第15話 やっぱり戦国つったら謀略だよな
景春は手柄を立てようと思い立ち、五郎・おタマとの3人で増国寺の板の間にて新田岩松家の
「お待たせいたした。
すると五郎が口を開いた。
「私は長野五郎と申します。お呼びたてに応じ戴きましてありがとうございます。実は……」
五郎は松陰に対してここへやって来た経緯をありていに申し上げた。そして
「そなた五郎と申したか、それでそちらにお座りの方は孫四郎(影春)殿とお見受けいたしますが、貴公も同じお考えかな?」
景春は五郎と松陰との会話に腕組みをしながら聞いていたが、パッと目を見開き少々の自虐と自慢を交えて答えた。
「そうなんだよねえ、俺は上手く話すのは苦手なんだ、だから五郎が代わりに話してくれるので助かってるんだ。でどうしたらいい?」
「ほっほっほっほ、なるほどのう。では、なぜ役立ちたいと思うのか、そこが大事なのじゃがいかがかな?」
松陰の疑問に対して五郎が「それは
「松陰様はすでに私の置かれた立場を、お気づきの事とお察しいたします。父景信の山内上杉家の家宰としての地位を、盤石なものとしなければなりません。そればかりではなく、私孫四郎景春も白井長尾家の嫡男として、関東管領方に立つ諸将に認めていただくための手柄が必要になるのです。これが理由となりますが、松陰様のお考えはいかに」
松陰は景春の言葉に秘めたる武士の気概を感じ、先日山門で出会ったときに感じたものが、更に大きく芽吹いている事に驚きを得た。そしてそんな景春に松陰は、
「孫四郎殿、そなたを見込んで頼みがある」
「松陰様、それはどのような事でしょうか」
松陰が言うには、手紙をしたためるのでそれをもって五十子陣内の岩松陣へ赴いて宿老の横瀬を訪ねよとの事であった。しばらく後、松陰は景春に向かって
◇◇◇
「申し上げます、松陰よりの
陣中でこの申しでが伝えられてしばらくすると、横瀬国繁がわざわざ出迎えに出てこられた。おそらく松陰の言伝ときいて、並々ならぬ者の来客ととらえたのであろう。
「それがしが、横瀬国繁であるが、松陰殿よりの使いときく。ここでは何なのでこちらへ同道願います」
付き添いの坊様が頭を下げて帰ると、今度は国繁の案内で陣中の少し奥まったところへやって来た。どうやら松陰が手紙を書いている間に、岩松陣へ使いが出され景春らが来訪することが知らされていたようだった。そこには
「よう来られました。私は岩松家純と申しまして京より天子の御旗を掲げて打倒※
「丁寧なごあいさつありがとうございます。私は
なるほど、松陰の言ってよこした言葉に間違いないと家純は思った。すると家純は国繁に目くばせをした。すると国繁は、手紙をすでに読み終えており、口を開けた。
「孫四郎殿が我らと思いを一つにしている事は分かりました。そして訳ありの御二方と共に、ここへお尋ねになった事も承知しております。至極内密な内容に何りますので、明日朝今後の事について話し合いましょう。今日の所は我が陣中にてお休みなさいませ」
「横瀬殿ありがとうございます。そしてお言葉に甘えて御厄介になりますがよろしくお願いします」
景春がそう言うと、五郎とおタマも深々と頭を下げて下がり、寝所へと案内されて来た。
「義兄上、どうやら話はうまく進んでいるようですね」
「そうだな、まだ岩松殿や横瀬殿の腹の内は読めぬが、とりあえず五郎の言うとおり松陰殿の助言が吉と出るよう祈るほかないな。つうか疲れたな、長尾家の御嫡男とかめんどくせえわ」
「めんどくさいにゃあ、でも面白くなってきそうだにゃ」
「おタマ、お前今回は大人しくしていたみたいだが、面倒は起こすなよ」
「めんどうなんて起こさないにゃ、いつだって春ちゃんのために一生懸命だにゃ」
「わかたわかった、あんまり考えてもしょうがねえ、とりあえずもう寝ようぜ」
「私五郎は、まったく行き当たりばったりもどうかと思いますが、とりあえず寝るという意見は賛成です、おやすみなさいませ」
こう言い終わる前に、おタマはすでに寝息をかいていた。三人の中で一番の大物はおタマちゃんなのかもしれない。
◇◇◇
そして岩松陣中に朝が訪れると、いつの間にか横瀬が景春たちのもとへやって来ていて胡坐をかいて座っていた。おタマはすでにその事に気づいているようで、猫耳を時折ぴくつかせていた。そして我慢の限界が来たのか、ひょいと上半身を持ち上げた。
「いきなりやってきてどういう事にゃ、春ちゃんに何かしたら許さないにゃ」
「これはこれは、すまないことをした、あまりに良くお休みになられていたようですのでつい」
もしかしたら横瀬は、景春たちの力量を試したのかもしれない。そのやり取りを始めから聞いていた五郎は、すくりと起きて座りなおした。そして景春に「義兄上様、横瀬殿がお見えです」と声をかけて体をゆすった。
「ど、どうした五郎、なんだかよく寝てしまったようだな」
景春は起き上がり、周りの状況を確認するや否や横瀬を向いて座りなおした。
「横瀬殿、わざわざお越しいただいてありがとう。それで内密な話とは?」
「ところで孫四郎殿は、我が主の岩松三河守と持国との関係はご存じか?」
「名字からして同じ一族ってことだろう、それが何か……」
「義兄上、そこは私が心得ております」
五郎が岩松家についての解説を始めた所によると、本家筋であった家純が分家の持国に新田庄から追い出されている格好になっているとの事であった。
「五郎殿の申す通りじゃ。それで持国へ仲直りしたいとしたためた、文を届けて欲しいがどうだろう孫四郎殿」
「私が届けたところで、岩松がこちらに味方するでしょうか」
「一筋縄ではいかないじゃろう、だが孫四郎殿が行くことに意味がある。そこのところを、よくよくお考えになるがよかろう」
「義兄上様、五郎はお引き受けになるのがよろしいかと思います」
「わかった、五郎がそう言うのならそうしよう」
「そうだにゃ、五郎が言うのならそうするにゃ」
「ご一同が同意なされたという事でよろしいですな、では、これをくれぐれも内密にお届け下され」
横瀬は極秘とはいいながら、いとも簡単に景春たちへ密書を届けるよう依頼して立ち去った。だが、五郎は彼の上がる口角に何らかの含みを感じた。そして腹の内を読まずには、いられなかった。
「義兄上、横瀬殿は我々が今回の策略を上手くやってのけるとは、お考えになっていないようですね」
「おい五郎、にゃんちゅうことを言うか、春ちゃんならできる、おタマが付いてるにゃ」
「そうか、なら五郎、俺たちの役目ってなんだ」
「そうですね、とりあえず届けてみましょう。そうすれば先が見えてくるってものだと思います」
「そうだな、まあ何とかなるだろう。いざとなったらアナキンを呼ぼう。はっはっは」
「え! アナキンってだれ? ……」
五郎の疑問には答えようとしない景春であったが、五郎へは小首を傾げながら質問で返した。
「ところで五郎、どうやって新田荘へ行ったらいいんだ。あの辺りって敵の領地だろ」
「そうですね、ここは増国寺へ戻って松陰様に相談しましょう」
そんな会話が続く主従の所へ、なんと松陰があらわれた。
「お話し中失礼いたします。御坊がお見えになりました」
岩松家中の者がそう告げると、松陰が景春の前へやってきて着替えの入った包みと書状を差し出してきた。そして松陰が言うには。
「孫四郎殿、密書を持国へ届けることになったそうだが、その格好で新田荘内を歩く訳にはいくまい。これを着て小作人となり、この書状を岩松の役人に差し出して目通りを願うがよい。その後はうまくお考えなされ」
「なるほどなあ、松陰御坊ありがとう」
中々都合の良い登場であるが、このようなやり取りが終わると、松陰はその場を去った。
「おい五郎、御坊の前では分かったように振る舞ったが、どうしよう」
「春ちゃん、これって変装して乗り込めってことにゃ、面白そうだにゃ」
それを聞いた五郎は、能天気なおタマに少々ため息をついていた。そして。
「松陰殿の下された書状は、長楽寺の寺領の一部を受け持つ小作人が、分捕りにあっている事を陳情する内容になっている。だから、小作人姿なら容易に新田荘内を通行できるし、呼び止められたなら書状を見せれば怪しまれない、うまくいけば持国様の所まで連行されるだろうとお考えなのでしょう」
「おタマもそう思ったにゃ」
「五郎よく見抜いてくれたな。流石為業ちゃんがこの俺に付けてくれるわけだ。おタマも賛成の事だし、さっそく着替えて出かけよう」
衣装替えを終えると五郎は、それまでの衣装を丸めて包み背負うとまるで小作人の付き人のようになった。だが、当時小作と言ってもその頭となるような者は、侍とそうは変わらず刀を差して武芸をたしなむ者も少なくなかった。つまり小作人頭の景春と付き人の五郎と、おタマの三人が新田荘へ出かけるという寸法なのだ。
五十子陣を出た景春たちは、利根川の南岸の平塚へたどり着いた。
「義兄上、ここを渡れば新田荘へで出られます」
「そうか、いよいよだな」
「いよいよだにゃあ~」
おタマちゃんの能天気に支えられたのか、一行の不安はいくらか和らいだように見えた。しかし、景春の運命やいかに……
つづく
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