥めるクレアさん。

 思わず安堵の涙も溢れる。


 結局、クレアさんに威圧されたお姉さんは潔く引いた。

 それ程までに迫力が凄かったのだ。



「間に合って良かったです」


「ほんとによかったよ〜」



 でなければ、どうなっていた事やら。



「それよりもクレアさんは何故あの場所に?」



 少し落ち着いたところで、一番の疑問点を聞く。



「あんな場所?」


「ほら!さっきのエッチなお店が集まる場所だよ!知ってるんだからね。その女の人と一緒に仲良く歩いてた事を!」



 そうだ。元はと言えばクレアさんの悪いのだ。

 あんな場所に向かうから!


 それに対し。



「あぁ。それはですね」



 少々バツが悪そうに、横の女性と顔を見合わせると。



「姫様を欺く為です」



 衝撃的な発言をするのだった。

 、、、。えっ?



「俺を?」


「はい」


「欺く?」


「はい」


「なんで?てか気付いてたの?」


「はい勿論。変装した姫様はとても可愛らしかったです」



 マジかよ。



「大方、私のプライベートについて知りたかったのでしょう?」


「はい」



 目的まで完全にバレてるじゃないか。



「じゃあ、その服装は?」


「勿論、驚かせる為です」


「じゃあ、その女の人は?」


「只の友人です。丁度会う用事があったので、演技に付き合って貰いました」



 優しい笑顔でペコリとお辞儀する女性。

 くそっ!なんやねん!



「おかげで姫様の可愛らしい姿が沢山見れました」



 笑顔を見せるクレアさん。

 何やねん。悔しい気持ちになる。


 でもクレアさんの笑顔も珍しい。

 そうかい。そうかい。悔しいけど嬉しそうで何よりだよ。



「ただ1点。今後は1人での外出はお控えください。いくら人通りの多い街中とはいえ危険は沢山潜んでおります」


「そうだね。わかったよ」



 クレアさんの忠告を素直に受け入れる。

 今日で身を持って痛感した事だ。


 それに、前世ーー安全な日本においても子供の1人歩きは危険だった。

 次からは本当に辞めよう。



「なら良いです」


「うん」



 頭を撫でられる。ごめんねクレアさん。



「偉いですね。では時間も遅くなった事ですし、そろそろ帰りましょうか」


「うん」



 そう言って背を向けるクレアさん。

 あっ!



「ちょっと待って!」


「?」



 そんな彼女を慌てて呼び止める。



「どうしました?」


「最後に1つだけ教えて!」



 これだけは譲れない事だ。


 今日は色々な事があった。

 でもその中でも1番気になる事。

 今後の生活に於いても、とても重要な事だ。


 そう、それは。



「クレアさんって女?それとも男?」



 クレアさんの性別だ、

 だってどうしても気になるんだもん。


 そんな俺の質問に対し、クレアさんは悪戯な笑みを浮かべると、此方へと歩み寄り。



「それはですね」



 そして耳元へ顔を接近させると。



「秘密です」



 低い声で呟いた。


 えぇー!どっち!?


 結局、最後まで遊ばれるのだった。

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