第16話 なんか予定が狂いそうなんだが

 平塚までやって来た景春一行は、対岸の上野国へ渡ろうと計画し浅瀬を探していたのであったが、あまりの川幅の広さに驚愕していた。


 「義兄上、これでは歩いて渡るのは無理そうですね」


 そんな景春たちとは別に、俊足なおタマはより広範囲に探索していたのであるが、意気揚々と駆け寄ってきた。


「春ちゃん結構川下の方になるけど、渡し場があるにゃ。素直に街道を進めばすぐに見つかったはずにゃ」


「そうか、でかしたぞおタマ、さっそく行ってみるとするか」


「そうですか、でも……」


「五郎、何を心配しているか知らんけど、とにかく行ってみるぞ」


 おタマの能天気ぶりが景春にもうつったのか、五郎の心配をよそに渡し場のある方へ向かって歩き始めた。


「春ちゃんこっちこっち、いそぐにゃ」


「なるほど、確かに渡し場だな」


「そうですね、ですが義兄上、船賃がいるみたいですよ。そうここに書いてあるし、あの人たちも銭を渡してるじゃあないですか、渡し場だけに」


「五郎、そういう言葉遊びも為業ちゃんから、しっかり受け継いでいるんだな……」


「春ちゃん何してるにゃ、早くいくにゃ」


「おタマ様、そうは上手くいかないのですよ。僕たちは文無しです」


「な、なんと、そういう落ちがあったんかい、どうする、どうする、俺」


 「何でこうなるにゃ、にゃあにゃあにゃあ~」


 五郎の文無しという種明かしに、茶番を繰り広げた景春とおタマちゃんであった。


 どうやら黙って為業の陣所を抜け出してきたもんだから、肝心な路銀は頭になかったらしいが、それは無理もない事であった。なにしろこの三人は、物を買ったりする為の銭を持ち歩くという習慣が無かったのだ。そんな困り果てた景春たちの後ろから近づく影があった。


 「おいおタマ、一の子分が聞いてあきれるな」


 「だれだお前は、うっ、うっう、六郎か。このおタマ様が背後を取られるとは……」


  おタマの憔悴する様子をみて、こないだの仇を取ったとばかりにニヤつく六郎であったが、ここへやって来たわけを景春へ伝えた。


「若様(景春)が陣を抜け出たのはすぐに知れるところとなり、陣中では騒ぎとなったのですが、増国寺から使いがまいりまして行き先を知り、こうして追ってまいったのでございます」


「そうか、六郎すまななかったな。どうしても手柄を立てないといけないと思ったのだよ」


 どうやら六郎は景春のかたい意志を知った、為業や八木原の命を受けてやって来たというのだ。そして必要となるであろう額を、少し多く見積った銭袋が五郎へ手渡された。


「五郎、後は頼んだぞ、俺は景春様の動向を逐一陣中へ報告しなければならないので帰る、それじゃあな」


「ありがとう六郎」


 前にも解説したが、六郎の父八木原源太左衛門と、五郎の父長野為業は実の兄弟なので、五郎と六郎は従兄弟どうしだったのだ。いわば長野一族で景春を支えていることになる。


   ◇◇◇


 船の渡し賃を得た景春一行は、利根川を渡り武蔵から上野へ入った。この辺りは長楽寺の寺領が散在しており、景春はこの辺りの小作人頭を装っていることになる。


 「義兄上この街道を進み、長楽寺を経て※金山の方へ向かいましょう」

※新田金山城は応仁3年築城とされているが、話の都合上館があった設定です。


「五郎、やみくもに金山目指していれば、それで上手くいくのか?」


「そうですね、ぼくの考えですと何とかなるはずです」


「なんとかねえ、ほいじゃあ何とかするしかないな」


「春ちゃん、そなんでうまくいくとは思えないにゃ」


 これは何と驚いたことか、普段はおタマが能天気なことを口走る役割であったがどうしたんだろう。すると五郎が提案してきた。


「おタマ様、ここから先は敵方の支配地域だってことは、以前お話した通りです。そこでおタマ様の忍びの技の出番となりました。こちらから声をかけるまで、何があっても耐え忍び、他に見つからぬようお供くださいませ」


「何があってもかにゃ?」


「何があってもです。用心のためです」


「わかったにゃ」


 おタマは後方へさっと飛びのくと身をかがめ、一度だけ景春を見つめると野に消えていった。


「五郎こんなんで良いのか?」


「良いのですよ、もしものためだし。それと、あまりはしゃがれると折角の変装が台無しになる恐れが、とも考えての末です」


   ◇◇◇


 景春たちが街道を進んでゆくと、柵を張り通行人を止めて警戒する役人たちが見えてきた。


 「義兄上、どうやら新田でも大戦おおいくさの噂が広がり、大分警戒が厳しくなっているようですね」


「それで、五郎どうするんだ」


「これも想定の内です、松陰様の言うように例の直訴状を見せて、通行許可を得るしかないでしょう」


「わかった、それじゃあ行ってみようか」


 列に並んで景春たちの番が回ってくると、役人は定番の質問をしてきた。


「おめえたち。どこい行くんだ」


「僕たちは金山のお殿様へ、お願いがあって行くところです」


 これを聞いた役人が配下に目くばせをすると、景春たちは囲まれて関所の裏手へ連行されてしまった。途中景春が五郎を見つめると、五郎は首を横に振る。すると景春はこくりとうなずく。どうやら五郎の「考えがあるから抵抗しないで」との合図を心得たものと思われる。


「それで、金山への用事とはいかなるものかな?」


「はい、ここに松陰様よりお預かりした文がございます」


 五郎が差し出された文を広げ、一読すると役人は眉をしかめた。


「ここでしばし待っておれ」


 景春らのわきを固めていた配下の役人に「しっかり見張っておれ」と告げると、

当の役人はその場から出ていった。しばらくすると、上等な飾り付けの太刀を下げた少々物々しいいで立ちの男がやって来た。


「その方らが松陰殿の使いの者か?」


「そうだけど……」


景春の少しぶっきらぼうな返事を、危惧した五郎が口をはさんだ。


「お役人様、私から説明いたします……」


 五郎はこう言って松陰からの手紙の内容を話し、自分たちの訴えを金山のお殿様に直接聞いてもらいたいと告げたのだった。


「なるほど、お前たちの言い分はわかった。だが、持国様とご対面したなら、事によって只ではすまんが、覚悟はできておるのか」


「無論の事です、お預かりした御領地は何としても守らないといけないんだ」


 この当時は戦に明け暮れており、戦地へ赴くのに多くの銭がかかる。武士どもは自身の所領だけでは賄いきれず、寺社の領地に手を出してそれを補うなんてことが横行していた。それを制止する室町幕府の力が衰えると、各地で自分たちの領地は自分たちで守るという、一所懸命と自力救済を旨とした謂わば小国が乱立していった。これが戦国時代である。


 話を関所に戻そう。どうやら物々しいいで立ちの男は、岩松家の重臣であったらしく、景春たちに「このまま通すわけにはいかん、金山に使いを出すからここで待て」と言い立ち去った。そして、関所から少し離れた寺に連行されると狭い部屋の押し込まれ幽閉される格好となってしまった。


 「おい五郎どうなっちまってるんだ。金山へ連れてってもらえるんじゃなかったのか」


「そうですね、少し目論見が外れたようです」


 景春は五郎の言葉に不安を感じると、思わず「おいアナキンこれどおすんの」と口に出してしまった。


『ぴんぴろりぃーん』と毎度おなじみなシステム音と共に、五郎の姿が次第にアナちゃんへ変わっていった。


『春ちゃんお呼びですか、どうやらお困りのようですね』


「べ、別に、たいして困ってるわけじゃあないんだぜ。せっかく来たんだから聞くけど、なんかないのかな、ほら、ゲームなんだからヒントとか出てもおかしくないだろ」


『そうですね、それじゃあ特別に選択肢を与えましょう。さあ画面を見て良ーく考えてくださいね』


******   せんたくこうもく   ******

あ.このまま金山から使いが来るのを待つ。

い.おタマを呼び出してここから抜け出す。

う.セーブポイントからやり直す。

え.あぅこだrくr……

****** よおくかんがえて選んでね ******


またこんなん出てくるんかよ、せっかく景春に感情移入してたのに、ったく。


「ほいじゃあ、『い』でいいか、いだけに」


『ほお、ギャグ選びですね。それだと追手がかかり多分成功率マイナス100%ですよ。いいんですか?』


「成功率マイナス100%とかなんなんだよ、ううむ、じゃあ『う』のセーブポイントからやり直すで」


『なるほど、それはいい考えですね』


「だろ、俺もそう思うんだ。じゃ頼む」


『いい考えですよね。セーブポイントがあれば』


「あればって何だ、つか、セーブポイントないのかよ」


『せいかーい、その辺まだ未実装なんですよ』


「未実装なもの選択肢に入れんなよ」


『ごめんね春ちゃん、この選択肢もアナちゃんが即席で作ったの』


「だろうなあ、『え』なんか読めねえしな、あ~あそれじゃあ……」


『はーい受付終了、『あ』で良いんですよね、了解しました』


 こう宣言するとおなじみの『ぴんぴろぴん』の音と共にアナちゃんから五郎へと姿がかわった。


「義兄上けっきょく金山から返事が来るのを待つしかなさそうですね」


「ああ、そうだな(ふるえ)」


(春ちゃん、ここから抜け出すなら見張をやっちゃいますけど、どうします?)


 おタマのささやき声がすると、五郎は景春に向かって首を横にふった。


(あれ、アタイってもしかしたら出遅れちゃった?……)


 お寺の幽閉先には夕闇がせまり、無視のこえがさみしく流れているのであった。


   ◇◇◇


 翌朝


「これより金山へまいる、大人しくついてまいれ」


 関所の役人に連行されるような形で、景春たちは街道を金山へ向けて進んでいった。この辺りに広がる新田荘は岩松氏の祖新田義重が、天仁元年(1108年)に発生した浅間山の噴火によって荒廃した地域を、再開発してを金剛心院に寄進した功績によって、改めて下司職に任ぜられた事により代々受け継がれていた。


「義兄上どうやら、うまくいきそうな雰囲気ですね」


「そうだな五郎、おタマが暴れだしやしないかと冷や冷やしたがな」


「無駄口をたたくでない、大人しくついてまいれと言ったはずだ」


 役人に窘められながらしばらく進んでゆくと、前方に小高い山が現れた。目的地の金山である。ふもとの城門にあたる所までやってくると、関所の役人の代わりに城の役人が現れて、どうやら受け渡しが行われたようだ。あまり歓迎されていないのだろう、やはり連行されるような形で本丸にあたる所からは、大分離れた場所に建つ雨風が凌げる程度の平屋で、やはり押し込まれるような恰好に置かれた。


「ここで待っておれ、いいか大人しくしていろよ、御身のためにな」


 何時までとは言わずこう言い残した役人が去ってゆくと、周りには物々しい警戒が施されている気配が満ちていた。


「おい五郎、なんだか様子がおかしいぞ」


「ですね、義兄上ここは思案のしどころです」


「で、どうする?」


「松陰様を信ずるほかないと考えます」


「思案とかめんどくせえわ、五郎に任せるよ……」


 なんだか思惑とは少し違う方向へと向かってゆく、景春たちの運命やいかに……


つづく


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