第17話 こんな密書見たことねえぞ、いい加減に白熊
「役人の野郎いつまで待たせるつもりだ。いよいよ暗くなってきやがったぜ」
「そうですね、
「五郎がそう思うならそうなんだような、その関心がいい方向に向かってることを祈るぜ」
景春たちの会話がひそかに進んでいると、影から声がかかった。
(春ちゃん、春ちゃん、いっぱい囲まれちゃってるけど、抜け出すならおタマ様が蹴散らしてやるにゃ)
「……おタマ様、早まっては事を仕損じると言います。まずは状況を見守っていてください。もしもの時は五十子へ報告をお願いします」
五郎が影へ向かってささやくと、景春も同調して大人しくしているように言いつけた。しばらくすると野外では動きがみられ、役人が声をかけてきた。
「お待たせいたした、私は岩松次郎と申します。長楽寺の所領について何か父上に申したい事があると聞いたが間違いないか?」
「ああ、間違いないな、それでお殿様にはいつ会えるんかね、待ちくたびれたぞ、なあ五郎」
景春の言葉に五郎は言葉をさしはさむ機会が与えられた格好になった。
「岩松次郎様、わざわざお越しいただきまして有難うございます。おっしゃる通り私共は、長楽寺の所領をお預かりして、請け作を行っている者ですが、岩松家中の者が乱暴狼藉を働いておりまして……」
五郎は松陰御坊の書状に書かれた通りの内容を、岩松次郎に話すと書状を差し出した。
「なるほど、関所の役人が報告してきた通り、間違いなく松陰様からのようだな。それで五郎殿、お隣のお方はどなたかな?」
五郎が「
「なるほど四郎殿か、物騒な世の中じゃ。簡単に父上と面会などさせられぬ。この俺が聞いて進ぜよう」
「俺は松陰様から直接持国殿に、書状をお渡しするよう言いつけられている。おぬしでは話にならん」
景春の言葉に顔をしかめ「ぐぬぬ」と歯の隙間から声を漏らすと、脇差に左手をかけてこう言った。
「この俺で話にならんとはいい度胸だ、貴様は自分の立場が分かっておらんようだな」
「お待ち下さい岩松様……」
間を取り持とうとする五郎の言葉を景春は手で制すると、ゆっくり左手で脇差を鞘ごと引き抜いて、岩松次郎の前へ差し出してこう告げた。
「それがしは、長尾孫四郎景春である、岩松持国殿と面会を望んでいる」
一同は緊張の渦に放り込まれた。陰に潜んだおタマも息をのみ固まっていると、岩松次郎は差し出された脇差に浮き出る
「孫四郎殿、刀を収めて、ついてまいるがよい」
「かたじけない」
景春たちは岩松次郎の付き添いにより、城の本丸まで誘導されると、今度は先ほどのあばら家とは違い整った板の間へ案内され、今回もしばらく待つように言い渡された。
「義兄上さっきはどうなるかと思いましたが、上手くいったようで安心しました。いざという時は中々やるじゃあありませんか、カッコよかったですよ」
「そうかあ、あいつだって本当に持国の子とは限らねえからな、これからが本番だ」
「確かに義兄上の言うとおりですね、では、もし持国様が見えられたらどうやって本人だと見分けますか?」
「そんなの簡単だ、味方になれって堂々と言ってやればいい、そうすりゃあ答えは出るだろ」
「義兄上も肝が据わってきましたね、五郎はずっとお供いたします」
◇◇◇
しばらくすると、岩松次郎を伴った一癖ありそうな顔つきの男が、のそりとやって来ると、景春たちの前へいきなり座り込むとこう言ってきた。
「わしが持国じゃ、そしてここにいるのは、わしと息子の次郎と三郎の三人きりじゃ。長楽寺の寺領の件は表向きであろう、
「うむ、それなら話が早い、松陰御坊より書状を別に預かっております。まずはこちらをご覧ください」
景春がこう言うと別に隠し持っていた症状を差し出した。すると持国はそれを開くと、いきなり顔をしかめて暫く考え込んだ。一癖もある持国の眉間には、疑惑の皺が深々と刻まれており、鋭い目つきでこう告げてきた。
「孫四郎殿は、書状の内容をご存じか?」
「書状の詳細は知らん、読んでないからな。だが、松陰様と岩松家純様の言いたいことは分かるぞ」
「それはなんだ……」
持国はこれまで以上の眼光で、景春や家純等の思惑を見極めようとしていた。なぜなら書状は
「持国殿、われら関東管領側の味方になってくれ、そうすれば古河へ容易に攻め込むことが出来る」
景春の返答に、持国父子は緊張が解けたようで、にこりと口元を緩めた次郎が言った。
「孫四郎殿、わざわざ書状をお届けいただきありがとうございます。これで我らは管領方へお味方する決心がつきました」
「それってどういう事? いきなり味方になるって大分不自然だろJK」
「いやいや、実は以前から家純殿のお誘いを受けておりましたのですが、なかなか本意を確かめられずにいた所を、長尾左衛門尉殿の御嫡男じきじきのお越しとあればこそ、決心がつくというものです」
「なあんだ、松陰殿にやられたってことだな、まいったまいった、くっくっくっく、くそ坊主め」
「これこれ、くそ坊主は無かろう、まあ、中々の策士であることはちげえねえが」
景春と岩松次郎のやり取りに、一同は密談がゆえに声こそ高くはないが、笑いに満ちていたのは間違いなかった。一応めでたしめでたし、と、いったところだろうか。その後持国によりささやかな
◇◇◇
そして金山に朝が訪れた。
景春は持国が用意してくれた馬に乗ると、五郎が手綱を取って金山城をあとにした。道中は持国の子、次郎と三郎が付き添いで安全が保障されている。そして一行が関所のある所まで差し掛かると「孫四郎殿、ここで一休みいたそう」と言う次郎の誘いに乗り、景春は裏手にある建屋にやって来た。
「我らはここの役人に用があるので、ここで休んでいて下され」
岩松次郎がこう言うと、弟の三郎と共に景春たちを残して建屋を出ていった。建屋からは見えない所までやって来ると、弟の三郎が兄へ耳打ちを始めた。
「兄上、このまま奴らを返していいんですか? 俺は家純の野郎は信じられません」
「三郎、親父殿は古河と五十子との趨勢を見極めての上で判断したことだ。管領方(五十子)は幕府の援軍を得て、その数はわれ等古河方を大きくうわまろうとしている。まして、天子の御旗を掲げていると聞く。ゆえに、増々その勢いは止まるまい」
「ですが、私は成氏様を裏切ることに納得がいきません」
「三郎の言うとおりじゃな。俺だってあっち向いたりこっち向いたりだの、ふた心を持った侍などに成りたくはない。親父殿がそうしてきたように、俺たちもそうしなければ生きていけぬのだ」
「兄上がそう言うなら、ここは従いましょう、ここは……」
詩型を隠し岩松兄弟の立ち話に耳を向けていたおタマは、景春たちの所へやって来ると陰から事の次第を継げた。すると。
「そうだろうね、なんかさ、あっちい付いたり、こっちい付いたりとか、確かにおかしいもんな、なあ五郎」
「義兄上のおっしゃることはもっともです。ですが金山を地政学的に見た場合は、生き残りをかけた決断だと思います」
「そおか、まあいいや、とりあえず俺たちの役目は上手くいってそうだからな」
「で、春ちゃん、おタマはどうしたらいいにゃ」
「八木原ちゃんに報告してくれや、上手くいきそうだってな」
「わかったにゃ」
今回何故か出番がなかったおタマちゃんは、とても不機嫌そうであった。
岩松兄弟が景春たちの所へ戻ってくると、一行は関所を出発して再び平塚の渡しまでやって来た。
「孫四郎殿、いずれ共に戦う事があるかもしれませんな」
「ああ、それも味方同士であることを祈るよ」
「何をおっしゃいますか、お味方する話になったじゃあありませんか」
「ごめんごめん、そうだったそうだった、はっはっはっは」
景春と岩松次郎とのやり取りは、まるでおタマから聞いた話をもとにすると、お互いの腹の内を探り合っているかのようであった。
「義兄上、岩松様ご兄弟にはこれだけ世話になってるんですから、よくよくお考えになってから口を開いてくいださい。失礼ですよ」
「五郎殿、わしらは気にしておらんぞ、なにしろいきなり親父殿に『味方になれ』って言っちゃうお方(景春)だからな、たまがった(びっくりした)わあ」
どうやらここで戦にまで発展するようなことはなさそうだ。というような冗談めいたことは置いといて、景春一行は平塚の船渡しを使い対岸の武蔵へやって来た。
「春ちゃん迎えに来たにゃあ」
「若様、無鉄砲はこれっきりに願いますぞ」
おタマの報告で馬廻りの八木原たちが迎えに来ていたのであった。
「ああ、八木原ちゃんか、ごめんな、手柄が欲しかったんだ」
「でしょうね、早速ですが、五十子で若のお父上がお呼びですぞ」
「お、おう、
「ええぇ~え、おタマは春ちゃん頑張ったんだから自慢していいし、気まずくなんかない思うにゃ」
「だといいけどなあぁ……」
今度は八木原たちの付き添いで五十子陣へ到着すると景春は、父長尾左衛門尉景信(上杉家家宰)の待つ陣所へやって来た。
「孫四郎(景春)、双綸寺での一別いらいじゃな」
「お父上、つうか親父、おれ頑張ってるんだぜ、岩松家純殿の願いを叶えてやったんだ、どうよ」
「お前は何か勘違いをしておるようじゃの。孫四郎、房顕(関東管領)様の許しも無くやったところで手柄とかないわ。松陰殿が仔細報告があったから懲罰だけは免れたのだ、手柄どころではない(きりっ)」
「じゃあ、手柄とかどうすりゃあいいんだよ」
「バカ者、手柄は戦場にて立てるもの、そちには上州一揆を従えて戦ってもらう、よいな」
「なんだよ、戦とか行った事ねえし、どおすんの」
「ふっふっふ、孫四郎、戦はな、習うより慣れろだ。その為の為業と五郎、あとは分かるな……」
為の為業とか、なんだか親父のおやじギャグに翻弄される景春の運命やいかに……
そして今回も、クエストクリアのファンファーレは成らなかった。
「あれ、このおタマ様の活躍は結局無いの?」
つづく
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