第3話

 とある日。



「えっ?今日お兄ちゃんが来るの?」


「はい」



 朝食中。

 何時もの様にクレアさんへ当日の予定を尋ねると、今日は珍しく特別なイベントがあった。

 何でも兄がこの家に来訪するらしい。



「やったー!」



 思わず全身で喜びを表現してしまう。

 だって凄く嬉しいんだもん。


 俺には2人の兄がいる。

 1人目の兄がガルシア。2人目の兄がギルフォードだ。

 それぞれ。ガルシアが20歳、ギルフォードが18歳と。

 今年で10歳になった俺とは、少々歳が離れている。


 だがそのお陰か。それはもう2人から溺愛されており。

 俺としても、そんな兄達に懐くのは当然。

 大好きなのだ。


 因みに今日尋ねてくるのは2人目の兄ギルフォードだ。


 現在、兄達は父と共に、帝都で公務に励んでいる。

 帝都は魔大陸の中心。

 俺が暮らすこの北東地域からは、かなりの距離がある。


 年に数回程度しか会う事は叶わず、少々寂しい思いをしていたのだが。

 まさか今日、会えるとは!



「クレアさん!うんと可愛くして!」


「かしこまりました」



 早速、自室へと戻り、お色直しを始める。



「クレアさん。もう少しこっちの髪を上げて」


「はい」


「あとここも少し切って」


「かしこまりました」



 ついつい細かく指示をしてしまう。

 でも仕方ないじゃん。それだけ会えるのが嬉しいんだもん。



 そんな感じで着々と準備は進み。

 迎えた訪問時間。



「きた!」



 馬車の音が聞こえたと同時に、小走りで入り口前へと移動。

 忠犬の様に嬉々として待ち構える。

 だって嬉しいんだもん。


 そして数秒後。外側から扉が開くと。



「やぁリリィ。久しぶり」



 念願のギルフォードお兄ちゃんーー通称:ギル兄が現れた。



「お久しぶりです。お兄様」



 昂る感情をグッと抑え。

 言葉遣いに気を配りながら、カーテシーで挨拶する。

 幾ら兄妹とは言え、王族同士の会話。

 言葉遣いや所作には気を付けなさいと教育係から教わった。


 だが、そんな俺のお出迎えに対し。



「随分と堅苦しいじゃないか」



 ギル兄は少し困り気味に頬を掻くと、優しい表情で腕を広げ。



「本来の君でいいんだよ」



 そう言って俺の事を待ち構えるのだった。

 お、お兄ちゃん!

 そんな兄の優しさに繕った仮面はすぐに崩れ落ち。



「お兄ちゃん!」



 礼儀など忘れて思いっ切り抱き付くのだった。



「久しぶり〜」


「あぁ久しぶり。元気そうで何よりだよ」


「うん!お兄ちゃんも元気そうでよかったよ〜」



 甘える様に擦り付く。側から見れば完全に犬だと思う。

 でもいいもん。別に犬でも。



「リリィは変わらないね。でも見た目は少し大人っぽくなったかな?それも凄く可愛いね」


「えへへ。ありがとう」



 流石はお兄ちゃん。ご機嫌の取り方が完璧だ。



 お兄ちゃんの言葉通り今日は少し大人っぽく見える様、カジュアルな雰囲気に纏めてみた。

 珍しく装飾が少ない黒のドレスに、波打つ様なデコ出しヘア。

 少し強気な赤リップに、上品な印象の桃色ネイル。


 コンセプトに拘った分、期待通りの賛辞がとても嬉しい。

 分かってるじゃないか〜。



「お兄ちゃんは変わらないね」



 短く切り揃えられた金髪に透き通った碧眼。

 185cmはあろう高身長に鍛えられた筋肉。

 白スーツの着こなしも完璧で、その姿は正しく白馬の王子様。


 巷の女性達が憧れるのも当然。俺の自慢の兄なのだ。


 因みに面白いもので。

 ギル兄が白馬の王子様なら、ガル兄は野獣の王。

 つまりは全くの正反対なのだ。


 だがそれも突然の事。

 何故なら俺達は異母兄妹だからだ。


 俺達の父親ーー当代の魔王は3人の妻を娶った。

 ガル兄の母。ギル兄の母。そして俺の母だ。

 何でも魔大陸が統一される前は、其々の国の王族だったとか。


 元々、魔大陸には対立する3つの国が存在していたらしい。

 そんな乱世を圧倒的な力で統一したのが我が父。

 つまりは魔王なのだ。


 その経緯だけ聞くと、何だか戦利品?みたいな扱いで娶った様に感じるけど。

 本心はよく分からない。


 何にせよ。

 そんな訳で俺達兄妹の容姿は、其々異なるのだ。



「ところでお兄ちゃん。今日は何しに来たの?」



 多忙な兄の事だ。何か目的があるとは思うんだけど。



「公務の間に少し時間ができたからね。癒しも兼ねて可愛い妹に会いに来たんだよ」


「そうなの!?」



 それが本当なら凄く嬉しいんだけど!



「勿論さ。可愛い妹だからね。早く会いたかったよリリィ」



 そう言って。優しい手付きで頭を撫でられた。

 ん〜。最高!



「俺も!早く会いたかったよ〜」



 思わずお兄ちゃんのお腹に、頭をグリグリ擦り付ける。

 全身での愛情表現。認めよう。今だけは犬なのだ。



「じゃあ今日はいっぱい遊んで!」


「勿論だよ。でもその前に」



 話を切ると。

 俺の後方を真剣な表情で見つめるお兄ちゃん。

 そして。



「クレア。少しだけいいかい?」


「かしこまりました」



 そう言って。

 クレアさんと共に奥の部屋へと消えて行くのだった。


 ん?


 突然の事に動揺する。

 急にどうしたんだろう?何かの用事だろうか?



 数分後。



「お待たせリリィ。さぁ遊ぼうか」



 いつも通りの優しい笑顔で戻ってくるお兄ちゃん。

 一体何だったんだろう。全く分からない。


 だが俺の知らない情報なんて、幾らでもあるのだろう。

 敢えて気にする事でもないか。



「うん!あのねあのね最近ね!」


「うんうん」



 こうして大好きなお兄ちゃんを一日中構って貰うのだった。



 時刻は過ぎ、その日の夜。

 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので。

 気付けばお兄ちゃんの帰宅時間となっていた。



「もう帰っちゃうの?」


「うん。ごめんね」



 寂しさから思わずシュンとしてしまう。



「また来てくれる?」


「あぁ。またすぐに来るよ」


「本当に?」


「あぁ。本当だ」



 駄々を捏ねる俺に対し。

 落ち着かせる様に頭を撫でるお兄ちゃん。

 ん〜。寂しい。とっても寂しい。

 正直言って凄く嫌だ。せっかく久々に会えたのに。


 そんな想いを込めて、お兄ちゃんの顔を見ると。


 っ!


 僅かだが罪悪感を覚える。

 何故なら兄も俺と同様、寂しそうな表情をしていたからだ。


 そうだよね。別れが辛いのは俺だけじゃない。

 お兄ちゃんも同じだよね。

 なら此処でゴネてもお兄ちゃんを困らせるだけだな。



「うんわかった。約束だよ」


「あぁ。約束だ」



 てな訳で最後に約束を交わして、キツく抱擁する。



「じゃあ、またね」


「うん。またね」


「クレアもまたね。例の件は任せたよ」


「はい。かしこまりました」



 こうして楽しい1日は終わりを迎えるのだった。

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