第13話 クエスト完了のはずなのに、何でこうなるかな

 ようやく五十子陣いかっこじんにて関東管領上杉房顕かんとうかんれいうえすぎふさあきと対面する事が出来た景春達一行であった。しかし、そこは関東を二分する大戦の敵方である古河公方足利成氏こがくぼうあしかがしげうじを、どうやって屈服させるかという戦略を練る評定ひょうじょう(会議)の場であった。


 「其方そなたも孫四郎を名乗るのか、これまで其方の爺様も同じ孫四郎を名乗っておったな。そして当家の執事(家宰)として長らく務めておられたが、今は事実上左衛門尉(景信)殿が代行しておる、まあ、年には勝てんという事だな。」


 房顕が言うように景春の祖父景仲は、弱い七十一であり上杉家を取り仕切る家宰の役目は実子景信が担っていたのだった。これはあくまで暫定的は措置であり、今後景信の働きに対する評価が認められれば、正式に家宰に任命されるであろう。続けて房顕は景春に手招きをした。


「今少し前へ出て、顔を見せてくれ」


 すると平伏のままであった景春は、膝を進めて顔を上げた。


「父景信に変わり取り急ぎ参陣いたしました、孫四郎景春にございます。ただいま父は上野国にて国人衆こくじんしゅうを説き伏せ、お味方するよう駆け回っているところですので、今しばらくお待ちくださいませ」


「あい分かった、ご覧のとおり評定の最中だが、孫四郎も加わるがよい」


「はい、心得ました」


 そう言うと景春と同道していた長野為業ながのためなりは、評定の末席に加わることになった。この評定の焦点は、膠着状態である戦線を打ち破り成氏の籠る古河城こがじょうへ攻め込むことであった。そのための手立てを論じており、堀越公方ほりごえくぼう執事の渋川義鏡しぶかわよしかねが言うには「天子の御旗を掲げてきたからには、一刻も早く古河へ軍勢を派遣せよ」と声高に進言していた。


「渋川殿の申すことを成すには、古河の手前で防壁を成す騎西きさい金山かなやまを越えてゆかねばなりませぬ。これをいかにするかが問題であるな」


 このように山内上杉家長老の寺尾礼春てらおらいしゅんの言うとおり、膠着状態あった戦線の需要拠点である両城を力攻めするか、内通により寝返らせるかしなければならなかった。


「城を攻めるというなら騎西は、それがし孫六左衛門(総社長尾忠景ながおただかげ)が武蔵衆とともに当たりましょう」


「なら、金山は左衛門尉(長尾景信)殿と上野衆こうづけしゅう(群馬)と言うことになりますな」


 渋川義鏡はここは当然の成り行きとばかりに言うが、それとは別の意見として岩松家純いわまついえずみが声を上げた。


「金山については、私に少々考えがあります」


「三河守(家純)殿、そのお考えとはいかようなことで?」


  寺尾礼春の問いに、景春たちより先に評定の間へ着いていた岩松礼部家の陣僧を務める松陰御坊が代わりに答えた。


「金山はご存じのとおり、われら岩松一族の持国もちくにが籠っておりますが、これをどうにかたぶらかして見るのはいかがかと……」


 岩松家純は渋川義鏡と同じように、京から成氏打倒のため下ってきた身であるため、この誑かすという企みは裏で共有していたとみてよい。ここで古河城攻めの評定は一定の成果があったとみて良かろう。こうして一同お開きになると、五十子陣本丸にある管領方重臣の宿所へそれぞれ帰って行った。その道すがら……


義兄あにうえ、ぼくは評定の間の外で控えておりましたので、何を話していたのかよく聞き取れなかったのですが?」


 すると、同じように外に控えていたおタマが、得意げに口をはさんできた。


「へへぇ~、それはこの地獄耳のおタマさまが解説するにゃ、要するに家純ちゃんを助けて、春ちゃんが手柄を立てろってことにゃ」


「おタマ姉ちゃん、全く解説になっていないと思うのですが……」


「くっくっく、確かに解説になってないな。五郎聞いてくれ評定の確信はな……」


 景春はおタマが要約するに至った内容を、五郎に事細かに伝えた。


「なるほど、そう言うことになっていたのですか、確かに義兄の名を上げる良い機会ですね」


「なんだ五郎、簡単にいうけど何か考えでもあるのか?」


義兄上あにうえそう簡単に考えが浮かぶのなら、苦労しないと思うのですが。とりあえず戻って対策でも練りましょう」


 為業は我が子五郎と景春との会話に口角を上げながら、二人の将来を思い浮かべるのであった。そして一行は宿所へ到着した。


   ◇◇◇


 五十子陣では、関東管領方の諸将たちの軍勢が、天子の御旗を目指して各地から続々と集結していた。その数は数千騎にも上る為、一か所へ集まって長陣することは現実的ではない。そのため中心部には城の本丸に相当する区画が形成され、内部には重臣たちの宿所が設けられていた。そして重臣たちは護衛の武士たちを除く、それぞれの手勢を一里ほど離れた四方八方に陣所を構えて、周囲から侵入する勢力に備える曲輪(城の防御区画)の役目を果たしていたのだ。さて、本丸宿所では。


「おいアナキン、役目は果たしたぞ。《ちゃんちゃらあ~》とかファンファーレが鳴らないぞ、どうなってるんだ」


 春香(景春の中の人)がこう叫ぶと宿所内の時間は止まり、ゲームシステム側のAI美少女アシスタントのアナちゃんが姿を現した。


『ぴんぴろりーん』


「なんだ、システム音のつもりかよ。で、クリアしたのか?」


『いいえ、まだクエスト完了のフラグは立っていません。おかしいですね』


「おまえシステム把握してるんじゃないのかよ」


このように突っ込む春香に、全く動じもせずアナちゃんは答えた。


『このゲームはですね、前にもお話した通りプレイヤーごとにAIが、メインクエストからサブまで自動生成するわけですよ。時にはゲーム内の世界そのものもね』


「それは聞いたけど、今はどうなってんの」


『はい、それではクエスト管理シーケンスに問い合わせしてみましょう』


《ぴろぴろ、ここkっろろろr……! 》


《ぶうーぶ、ぶうーぶ、ぶうーぶっ》


「おい、どうしたアナキン、どお、した、ん……」


 AIアシスタントのアナちゃんはもとより、辺りがぐにゃりと歪み、けたたましいい警告音と共に画面が暗転した。


《ぷっしゅ~~っ、ストン!》


どうやらシステムが強制終了されたようだ。

ゲームから切り離された春香は、とりあえず毎度の声をあげた。


「バグかよ、おしだ~~~!」


 春香がそう叫びながら装着しているヘッドマウントディスプレイや、付属するガジェットを取り外していると、ブタのマスクをかぶった例のマスコットキャラが、扉のノックも早々に入室してきた。


「春香様、失礼します」


「なんだよ、入っていいと言ってねーだろ」


「はい、ですが緊急ですので。安否を確認にやってまいりました」


「安否って何だよ、どうなってんだ」


 ブタのマスクを被ったブー太君に、憤りを感じながらも渋々了解する春香であった。ブー太君の状況説明によると、ベータテストは春香の参加しているG(omi)コース以外は特に問題なく早期同期テストが完了しているという。


「つまり俺の参加しているGコースにだけ、問題が発生しているってことか、冗談じゃないぞ、もう少しでメインクエストが完了するところだったんだからな」


「そうですか、それは残念でしたね(ぷーくす)、ところで運営側では春香様のゲームシステムが突然シャットダウンしてしまったのを確認しているのですが、その時なにか変わった事はありませんでしたか?」


「(くそ、また笑いやがった)何かって言われてもなあ…… 。ゲーム内である所へ行け言われて、ちゃんとクリアしたはずなのにファンファーレがならなかったんだよ」


「なるほど、で?」


「それで、AIアシスタントのアナちゃんに状況確認してもらってたら、突然……」


「突然システムが落ちたわけですね、わかります」


「わかりますって何でだよ!」


 ブー太君の解説によるとGコースは、他のコースに比べてAIにアグレッシブな調整がされており、ベータの前のアルファの状態から問題が発生しているとのことだった。


「じゃあ何か、おれらGコースの人間だけ、クソゲーのテストさせられてるってことか?」


「春香様にしてみればそう感じることは無理もありません。ですが、われわれ開発陣にとって……」


「なんだよ、やけに熱が入ってるじゃないか」


 ブー太君は言葉を詰まらせてしまったが、そこには何かを成し遂げようとする強い意志を感じた春香であった。彼は言葉を続けた。


「春香様には申し訳ありませんが、Gコースのゲームシステムは特別で、特に選ばれたネトゲ経験の確かな方だけに、ご協力いただいております。春香様たちだけにしか出来ない仕様が含まれているのです。是非これからもテストにご協力ください」


「なんだよお前、中に川元でも入ってんのかよ。しかたねえ、俺たちじゃなきゃできねえ言われたら、やるっきゃないっしょ」


「ご理解ありがとうございます。本日のテストはこれまでですが、明日の予定は追ってご案内いたしますので、よろしくお願いします」


「おk了解丸」


   ◇◇◇


(ブタこうのやつ、特別なネトゲプレイヤーって言ってたな。確かに昔のパパッチはすごかったからな、俺もそんなパパッチが英雄みたいに見えて、そんでよく一緒にプレイしてもらったもんだ……)


「あーあ、まだ寝る時間じゃねーし、これからどうしよう」


『ぴんぴろりぃーん』


 怪しげなシステム音とともに3Dホログラムには、AIアシスタントのアナちゃんが現れた。


『春香様お待たせしました』


「ん? アナキンどうした。つか、どうなってんの」


『五十子陣到着後のクエストクリア状況を確認しようとしたのですが、どうやらそれにはシステムを一度停止させないといけないことが確認されたので、こうなっちゃいました、春ちゃんなんか心配してた?」


「おまえ、そんなことまで出来るんかよ」


『はい、私はそのようにプログラムされています。AIの私とプレイヤー様とが連携してクエスト内容を生成するんですけど、その過程でシステムに介入できることを学んだんですよ! どう? アナちゃんってすごいっしょ』


「危ねえなあ、つまりアナキンは俺様用にチューニングされたってことか」


『どうやらそのようですね、それでクエストクリア状況ですが……」


 アナちゃんの言うには、Gコースのゲームシステムにはネットプレイを想定して、プレイヤー同士が生成した世界の進行状況を同期するためのシステムが、今回のテストでエラーが発生したため完了フラグが立たなかったと言うのだ。


「ほいじゃアナキン、俺らGコースの人は今回ネットでプレイしてたってことか?」


『どうやらそうみたいですね、いま今回の不具合に対してパッチを当ててるところ見たい』


「すげーな、もうそんな事までやってるんか。ラウンドエックス恐るべし」


『なんか今回のプロジェクトに、熱ーく燃えてる人がおるんみたいやで~』


「なるほど、疑問なんだけどさ、何でアナキンそんなことまで分かんの?」


『へへ~っ! どうやら私、進化しちゃった、み、た、い…… えへっ』


「ふえ~~~ぇえ、ヤな予感しかしないな、で、さっきの続きはどうなるん?」


『なんとかなるっしょ』


つづく


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