第20話 ぼくの考えた最強の作戦! だよね?

 海老瀬口にて古河方と激戦真っ最中に、おタマの働きにより不穏な動きを確信した景春たちであった。


「五郎、考えとはなんだ」


 景春は五郎の口から飛び出る作戦を、今か今かと首を伸ばして覗き込んだ。


「とっとと逃げ出しましょう」


「なんだよ、ぜんぜん良い作戦じゃないじゃないか」


「春ちゃんお言うとおりだにゃ、五郎は敵に後ろを見せるんか」


 景春やおタマの考えはもっともであるが、五郎はそれでも話を続けた。


「古代中国の兵法にも『走為上』とあり、負けると判断したら転進すべきです」


「五郎は難しいこと言うにゃ、『走為上』とか『転進』とかどういう意味かにゃ?」


「それはですね……」


 五郎の解説によると、戦においてることが最も策とされ、転進とは決してただ逃げる訳ではなく作戦の一つと力説した。続けて五郎は。


「義兄上のお爺様(景仲)だって、転進というか退き戦が非常にうまかったと聞きます」


「なるほど『三十六計逃げるにしかず』ってことか」


「義兄上うまいこと言いますね、つうことで長尾昌賢様に習いましょう」


「見習うにゃ!」


 なんとも調子のいいおタマの作戦了承で、転進することに決まった。


「ぼくたち上州一揆は、明日朝早く出て金山へ向かいましょう」


「五郎ちゃん、それってアタイたちが真っ先に転進するのかにゃ?」


「違います、真っ先に金山を取り囲むのです」


「おい、おタマ! 早まるな!」


「ぎいぃ~にゃぁあ~、はなせ、はなせぇ~」


景春は今にも飛び出そうとするおタマを必死に取り押さえたのだった。


「何を騒いでおる、どうしたんだ」


騒ぎを聞きつけた八木原がやって来た。


「実は――、これこれで……」


「五郎、なかなか良い考えじゃな、さっそく本陣へ行って提言いたそう」


 八木原は五郎を伴い空に登る月明かりのなか陣所をあとにした。

 おタマも騒ぎつかれたのか、大人しくなるとその場で寝息をかき始めた。


  ◇◇◇


 翌朝、日の登らぬうちに景春たち上州一揆の陣中では、静々と出陣の準備が始まっていた。本陣で五郎の作戦が取り上げられたのであった。


「若、我々のさらなる活躍が期待されておりますぞ」


 上州一揆の旗頭である長野為業は、景春に意気込みを語った。


「で、どうすんの為業ちゃん」


 景春の問いに五郎が答えた。


「まず、朝餉の炊飯は火を残したままで、煙を立てておきます」


「それから?」


「管領方の陣で敵方から遠いものから、陣をたたまず気付かれぬよう退くのです」


「つうことは、俺たちが最初ってことか」


「そうなりますね、そしてここから適当に距離が取れたら全力で金山に向かい取り付きましょう」


「若、五郎の言うとおりじゃ、かっかっかっか。わしの見立ても完璧じゃな」


 そもそも為業が我が子五郎を景春の近習にしようと企んだのは、今回のような活躍を見通していたと言いたいのだろう。そして、一揆衆は出発した。


「これ旨いにゃ、遺すのはもったいないにゃ」


「おタマ、いい加減にしろ」


 おタマは景春に首根っこをつかまれて、馬に乗せられると泣く泣くあとに続いた。


   ◇◇◇


 景春たち一揆衆は金山のふもとに陣取ると、岩松三郎宛に使いを出すことにした。それには五郎とおタマが選ばれた。


「五郎、ところでどんな交渉をするんだっけ?」


「今さらですか義兄上、岩松三郎から人質を取るんですよ」


 五郎によると、金山城下では三郎たちが古河方へ寝返る噂で持ちきりである事、また、海老瀬では今だ勝敗がつかぬ事、これらの前提により噂が真実でないなら証として人質をもらい受けるというものだった。


「なるほどな、義弟おとうとよすばらしい、はげめ」


「春ちゃん、アタイだって励むんにゃ」


「おお、そうだったそうだった、おタマこそはげめ」


 こうして五郎とおタマの両人は金山へと向かって行った。


   ◇◇◇


「たのもう、僕たちは孫四郎景春様からの使いの者だ。三郎殿に取次願いたい」


「大分物々しい数でお越しと、物見から聞かされておるが何用じゃ」


「われらは騎西で戦っていたが、早々片付きそうなんで海老瀬へ向かうところであるが、金山の様子を見に立ち寄ったまで」


 こう話したのは、景春たちは武蔵の追手勢おおてぜい(第一軍)で活躍中であることが知られているためであった。まさか海老瀬から、ここへやって来たとは思うまいとの作戦なのだ。


「なるほど、ではしばしここで待たれよ」


 番兵がこう告げると門番のひとりが、本丸へ向けて走り出した。しばらくすると。


「お待たせいたした」


 と言うと、三郎は門の裏手にある詰所へ五郎たちを招き入れた。


「たしか五郎殿であったな、して、なにようか?」


「はい、武蔵より海老瀬へ援軍に向かおうと立ち寄りましたが、妙な噂を耳にしましてですね……」


 五郎は金山の寝返りの噂をきいたので、それを確かめるべくここへ来た。そして噂が真実でないなら、その証を賜りたいと伝えた。さらに、一揆は血気盛んに僕たちの帰りを待っているとも……


「五郎殿、われら岩松(金山)は管領様に誓いを立てて、お味方を申し上げた通りでござる」


 そう言うと本丸より同道してきた重臣の一人を、証として差し出してきた。


「三郎殿の本意は確かに受け取りました。早々に立ち返って義兄孫四郎に申し伝えます」


「三郎、おタマが伝えてやるにゃ」


 こうして上州一揆の陣中へ戻ってくると、五郎の作戦がひとまず成功を収めたことを報告した。さらに管領房顕へ報告に向かっていた六郎とも合流を果たした。


   ◇◇◇


 そのころ、古河城では。


「おのれ~逃げおったか」


 管領方陣中の煙は古河方を欺くためのオトリであったと、報告を受けた古河公方足利成氏は、握りこぶしを膝にたたきつけて叫んでいた。


「逃がしてなるものか、追え追えぇ~」


 こうして古河方の追撃が始まったわけであるが、一方の長尾景信率いる搦め手勢は羽継原はねつぐはらまでやて来ていた。ここ景信本陣では。


播磨守はりまのかみ殿、ここで一旦(陣形を整え)て、追撃してくる古河方を迎え撃つことになるやもしれぬ」


 上杉定顕(播磨守)は長尾房景と共に関東へ来ていた。越後守護の伯父上杉房定とは別の勢力を率いて来て戦っていたのだった。


「長尾(景信)殿、金山の様子はまだ分かりませぬか」


「うむ、まだ知らせは来ぬ。だが、信濃守(為業)達の働き次第で戦いの行方がしれよう」


 そこへ、海老瀬へ残してきた物見(斥候)が駆け込んで来た。


「御報告申し上げます、古河方は我らの退却を知り追撃を開始しております」


「そうか、やってくるか。先鋒はどのあたりじゃ? 」


「はい、昼までにはここへやって来ると思われます」


 家宰の景信は決断した。


「播磨守殿、やはりここで奴らを迎え撃つことにする」


「御意、知らせが来るまで動けませんからな」


 景信が懸念しているのは金山だけではなく、金山とここ羽継原の間には古河方勢力が存在していたからだ。彼らは管領方が海老瀬まで進軍してきた際に降伏してきたが、いざ古河方の反撃と分かれば牙をむいてくることは必定であったのだ。


   ◇◇◇


 場面は景春たち上州一揆へ変わります。


「義兄上、三郎殿は人質を差し出してきました」


「だしてきたにゃ」


「そうか、五郎、おタマありがとな」


「若、安心はできませんぞ。われ等上州一揆の勢いを見ての、一時的なものと見なければなりません。この時を逃さず、一刻も早くお父上(景信)のもとへ取って返しましょうぞ」


「為業ちゃん、戦とはそう言うものなのか、やりきれないっす」


「そう言うものなのです。また、戦は早さと速さが勝敗を分ける。急ぎましょう」


「わかった、者ども取って返すぞ。出発じゃ~! 」


「出発にゃ~! 」


「待て、少し待ってくれ、おタマ殿には頼みがある。我らが向かう事を家宰(景信)殿に早馬で知らせて欲しい、大事な役目だ! 」


「為業ちゃん、大事な役目なら、このおタマにおまかせにゃぁあぁ~」


 おタマは今回も雄たけびをたなびかせると、だれよりも、だれよりも早く街道を駆け抜けて行ったのだった。


「おタマ殿は、どうしてあんなにも早く駆けれるんですかね~? 」


「そうだな、アナちゃんに贔屓ひいきされてスペックが底上げされてるんじゃね」


「何ですか『スペック』って? 」


「五郎気にすんな、ただのたわごとじゃ」


《ぴんぴろり~ん》


『春ちゃん呼びましたか?』


「呼んでね~よ。でも丁度いいや。俺たちの進軍速度を上げてくんね~か」


『了解しました~。アフターバーナー。おぉぉぉ~ん』


「アフターバーナーっておい、ななっ、お、おとされるぅ~っ!」


 アナちゃんの一時的なスピードアップで、景春は振り落とされそうになりながらもおタマの後を追って駆け出して行った。だが、おタマの速度も上がっており追いつくことはなかった。


   ◇◇◇


 ここ羽継原では、古河方の先鋒と迎撃を買って出た播磨守率いる越後勢が押しつ押されつの激戦が繰り広げられていた。


「殿(景信)、敵方後方では続々と古河勢が合流しつつあり、我が方は劣勢にあります」


「ぐぬぬ、我らも出撃せねばならぬか」


 そこへ、弾丸のごとくバキューンとおタマが駆け込んで来た。


「景信ちゃん、もうすぐ春ちゃんたちがやって来るにゃ、安心するにゃ」


「え! 景信ちゃん?…… まあいいか」


 家宰の景信がおタマの言葉に驚いているところに、2発目が撃ち込まれて来た。


「親父(景信)い~! 今ここに最強の春ちゃん見参! 」


 なんかのゲームで発せられた名(迷)セリフをぶちかます景春……


「うっうぅ~っ、頭が…… そ、それで、信濃守たち上州一揆も着陣したんだな? 」


「はい、お父上のおっしゃる通りでござる」


「ござるにゃ」


 どうやら景春たちにかかっていたステータスブーストが解けたようである。


「よかろう、では申し渡す。孫四郎、前線へ向かい播磨守と交代して、殿しんがりを務めよ」


「心得ました」


「心得たにゃぁ~!」


 おタマは矢のごとく前線へ駆け出して行った。彼女だけブーストはまだ残っていた模様だった。後へ続いて景春たちも出撃していった。


「五郎ところでさ、殿しんがりってなんだ? 寿司の付け合わせ? 」


「って、ガリ違ぇがな。義兄上、そんなことも知らないで気軽に受けちゃったんですか」


「だってさ、父上がものすごぉーく真顔で言うんだぜ、受けるしかないっしょ」


「でしょうね。義兄上殿しんがりとは、退却戦において本軍が無事に逃げ切れるように盾となって追撃を防ぐ役目です」


「なるほど、俺たちの強さを頼みにしてるってわけだ」


 自慢げにドヤ顔をする景春に、五郎は楔を打ち込んだ。


「呑気な顔をしている場合じゃありません。敵の全軍を受け止めるんですよ」


「全軍をか、震えてきたな!? 」


「大いに震えてください、殿しんがり大概たいがいは全滅ですから…… 」


 またもや景春たちの前に、大きな壁が立ちふさがるのであった。


 どうなる?


 つづく




























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