第12話 もうすぐお役目完了するはず?
景介の身代わりとなり五十子陣へ赴くように依頼を受けた、テストプレイヤーの春香はいよいよ現地へ向かう当日の朝を迎えた。
「
五郎は周囲の気配を完全に遮断せずに睡眠をとるすべを身に着けており、義兄景春の不自然な寝返りを幾度も察知していたのだ。
「なんだ五郎、ちゃんと俺の事をあにうえと呼べるじゃないか。まあ、なんか分かんねえけど中々寝付けなかったのは事実だな」
「やっぱりそうだったんですね、寝られなかったのはどうしてなのか僕には分からないけど、何か義兄のお役に立てる事とかあったりします?」
「ありがとな五郎……」
景春は双輪寺で父
「それでな、俺はいっぱしの武者姿をさせられているが、今話したように中身は
「
「たぶんな、お家の存亡にかかわるとか言ってたし。ところでお前、本当は良くしゃべれるじゃないか、隠していたな?」
「はっ、はい……」
景春は別に咎めるでもなく、五郎という宝箱の中からユニークアイテムが覘いているような心持で、見定めるように彼の顔を覗き込んだ。
「五郎ちゃん、
「申し訳ありません、実は僕、中野じゃなくて父信濃守為業の五男、長野彦五郎なんです。父の言いつけで……」
五郎は景春と同じように、長野家のために父に頼らず自身の力のみで、白井長尾家の若君の傍に仕えるよう命ぜられていたことを、景春に申し上げた。
「そうか、俺と同じように家の命運をかけて、それも己自身の力で成し遂げろと託されたわけだ。ならばこの孫四郎(景春)も家のために力を尽くさねばならんな」
「義兄上、なんかカッコいいです。きっと僕たち試されてるんですよ。頑張って乗り越えないと次のステージへ進めないようになってるんでしょ」
「なんだ五郎、まるでゲームのチュートリアルみたいな事を言うじゃないか、それなら俺たちはお家の命運を背負う似た者
《チュルリン…》
システムの電子音が鳴ると、五郎の姿がモザイク状に変化して、再びリアルな形へ戻るとこのゲームのAIアシスタントのアナちゃんが現れた。
『春ちゃんおめでとう、貴方はこのゲームのメインクエストの最終目的を知ることが出来ました。クエストクリアへ向けて頑張ってくださいね』
「なんだアナキンか、しばらくぶりに出てきたからびっくりしたぞ。それで
『かしこまりました。ここでヒントを差し上げると、関東管領
「そうか、なんか簡単そうだな」
『侮ってはいけません、簡単に受けられたらゲームになりませんからね』
「じゃ、どうすれば?」
『システムからのヒントはここまでです。続けてバーチャル世界をお楽しみください』
《チュルリン…》
再びシステム音が鳴ると、AIアシスタントのアナキンは、五郎の姿へ戻った。
「義兄、どこまでお話しましたっけ?」
「ははは、はは。俺たちは五十子で上杉房顕様に、実力を示せってとこまでだ」
「なるほど、実力とかなんかかなり無理難題ですね、でも頑張らなくちゃ」
二人が目的を一つにしているところへ、おタマちゃんが目を覚ましたようで話に割り込んできた。
「なんだあ、春ちゃんも五郎ちゃんも、なんか気合入ってるにゃ」
今回おタマは、少々出おくれたようだ。
いよいよ陣中では、朝餉の気配がそこかしこにたち始めたころ、八木原がやってきて言った。
「若、いよいよですぞ。若は
「八木ちゃん、何時ものカッコいいやつじゃダメなんかにゃ?」
「だめだ、関東管領様や武蔵守護代様などの、五十子陣の主だった面々の集まる場へ向かうのだから、心してかかるように!」
おタマは、八木原の威厳に満ちた指示に今度ばかりは、耳を寝かせて「はい」と答える他なかった。
◇◇◇
景春は長野為業を伴い梅沢陣を出て、街道を五十子へ向けて出発した。その面々は、景春とその馬廻りである八木原の手勢、それと為業の側近どもを含む少数の手勢であり、隊列を組んで進軍して行った。
「六郎、本陣へは本日正午までに、われらが参陣する事伝わっておるな」
「殿、この六郎が直に長尾尾張守(忠景)様へお伝えいたしました」
六郎は八木原源太左衛門の子であり、為業と父源太座衛門との連絡係を兼ねて長野家に仕えていた。このため主人公長尾孫四郎景春の馬廻りとなった父との関係上、頻繁に登場するのであった。
「それで、尾張守殿の様子はどうであった」
「はい、何やら含みのある言い方で、しきりに若様の話を持ち出しては。こちらの返答を伺っておる様子で、非常に疲れました」
「なるほどのう、やはり腹になにかお持ちになっておるやもしれんな」
「腹に何かとは?」
「ふふふ、ふふ。この世は力じゃ、力あるものが栄える。分かるか六郎」
「ううむ、若様の技量と尾張守を秤にかけて、山内上杉家の時期家宰について占おうとしているって事でしょうか?」
「であるな、ましてや若の秘密を握られでもしたら……。おっとわしとしたことが」
「若の秘密とは、もしかしてあの破天荒なおタマ殿の事と関係あるのですか?」
「かっかっか、それもあるな……」
「……」
六郎は父為業の高笑いに小首を傾げながら隊列に戻ると、おタマが声をかけてきた。
「おい六郎、なんか為業ちゃんに笑われてたみたいだけど、まあ気を落とすでにゃいぞ、手柄を立てて見返してやればいいにゃ、このおタマ様が手伝ってやってもいいぞ」
「おまえほんとに地獄耳だな、なんつうか、その…‥‥。もういいや」
六郎は己の働きを笑われた分けじゃあない事の言い訳を考えていたが、おタマにはそんな事はたいして役に立たないだろうと踏むと、どうでもよくなってしまったたのだ。
◇◇◇
景春たち一行は、いよいよ五十子陣内へやって来た。
途中下馬して、お城で言うところの本丸への通路をジグザクに進むと、右手前方の
「これはこれは松陰様、本丸へご出仕ですか?」
「まあ、そういう事だ。ところで、後ろにおられるお方は何方でしたか?」
「はあ、あれ以来ですので、お忘れになるのはごもっともですな。長尾左衛門尉(景信)殿の御嫡男でござるぞい」
「なるほど、言われてみれば左衛門尉殿の面影があるな」
為業と松陰御坊の会話を見守る五郎は、義兄景春に耳打ちをした。
「義兄上、あれは新田荘を追われたが、此度の戦で京から舞い戻ってきた、岩松長純(家純)殿の*陣僧をお勤めになっている松陰御坊です。なんかありそうな予感です」 〈*陣僧とは主人と共に戦場へ赴き、悩み事相談や戦死者の葬祭を務める僧侶のこと〉
「五郎、お前よく知っているな、為業ちゃんがなぜ俺の所へよこしてきたのが、読めてきたぜ」
松陰と会話していた為業は景春の方へ向き直ると、五郎に対し手招きと目くばせを同時にしてきた。どうやら五郎がすでに自身が為業の五男であると、景春に申し出たことをすでに承知していたのだった。五郎は父為業の目くばせの意味をくみ取ると、景春に向かって頭を下げて依頼した。
「義兄上、松陰御坊様にご挨拶をお願いできますか」
「なんだ五郎、お前はあれだけの仕草で父の心が読めるのか」
と言い景春が松陰御坊の所まで足を進めると、御坊はにこやかに目を細めながら深く腰を曲げて礼拝してきた。このような丁寧なあいさつに戸惑う景春だったが、なんとか長尾家の家格を保とうと口を開いた。
「丁寧ご挨拶痛み入りマフ、…、ます」
思いっきりかんでしまった景春に御坊は、励ますように言った。
「これはこれは、孫四郎殿。硬くならなくてもよろしいですぞ。拙僧はこれから本丸に参りますが、よかったらご一緒いたしませぬか?」
これを聞いていた五郎は耳打ちをしてくる。
「義兄上、ここはご一緒しましょう」
「わかった」
こうして松陰を加えた景春たちは、関東管領上杉房顕の待つ本丸へ向かって行った。
◇◇◇
その頃本丸広間では、堀越公方足利政知の補佐役である、関東執事の
「右兵衛佐殿が事を急ぐ気持ちは、分からないでもない。だが、われ等管領方と古河方との戦線は膠着状態にあることは承知のうえであるか?」
こう問いかける関東管領上杉房顕に対し、義鏡は堀越公方が室町幕府から任命されて下向してきた本来の役目が、いまだ果たされていないことを危惧しているため、古河城攻めを主張しているのであった。そこへ景春たちが到着した知らせが入った。
「申し上げます。長尾孫四郎殿と上州一揆の長野信濃守殿ご一行が、控えの間にご到着にございます」
「そうか、ついたか。評定の途中だがいかがいたそう」
房顕の問いに、上杉家重臣中の最長老となっていた
「長尾左衛門尉殿がいまだ戻らぬゆえ、ここは長野信濃守と同道された長尾殿御嫡男にも同席いただいた方がよろしいのでは」
「渋川殿そういう事だか、異存はありませぬか?」
「長尾殿の御嫡男ですか、評定を経験されるのもよろしいかと」
寺尾礼春は伊豆国の守護代を務めていることもあり、堀越公方と関東管領との取次を任されていたため、今回の古河攻には賛成派に立っている一人であった。しばらくすると、松陰御坊を連れだって評定の間へ景春たちがやって来きて、下座の方で一同平伏するなか、為業は半歩膝を進めて申し上げた。
「長尾左衛門尉御嫡男、孫四郎景春ならびに、上州一揆を束ねる
為業の信濃守は自称であり、左衛門尉が与えられた官途であるため、公の場では左衛門尉を名乗るのが通常だったのだろう。
「うむ、そこに控えるが孫四郎か……」
いよいよ五十子陣へ到着して、関東管領上杉房顕と対面となったが。これはクエストの終わりであり始まりである。いや、まだ始まっていない……
つづく
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