第2話
時刻は朝。場所は食堂。
「ねぇクレアさん」
「はい?」
「今日って何か予定あったっけ?」
「ございません」
クレアさんお手製の朝食を摂りながら、今日の予定を尋ねる。
よし。何もないんだね。
なら。
「今日もお花のお世話がしたいな〜」
必殺:上目遣いでお願いしてみた。
実は最近、新たな趣味ができた。
それがお花のお世話。つまりはガーデニングだ。
我が家には大きな庭園があり、多様な花々が彩り良く咲き誇っている。
暇な日が多い為、何気なく始めた事だったけど、これが意外と楽しくて、何時しか虜になっていた。
「今日もですか?」
「うん。ダメ?」
「構いませんよ」
「やった!」
よし!作戦は成功だ!
狙い通りの回答を得られた!
てな訳で善は急げ。爆速で朝食を食べ進める。
「ご馳走様!いつもありがとう!」
「お粗末さまです。外に出る時はちゃんと帽子を被るんですよ」
「わかった!」
こうして勢いよく食堂を後にするのだった。
場所は変わって自宅の庭園。
クレアさんに言われた通り、少し大きめのハット帽を被って外に出た。
季節は変わり目。もうすぐ夏だ。
まだまだ涼しいけど、日差しも強くなってきた。
体調管理は大事だよね。
「さて。今日は何から始めようかな」
多様な花々を前に考える。
肥料は昨日撒いた事だし、今日は安定に水やりと花柄摘みかな。
地道な作業だけど、意外とやり甲斐もあって楽しい。
綺麗に育てる為に大切な事なんだよね〜。
そんな訳で早速、水場まで移動。
ジョウロ型の魔道具を手にする。
そう。ジョウロ型の魔道具だ。
この世界、実は魔法や魔道具なんてモノが存在する。
科学では証明できない未知の力。
それが当たり前の様に溢れている。
その事実に気付いた直後は、さぞ魔法を練習したモノだ。
なにせ前世:日本人の俺からすれば憧れの存在。
夢の様な話なのだから。
だが現実は厳しいもので、俺には魔法の才能が一切なかった。
魔力量が限りなく少なかったのだ。
最初はとても悔しかった。
なんで俺には才能がないの?魔力が少ないの?ってね。
だが時間と共にその感情も薄れた。
だって魔法が使えなくたって、日常生活で不便する事は一切ないからだ。
この世界。
少ない魔力で起動する省エネ魔道具の普及もあり、俺みたいに魔力が少ない人でも簡単にライフラインを確保する事ができる。
対照的に、魔法の行使には大量の魔力が必要。
要はコスパが悪いのだ。
その為、余程の魔法オタクを除き、日常生活で魔法を行使する人は殆ど居ない。
魔法で得する事と云えば、精々戦闘面くらいだろう。
俺みたいなか弱い乙女にとっては、至って不要な存在なのだ。
そんな訳で今日も今日とて乙女らしくガーデニングを楽しむ。
やっぱこれだよね〜。
機嫌良く建屋の東側から順に進み、時々花柄を摘みながらも、水やりを継続する。
最近は黄色くて大きい。まるで太陽の様な花が咲き始めた。
これはアレだ。完全に向日葵だ。
最近特に感じる事だが、季節によって芽吹く花々が前世と凄く類似している。
気候も殆ど一緒だし、やっぱり育つ花も似るのかな?
根拠はないが、多分そういう事なのだろう。
そんな事をぽけっと考えていると。
「おっ、姫さんじゃねぇか!」
背後から少々ガサツな声が掛かった。
この声は!
聞き馴染みのある声に振り返ると。
「ガウスさんおはよう!」
「おうおはよう!」
そこには俺の予想通り。
この庭園の管理人:ガウスさんがいた。
「今日も花の手入れですかい?」
「そうだよ!」
「毎朝、ご苦労な事で」
「えへへ」
大きな掌で頭を撫でられると嬉しくなる。
ガウスさん。
真っ黒に焼けた肌が特徴的な筋骨隆々の使用人だ。
額の大きなツノも相まって、その見た目はまるで戦士。
威圧感が凄く、初めて会った時はとても怖かった。
たがそんな見た目とは裏腹に、優しい心の持ち主。
手先も器用で花の手入れも凄く上手。
気さくな性格も相まって、すぐに打ち解ける事ができた。
今では大の仲良しだ。
「みてみて!このお花が凄く綺麗なんだよ!」
早速。
たった今、お世話をしていた黄色の花。
例の向日葵を指差す。
「おっ!コイツは綺麗じゃねぇか。姫さんの手入れが良いからだな!」
「えへへ。そうかな?」
「あぁ。間違いないぜ」
褒められると更に嬉しい。笑顔が止まらない。
「あとねあとね。こっちも見てよ!」
そう言って。
気分が良くなった俺は、思う存分ガウスさんを連れ回すのだった。
時刻は過ぎ。その日の夜。
夕食後のお風呂場にて。
「でねでね。いっぱい褒められたんだ〜」
「それは良かったですね」
クレアさんに髪を洗って貰いながら、今日の出来事を説明する。
どんな話にも優しく相槌を打ってくれるクレアさん。
こうしてお風呂で髪や身体を洗って貰いながら、1日の出来事を振り返るのが日課となっていた。
因みにクレアさんは現在、生地の薄い湯浴み着のみ。
局所的に濡れている為、所々が僅かに透けている。
え、えろい。とってもセクシーだ。
だが前世の様な胸の高ぶりは皆無。
まぁ、今は同性だしね。
「ふぅ」
湯船へと移動し、脱力する。
この世界。中世ヨーロッパの様な世界観だが、意外にも全身が浸かれるだけの湯船が存在する。
俺と同じ様な転生者が他にも居たのだろうか。
まぁ、考えても分からないんだけどね。
今はそんな事よりも。
「ねぇねぇクレアさん」
「はい」
「クレアさんは一緒に入らないの?」
クレアさんを誘ってみた。
「私がですか?」
「うん」
実は前々から思っていた事だ。
俺が湯船に浸かっている間、常に入り口付近で待機しているクレアさん。
その間、とても退屈だと思う。
お仕事だからと言えば、それまでだけど。
どうせ後で入るなら一緒に入っても良いのでは?
そんな結論に至ったのだ。
決してやましい気持ちではない。
てな訳で誘ってみたのだが。
「お気持ちは嬉しいですが、主人と同じ湯船に浸かるなど失礼に当たりますので」
何となく。想像していた通りの回答をするクレアさん。
「え〜。そんな事ないと思うけどな。一緒に入ろうよ」
「ありがたいお言葉ですが遠慮いたします」
頑なに拒否するクレアさん。
ぐぐぅ〜。硬いな。
普段から感じていた事だが、基本的にクレアさんは俺に対する忠義が厚い。
悪く言えば硬く、融通が利かないのだ。
何故そこまでするのか?理由は分からない。
本人が良いって言ったら全然良いのに。と率直に思う。
だけど無理に押し付けるのも違うか。とも思う。
「わかった。でもまたいつか一緒に入ろうね」
「善処いたします」
こうして無事に本日の入浴も終わり。
「今日はこれがいい」
「かしこまりました」
お好みの寝間着を選んだ後、魔道具で髪を乾かして貰う。
そしてベッドに入ると、お気に入りのぬいぐるみを胸に抱き。
「じゃあおやすみなさい。クレアさん」
「はい。おやすみなさいませ。姫様」
ゆっくりと眠りに着く。
こうして俺の何気ない1日は終わりを迎えるのだった。
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