第19話 おタマが大将!、次は海老瀬口へ急げ!

 さて、野通川やどおりがわの西岸に陣を構えた管領方かんれいがたに対し、古河方こががた騎西城きさいじょおを背に弧を描いて対岸の東方会下原えげのはらに布陣していた。味方の軍監渋川義鏡しぶかわよしかねより先陣を賜った景春であったが、敵陣は小川を越えた先に今か今かと管領方の攻撃を待ち構えているのだ。これに対し、どうしたものかと攻めあぐねていた。


、いよいよ先陣を任されて突撃する羽目になったんだが、どうすればいいんだ? 」


『ぴんぴろり~ん』


 いつもの効果音と共に、Aiアシスタントのアナちゃんが現れた。


『春ちゃんお困りですね。攻撃方法は以下のメニューからお選びください』


「そうか分かった、どれどれ」


『なお項目を選ぶと、プレイヤー側の現行能力からの結果予想が出ますので、参考にしてくださいね』


「おっ、おう、わかったぜ」


  景春はハンドジェスチャーでメニューを呼び出した。


 ****** 作戦めにゅー ******

あ.がんがん行こうぜ。

い.命を捨てて戦え。

う.そこそこでいいぞ。

え.命令させろや。


 ****** 悩んだらまけですよ ******


景春が『え』の『命令させろや』を選ぶとアナちゃんが答えた。


『それでは命令してください』


「だから、命令させろやって、命令したじゃねえか」


『了解しました。結果予想いたします。指揮能力不足で敗退するでしょう』


「なんだそりゃ、それじゃあ『う』の『そこそこ――』でどうだ」


『予想いたします。そこそこの戦いを見せますが、景春様の技量がそこそこ以下なので敗退するでしょう』


「くそ、じゃあ『い』の『命を捨てて――』でどうだ」


『全員命を捨ててしまいました。最悪の結果になりますでしょう』


「ダメだこりゃ、『あ』の『ガンガン行――』しかねえな」


『了解しました。ガンガン行けばそれなりの結果が得られるでしょう。それでは会戦スタートです』


《ぷつっ》 AIアシスタントのアナちゃんは姿を消した。


「なんだよ、AIでオートバトルじゃねえのかよ」


 景春の行動をいぶかし気に見ていた為業は、どうしたものかと声をかけてきた。


「若、さっきからぶつぶつと何かのおまじないですか? みなが采配を待っていますぞ」


「そうだ、新世代のまじないをしておったのだ。総員われに続け~! 」


 景春の采配が振り下ろされると、『ぎぃぃいにゃぁああ~~~ぁあああ! 』と雄たけびを挙げて、真っ先に飛び出して行ったのはおタマちゃんであった。メス猫に一番槍を取られてあっては男が廃ると、八木原の子六郎が敵陣へ向かって駆け出すと、あとからあとから男たちが怒涛の勢いで突っ込んでいった。置いてけぼりの景春は完全に先を越され、われに続く者はすでに残っていなかったのであった。


 「あれを見ろ、流石は白井長尾家の嫡男である」


 一番けつを駆ける景春の、どこ見をて言ったのかは不明であった。


 関東管領上杉房顕は、自家の家宰(宰相)を務める長尾景信が嫡男の活躍を見て、これまで語られてきた「関東不双の案者(知恵者)」と称される、景春の祖父長尾昌賢ながおしょおけん(景仲)の戦いぶりを思い浮かべていたのだった。


「左から攻めるにゃあ~、おまいら続けぇえ~! 」


「おおぉおおおぉ~! 」


 おタマちゃんは、為業の奥方せつ殿から頂戴した、赤黒く、くすんだ頭巾と同系統の色合いで仕立てられた戦闘用の忍具足をまとっていた。そして「こひばり」と名付けられた鹿毛かげの馬に猫足立で疾駆する、おタマちゃんの怒号に上州一揆の猛者たちが続いていた。


 「これは何としたことか、負ける気がしねぇ! 」


 為業は若き日に共に戦場を駆け巡った、妻せつの勇ましい姿をこれに見たのだった。上州名物「かかか天下とからっ風」は、ここから始まったのかもしれない。たぶん?


「押せ押せぇええ~、だにゃぁあ~! 」


「そうだそうだ」


 為業は続いて掛け声を上げるが、だれが上州一揆の旗頭か分からない。景春達の一番槍は敵陣の右翼(向かって左)を突き破り、勢い余ってそのまま騎西城へ向けて駆け抜けていった。騎西城はそもそも享徳の乱の初期に、天命・只木山の陣から辛くも逃れてきた長尾昌賢ながおしょうけん率いる上杉勢が、古河方の攻勢に備えて取り立てられた要害(城塞)であったが、戦いに敗れて奪われてしまった因縁があった。


「者ども、あれが騎西の要害だ」


 こう言って立ち止まるおタマちゃんに、為業は「若が来るのを待ってくれんか」と声をかける。すると、やっとの思いで景春が追い付いてきた。


「ふう、はあ、まいったな『がんがんいこうぜ』ってやりすぎだろ」


「若、これが我ら上州一揆の心意気でござるぞ」


 『いや違えだろ、上州かかあじゃね?』と、どっかから聞こえてきそうな気がするのであった。景春が一息ついていると向こうの方から、一騎こちらに駆け寄って来るのが見えた。


「長野どのぉ~、大変なことになりました~」


 叫びながら駆け込んで来たのは、長尾景信率いる搦め手勢からの伝令であった。話によると足利から渡良瀬川を渡り佐貫荘の東端の海老瀬口にて合戦中の管領方に対して、背後にあってお味方になったはずの金山が不穏な動きを見せているとの事であった。


「何としたことか、岩松持国殿は我らと共に戦っておるのに……」


「兄上(為業)、ここはこのまま海老瀬へ向かいましょう」


「源太(八木原)の言うとおりにじゃな、六郎、お前は房顕様本陣へ取って返し、この事を伝えよ、若(景春)、これでよろしゅうございますな」


「おう、おれ、戦はよく分かんねえから為業ちゃんに任せるよ」


「御意。では、六郎頼んだぞ」


 八木原の子六郎が本陣へ向かって駆け出すと、おタマはなんだか地団太を踏みながら為業を見ていた。


「うん? おタマ殿先ほどの勇ましい姿、頼もしく思ったぞ」


「為業ちゃん、騎西は攻めないんか、つまんないにゃ」


「そうせくな、戦は戦況を見分けて先を見通さねばならん。そこでおタマ殿、金山の様子を探って来ては貰えぬか、我らは海老瀬に向かい長尾殿らと合流する」


「わぁ~お、敵陣潜入だにゃ~、この前行ったばかりだし、おタマ様におまかせにゃあ~ぁああ」


 お任せの雄たけびをなびかせて、おタマは再び愛馬『こひばり』に鞭を入れると矢のように駆け出して行った。もう誰が主人公だか分からなかった。


   ◇◇◇


 景春ら一行は、利根川を渡り海老瀬口までやって来た。


「本陣はどこだろう?」


 景春の問いに八木原は答えた。


「あそこの少し小高くなっているところがそうだろう」


「じゃあ、八木ちゃん急ごうぜ」


「そうだな」


 八木原はそううなづくと後方の上州一揆を率いる父為業へ向かって、手旗を振り本陣の方向を指示した。と、同時に隊列の最後尾に向けて『本陣を目指す』という景春の指示を伝えるために伝令が駆け出して行った。


 「八木ちゃん、なんかやけに静かだと思わんか? 」


「確かに、だが、お味方の被害は相当のようだ。みてみろ、あっちでもこっちでも手当てを受ける者たちが横たわってる」


「言われてみればそうだけど、相当の被害とか、八木ちゃんが言うほどの数とは思えないんだが」


「若様、動けぬ者、命を落としたものは現場で首を取られるのですよ。助かりそうな者だけが、こうして後方まで連れ帰ってもらえるのです」


「と言う事は、いく倍もの侍たちが野辺に曝されるというのか……」


「はい、戦に勝ち、ここいらが我々の支配下になったなら、供養も叶いましょう」


 景春は馬廻りを務める八木原に、戦国の非情を告げられて言葉をなくし、ただ馬を進ませていった。そして、本陣までやって来た。


「父上(長尾景信)、危急を継げる馬が駆け込んでまいりましたので、急ぎやってまいりました」


「そうか、伝令が無事届いたか、それで孫四郎(景春)騎西の様子はどうだ? 」


「はい、俺らが先手を申しつけられたので突撃を仕掛けた所、勢い余って敵の右翼を突き抜けてしまった。そしと、騎西を目指そうと思い立ったところで伝令を受けたんだ」


「なるほど、それでやって来たというわけか。だが孫四郎、ここへ援軍として来ることはちゃんと報告したんだろうな? 」


「ぬかりありません。管領房顕様に事の次第を告げるよう、六郎に申しつけました」


「それならよかろう」


「ところで父上、ここへ来る道すがらやけに静まり返っているなと、八木原らと話しておったのですが、これはどういうことでしょうか? 」


「今朝から昼にかけて、幾度となく双方押し合ったのだが決着がつかず、今は凪となっておるのだ。明日朝には、さらなる決戦となろう」


「決戦ですか……。それで、金山の件ですが、その後の情報は入ってきておりますか? 」


「複数の物見を出しておるが、いまだ帰っては来ぬ。金山よりの情報次第で明日の戦いが左右されるであろう。今宵が山じゃな」


 景信・景春父子の会話をよそに、続々と上州一揆が着陣したようで長野為業が本陣までやって来た。


「長尾殿お待たせいたした。上州一揆はほぼ無傷にございます」


「さようか、明日は十分に活躍してもらわねばならんな。頼んだぞ」


「心得ました」


「こちらの状況は、孫四郎にたずねるがよい。とりあえず休んでいてくれ」


 すでに日が沈みかけており、本陣ではかがり火がたかれ警戒する男たちが辺りを周回し始めていた。だが、戦国時代かがり火は、総大将の宿所から少し離れた所に多めにたかれ夜襲を警戒する習慣があったようだ。


   ◇◇◇


 景春は為業を本陣に残して、上州一揆の陣所へやってきていた。


「義兄上(景春)本陣を離れてもいいんですか?」


「戦の手立てなど俺が聞いても分らんからな、その辺為業ちゃんに頼んどいた。あきれ顔だったが、まあいんじゃね」


「父上(景信)の話だが五郎、お前も一緒に聞いていただろう。どう思う? 」


「どうと言われても、長尾様の言うとおり物見が帰らないとどうにも……」


「どうにもって五郎、金山の不穏な動きってのが、古河方へ再度寝返るつう話だったらどうするよ? 」


「われわれ管領方は退路を塞がれる格好になりますね。五十子へ戻るのに大分大回りをしないといけないので、その分危険が増えます」


 景春・五郎の義兄弟が思案を重ねていると、遠くからパカパカと蹄の音が近づいて来るやいなや、薄暗い陣幕の中へぜえぜえと息を切らした影が飛び込んで来た。周囲の警戒を破り、どうやってここまでたどり着いたかは分からなかった。


「は、はる、春ちゃん。不穏な動きってまんざら嘘で、ないにゃ」


 どうやら警戒を破って飛び込んできたのは、おタマであった。納得。


「おタマ、どういう事だ、詳しく……」


 おタマの話によると、金山に留守番で籠っていた岩松三郎は、海老瀬口の戦いを物見を放って監視しており、勝馬に乗ろうと考えているのを直接耳に入れたというのだった。


「なるほど、あの三郎のやつか、兄の次郎と比べて俺たちに懐疑的だったもんなあ、奴ならありねえ話じゃねえな」


「で、春ちゃんどうしよう」


 右手で顎をしごきながら話を聞いていた五郎が、中空を見上げながら口を開いた。


「義兄上、ここは僕に考えがあります……」


 さて、窮地に陥ろうとしている景春らの運命は……


 つづく











 






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