第5話

 新しい朝が来た。希望の朝だ。


 懐かしいメロディーが頭の中で流れる。


 最近、朝の運動を始めた。

 中でも一般的な筋トレやジョギングを。


 普段、滅多に運動をしない俺が何故かって?

 それは気付いた。いや気付いてしまったからだ。



 お腹の弛みに。



 それは先日の入浴中での出来事。


 何時も通り。

 クレアさんに体を洗い流して貰っていた訳だが。



「あら?」



 その日は何故か。

 クレアさんの手がお腹でストップしたのだった。



「ん?どうしたの?」


「いえ。何でもありません」


「?」



 疑問に思い確認するが何もないとの回答。

 それに併せてストップしていた手も再起動した訳だが。


 どうしたんだろう。凄く気になるのだ。


 色々考えてしまう。

 さては何かあったのだろうか。

 もしかして悪い事?だとしたら凄く嫌だぞ。


 そんな訳で何かと気になる為、直接お腹を見てみると。



「なっ!」



 驚愕の事実。

 なんとそこには。僅かではあるが2段に分かれてしまったお腹のお肉達が。


 ガーンっ!


 絶望的なまでのショックを受ける。

 なんて事だ!まさかの2段腹だと!


 一生の不覚!乙女としての大失態だ!


 だがこうなってしまった原因は幾つか思い付く。

 最近は暑さもあり、アイスばかり食べていたし、家の中でダラダラと過ごす時間も多かった。

 因果応報。当然というヤツだろうか。


 このままではダメだ!


 てな訳でお腹を元に戻す為。

 そして美少女の尊厳を取り戻す為。

 こうして毎朝運動を始めるのだった。



 時刻は早朝。場所は自室。


 よし!今日もやるぞ!


 気合いと共に髪をお団子に纏め、運動着に着替える。



「おはようございます姫様。あら今日もですか?」


「勿論だよ!」



 部屋を訪れたクレアさんと軽く会話を交わした後。

 勢いよく部屋を飛び出す。


 そして。場所は変わって玄関先。


 よし。


 体の動きを軽く確認し、準備運動を始める。


 そう!此処で冒頭のラジオ体操だ!

 やっぱり日本男児(?)たる者。

 準備運動といえばラジオ体操だよね。


 そんな訳で早速。

 前世で親の声ほど聞いたラジオ体操で体を慣らす。


 これが1番効くのだ。


 そして準備は完了。早速ジョギングを始める。

 色々な運動があると思うが、基礎は走る事だと思う。

 体力は大切だよね。


 腕の振りを意識しながら、ゆっくりとしたペースで走り続ける。

 腕と足は連動する為、腕の振りが大事だと前世で習った。


 そして徐々にペースが落ちながらも家の外周を走破。



「はぁ、はぁ」



 大きく息を吐きながら、草地に大の字で寝転がる。


 見て分かる通りこの体。全く体力がないのだ。

 それも致命的なレベルで。


 あ〜。つかれた〜。


 だがそれも当然の事。

 なんせ今まで全く運動をしてこなかったのだから。


 だって仕方ないじゃん。

 お姫様なんだもん。運動なんてしないんだもん。


 そんな言い訳を心の中で吐いていると。



「大丈夫ですか?」



 心配した様子で。クレアさんが現れた。



「うん!もち!今日もいい汗だぜ〜」


「そうですか。お疲れ様です。良ければ此方をどうぞ」


「ありがとう!」



 そして有難い事に用意していた水筒を手渡される。


 お〜。完璧なタイミング!

 流石はクレアさん!丁度何か飲みたかったんだよね〜。

 マジで感謝。


 早速、体を起こして口を付ける。

 すると口内に広がる甘美な味わい。

 こ、これは!



「美味しい!クレアさんすごく美味しいよ!」


「ありがとうございます」



 疲れた体が一気に癒される感覚。

 完璧な味わいだ。



「これはなんて言う飲み物なの?」


「レモリアの実に塩を混ぜたものです。汗を搔くと体内の塩分が失われる為、誠に勝手ながら独自に作りました」


「すげー!」


 前世のスポーツドリンクを連想させる。


 凄いぞクレアさん。そんな事もできるのか。


 確かに狙い通り。効果も抜群だ。

 流石はクレえもん。神かよ。



「気を使ってくれてありがとね!」


「とんでもごさいません。それよりもまだ続けるのですか?」


「当然だよ!だってまだお腹が2段なんだもん!」



 まだまだ目標には程遠い。これからが本番なのだ。

 だが。



「もうそろそろ終わりにしては如何ですか?」



 そんな俺の気持ちとは裏腹に、否定的な意見を口にするクレアさん。



「どうして?」



 考えるよりも先に言葉が出ていた。



「私の失礼な行動が原動になったのは重々理解しております。ですが最近は暑さも増してきた事ですし、慣れない運動は返って体に悪いかと」


「そうかな?」


「はい。それに姫様は今のままでも十分細いと思います。何にせよ。これ以上はお辞めになって頂けると私としては嬉しいです」


「そっか」



 成程ね。確かにクレアさんの言う通りかもしれない。


 元々体力が皆無な深窓のお姫様が、毎朝倒れそうになりながらもジョギングや筋トレを続けている。

 クレアさんーー世話係から見れば、いつ倒れても可笑しくない様に感じるのだろう。


 心配してくれるのは素直に嬉しい。

 そして申し訳ない気持ちも正直ある。


 だけど!俺の意思は変わらない!


 だってこのままではーーお腹が2段のままでは最強美少女の名が廃る。

 自分で自分を許せないのだ!

 てな訳で反論。



「心配掛けてごめんね。でももう少しだけ頑張りたいの。それに最低限の体力は必要だろうし、適度な運動は寧ろ体に良いと思うんだ」



 少しでも安心して貰える様、言葉を選びながら主張する。


 そして。



「限界だと思ったらすぐ止めるから今はもう少しだけ続けさせて?」



 ね?


 必殺。上目遣いでお願いしてみた。


 よし。これでどうだ?


 狼狽えた様子のクレアさん。

 お〜。凄く効いてるぞ。


 そして数秒間、腕を組みながら考えた後。



「かしこまりました。ですがその代わり約束です。体調の異変を感じたら直ぐに仰ってください。直ぐにです」


「わかった。ありがとう」



 渋々ながらも承諾してくれた。

 よし許可は降りたぞ!目標達成だ!



「じゃあクレアさん!早速だけど足を押さえて!」


「え?」



 あまり急展開に困惑するクレアさん。



「いいからいいから!」


「こうですか?」



 言われるがまま。俺の両足を抑える。

 そして。



「よし。じゃあいくよ。せーのっ!」



 元気な掛け声と共に、勢いよく腹筋を始めるのだった。



 そして日付は変わり、迎えた翌日。


 自室のベッドにて。



「痛い痛い。そこ痛いよ」



 其処には。全身の筋肉痛に悶えながら、メイドにマッサージして貰う美少女の姿が。


 そう。俺だ。


 クレアさんの忠告を聞かず、無理をした俺は結果として全身の筋肉痛により動けなくなっていた。


 うぅ。無念。



「痛い痛い!もうちょっと下!」


「此処ですか?」



 手を動かしながら、冷やかな目で俺を見るクレアさん。

 うぅ。そんな目で見るなぁ。



「次からは程々にしてくださいね」


「はい」


 反論の余地などない。

 ぐうの音も出なかった。

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