第21話 ゲームなのに絶体絶命!羽継原の戦い

 戦において勝利の花が一番槍だとすれば、敗戦まけいくさにも花はあるのだろうか。もし、あるとすれば、それは―――。戦場に咲いて乱れて舞い落ちる、羽継原はねつぐはら殿しんがりの花。


「全滅するんかい、五郎、何かいい手立ててだて(作戦)はないのか?」


訓閲集きんえつしゅう(兵法書)に退と言うのがありますが、義兄上、兵を失うのは必定です」


「それはどんな方法なんだ?」


「それはですね……」


 五郎の言うには、まずに、退却する本体とは別の道筋に敵軍を誘導する事、これが大事です。は上州一揆を二手に分けて、一方は追撃してくる敵部隊へ横やりを入れて進軍を止める。もう一方の部隊は最前線の部隊へお味方して敵を無力化したら後方へ下がって敵を待ち構える。に横やり部隊が待ち構えている部隊へ敵を誘導したら、通過して後方へ下がり待ち構えるのだという。いわゆる釣り野伏せりを順繰りにやる感じとなるのだ。


「五郎なんか分かりづらいぞ、前方の部隊が逃げるタイミングはどうするんだ?」


「おタマに連絡係をやってもらいます」


「連絡係って、アタイはどうすればいいいにゃ?」


「おタマ殿は前線のお味方への援軍部隊に参加して、後方に下がって待ち構える準備が出来たら、横やり部隊へ走り撤退を促すのです」


「にゃるほど、そして待ち構えてる部隊の所までお味方をあんなにするんかにゃ?」


「その通りです、そしてそのまま横やり部隊は、後方の脇道へ下がって待ち構える体制を整えたら、おタマちゃんは前方で敵軍を防ぐ部隊へ走り退却を促すの繰り返しになります」


「なんとなくだが分かった。五郎、お前は常に後方の部隊にあっておタマに指示をだしてくれんか」


「義兄上、僕もそう考えていました。でも、これは兄上も同様に願います」


「なぜだ、俺は前線では役に立たないってことか」


「いいえ、大将たるもの後方にて采配するものだからです」


「なんだか気に入らねえけど、まあいいか」


 傍らで話を聞き入っていた上州一揆を率いる長野為業は、大いにうなづきこう言った。


「五郎よ見事な手立てじゃな、横槍はこのわしが務めよう」


「父上、有難うございます」


「うむ、源太(八木原)、お前は前線への援軍を頼むぞ」


「心得ました」


 こうして二手に分かれた景春たち一揆衆は、古河勢の待つ戦場へ向かって行った。


   ◇◇◇


 景春たちの部隊は、繰り広げられる戦場へ駆け込むと、獅子奮迅の働きを見せた。敵の数も減り落ち着いてくると、景春は前線で働くお味方の上杉播磨守はりまのかみの姿を探した。


「春ちゃん、あそこのカッコいい兜を被ってるんが播磨守じゃないかにゃ? 」


「義兄、上間違いなさそうです」


「わかった」


 景春は播磨守の所までやって来ると、自軍の目的を伝えた。


「播磨守殿は、本街道をわが父左衛門尉(景信)を追ってお下がりください」


「そなたが孫四郎殿か、左衛門尉殿は退却を決断されたのじゃな」


「はい、金山寝返りの噂は人質を取りましたので、ご安心ください」


「そうか、孫四郎殿の手柄じゃな、そなたらはこれからどうする?」


「はい、父より殿しんがりを申し付かりました。脇街道へ敵を導き退き戦をいたします」


を!? …… 御武運を祈り申す。それでは―――」


「この孫四郎にお任せを!」


「おタマにも、まかせるにゃぁ~!」


 播磨守らの手勢が見えなくなるのを確認するを、景春たちは手はず通り脇道へ入り適当なところで待ち構えた。これを確認した五郎はおタマへ指示を出した。


「おタマ様、出番です。父上へ伝令を頼みます」


「おk了解丸にゃぁ~ぁ! 」


 おタマの俊足ぶりは戦において、勝敗の左右を決めるのに大いに役立っていた。


   ◇◇◇


 少々時間を戻し、為業たちに目を向けてみると、敵方の軍勢を目指し突撃を開始していた。


「者ども、ここが戦の分かれ目ぞ、存分な働きをみせよぉおぉおおお~! 」


「おぉおぉおおお~!」


 まず始めに、騎馬が敵の隊列に突っ込んんで反対側へ突き抜ける。更に反転して攻撃を加え隊列をかき乱したところへ、徒歩武者かちむしゃがなだれ込んで壁を作るのだ。


「通してはならん、敵を通してはならんぞぉ~お! 」


 軍勢はおおよそ街道を進んでくる、しかし乱戦ともなれば突き立てられた壁の左右どちらかの端を回り込んで進む者もあらわれる。それへの対処は騎馬が受け持つことになるが時間がたつにつれて敵の数も多くなり、殿部隊しんがりぶたいが劣勢となるのは必定なのだ。すると、そこへ一騎の武者が駆け込んで来た。


「為業ちゃん、退却だにゃ~! 」


「おおっ! おタマ殿か、助かった」


「六郎ちゃんはおるか、ろくろお~……」


「なんだよ大きな声で呼ぶな、恥ずかしいだろ」


「そこにいたか、これに乗り春ちゃんの所へ戻って伝えてくれにゃ」


「手はず通りだな、心得た」


 為業達は手立て通りに後方へ下がって行ったが、最後尾の者の命の保証はない。だが、それが殿の役目なのだ。


「ぎぃいぃぃにゃぁあ~! 」


最後尾で奮戦する、おタマの何時もの雄たけびであった。


(おタマ死ぬなよ……)


 ◇◇◇


 後方の景春たち待ち伏せ組では、為業たちが退却してくるのを待っていた。


「五郎、この作戦は上手くいくのかな? 」


「義兄上、上手くいってもらわねば困ります 」


「おいアナキン俺たちこれからどうしたらいい? 」


『ぴんぴろり~ん』


『春ちゃん、お呼びしましたね』


「ああ、俺たち助かるんだろうか。なあ五郎? 」


 五郎の返事はなかった。


『春ちゃん、今は時間が止まっています。何か助言が必要なんですね? 」


「そうだ―――。アナちゃんお願い、何かいい方法があったら教えてくれ」


「分かりましたみょん、じゃあ次のメニューから作戦を選んでね、もちろん予想付きだよ」


 すると景春の目の前に開かれたのは、次の通りだった。


****** 次から選んでね ******

あ.命をかけて戦え。


い.命を捨てて戦う。


****** 予想付きだよ ******


「なんだ、二択なのか……。『あ』でいいのかな? 」


『予想します、多くの者が命を落としますが、何とか切り抜けるでしょう』


「そうなっちゃうのかよ、それが嫌なんだ、ゲームだろ何とかならないのかよ。―――じゃあ『い』ならどうだ」


『わかりました『い』ですね、命を捨てれば多くのものが救われるでしょう』


「捨てるって、誰が捨てるんだ! 」


『メニューが選択されました』


「まだ選んでねえし、誰が捨てるんだって聞いてるんだが……」


『お答えします、春ちゃんです……』


『ぷつっ―――』


 アナちゃんは、姿を消した。


「まじか! これゲームだろ、そんなんあって良いんかよ! 」


「義兄上、どうなさいました? 」


「何でもねえ……、ひとり言だ……」


 時は動き始め、景春たちのもとへ伝令が駆け込んで来た。


「若様あぁ~! おタマは到着しましたぁ~! 」


 おタマの伝令が届き、為業たちの殿しんがりは上手く戦っている事と、一時もかからずにここへ押し寄せてくるだろうと、六郎は景春へ報告した。


「六郎ご苦労だったな、為業ちゃんが退いてきたら一緒に後方へ下がってくれ。そしたら、また手はず通りに伝令を頼む」


「心得ました」


 しばらくすると、蹄の音を先頭に為業たちが退いてきた。景春たち待ち受け側は、あらかじめ街道は開けて置き殿軍が通過するのを見守る手はずであった。そこへ一騎の武者が景春の所で立ち止まった。


「若、乗馬にてご免。五郎と共に退却を」


「為業ちゃんありがとね―――。八木原ちゃん後は頼んだよ」


「若様、あとはこの八木原にお任せ下され」


「それじゃ、五郎退却するぞ」


「了解です」


 八木原たちが敵勢のやって来るのを待ち構えていると、剣激を交えながら徒歩武者かちむしゃたちが退いてきた。最後尾と思われる味方が現れると、八木原は何名かの手下に打って出るように命じた。退却してくる見方を無事に後方へ送り出すためであった。


「よいか、お味方を無事お通しせよ。」


「おぉおおおぉぉ~! 」


 八木原の部隊は、名目上景春の馬廻りを仰せつかっていただけあって精強ぞろいであるため、その士気は高かった。ゆえに第一回目の防戦に期待が高まっていたのだった。


「退け退けぇぇえっ! 」


 最後尾を脱兎のごとくかけ退いて来る、おタマの怒声があがった。それが通過すると街道は遮断され、いよいよ激しい防戦が繰り広げられた。


「はあっ、はあっ―――。や、八木ちゃん、死んじゃ、や、だにゃ! 」


「おタマが何を言うか、お前こそかなり無理をしてるじゃないか、いい加減にしとけよ」


「無理とか、し、してないにゃ」


「うそこけ、俺の馬を貸してやる、乗ってけ、いいな」


 おタマは周りの猛者たちに、担ぎ上げられ馬に乗せられた。八木原が馬のしりをたたくと、後方の景春たちへ向かって駆け出して行った。


「おタマ、お前こそ死んだらいかんぞ―――」


 八木原の声は、眼前に広がる激戦にかき消されたのだった。


   ◇◇◇


 このような繰り返される防戦は、何時までも続くはずはかった。利根川の支流が南北に流れる地点まで、景春たちが退いて来た。そこには街道を行き来するための、簡易的な橋がかけられていた。川幅は狭いが水面までの高さが十分にある為、要害としての堀の役目を果たすことが出来きていた。


「五郎、ここが切所せっしょだな。見方が渡り次第に橋を切り落とす、それでいいか? 」


「義兄上、見事な手立てです。兵法のお手本のようですね」


「八木原ちゃん、俺たちの『役目こそ、ここにありけれ』。覚悟は良いな! 」


「無論にござる! ―――若様、大将らしくなりましたな」


 どうやら最後の防戦は、景春たちの手勢が負うことになったようだ。いままで上州一揆の手勢は一千騎あまりであり、八木原の部隊はその約半分の五百騎で当たっていた。しかし、ここまで来るのに死傷者が続出したため、戦えるのは半分以下であった。


「みなの者、手傷を負い、動けるものは動けぬものを助け、八木原の指示に従い厩橋まで退いてくれ」


「若様の言うとおりじゃ、残りのものはここを死守する。殿しんがりが無事ここを通るまでは絶対だ! 」


「絶対だ、にゃ…… 」


 ここまで来ると流石におタマの声は生気にかけていたが、無理もなかった。


 手負いのものが静々と退いてゆくのを見送っていると、向こうから蹄の音が聞こえて来た。橋の向こう側で下馬すると、ゆっくりこちらへ向かって来るのが見えた。


「為業ちゃん、大丈夫か……」


 膝から崩れ落ちる為業を、弟の八木原が駆け寄った。


「兄上、ご無事でしたか」


「なんの、これしき……」


 続けて駆け寄る景春は、ぎょっとした眼で為業を見つめた。


「八木原、もうその男は使えん。厩橋まで送り返せ! 」


「若―――、ま、まだ戦えますぞ……」


 為業の大袖はちぎれ、兜の前立ては失われ、直垂ひたたれの袖には鮮血がにじんでいた。


「大将の命じゃ、連れてゆけ! 」


 景春はそう言いつけると、目を中空へ向けて耐えた。すると八木原の言いつけで、為業は手下に肩を支えられながら力なく歩いた。そして彼は疲弊して流す涙さえなくした状態ながら、つぶやいた。


「若、大きくなられましたな……」


 戦が景春を大きく育て上げたと言えようか……


つづく






















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