第11話 上州一揆、武蔵梅沢に長陣するの巻

 武蔵国の五十子陣いかっこじんを目指を目指す長野信濃守為業ながのしなのもりためなり(以下為業)の軍勢は、檜扇ひおうぎに花鳥風月の大将旗を掲げる旗手を先頭に街道を南へ進めていた。檜扇は長野家の家紋でありその父祖を『ちはやぶる』で始まる歌を詠んだ在原業平朝臣ありわらのなりひらのあんに持つためであり、また、 風雅な遊びを彷彿とさせる『花鳥風月』の文字を記して旗印としていたのであった。


「ここまで来ると榛名・赤城はズンズン小さくなるんだなあ」


 そう言って振り返る景春に、手綱を取って先行する五郎は答えた。


「若様の言うとおりですね、ぼくもこの辺りまでやってくるの初めてなんんで、少々感慨深いものがあります」


「おい五郎、おれは弟にしてやるつもりなんだぞ、若様なんて雰囲気でねえだろ。義兄上あにうえでいい、ほら言ってみろ」


 そんなことを言われても、「義兄上あにうえ」などと言えるはずもなく、きょどる五郎であった。そんな五郎に景春は、鞍に備え付けて置いた馬をたたいて速度を上げるために使用する鞭を取り、腕を限界まで伸ばして五郎の背中をつついて催促した。


「いっ、いたいよ。あ、義兄上あにうえ様おやめくだされ」


 そんな会話を耳にしたおタマちゃんは、景春の隣に馬を寄せてきて言った。


「春ちゃんどお? いい拾いものでしょ、この子」


「まあな、なんか鬼ヶ島へ鬼退治に行く桃太郎みてえに、少しづつ家来が増えてきてる感じで面白くなってきたな」


「そおでしょう、春ちゃんこの可愛いおタマ様だけじゃあなくて、 可愛い弟まで出来てよかったねえ」


 たしかに今回春香がテストプレイする、この開発中のゲームだけではなく物語が進むにつれて仲間が加わってくるのは王道と言ってよかろう。そして、このゲームの特徴である五感を通してゲーム世界に没入できるタイプのVRMMOならなおさらである。だが、いまのところゲーム内で進めているメインクエストに相当するものは『為業と五十子陣へ行く』としか指示されていなかった。


   ◇◇◇


 軍勢が街道を南下してしばらく進んでくると、わりと開けた土地に仮の屋根を上げて商いを行う姿が見えてきた。すると一騎(馬)が八木原源太左衛門やぎはらげんたざえもん(以下八木原)のもとへ駆けつけてきて報告した。


「父上、とくに怪しい様子は見受けられません」


 どうやら今回はおタマに気づかれぬよう、八木原の息子六郎が物見を終えて戻ってきたようだ。その情報が軍勢の旗頭である為業のもとへ伝えられると、こう指示が下された。


「この先の梅沢にて宿陣する、各隊へ使いを出してそう伝えよ」


 戦国時代に突入すると、それまでいわば烏合の衆とそうは変わらなかった侍どもの集まりを、大規模な軍勢にまとめ上げて指揮をとるようになり、総大将は傍らに使い番とも母衣衆ほろしゅうともいわれる伝令を置いて、その指示を各部隊へ伝えていたのであった。


「心得ました」


 そう言って伝令たちは、隊列の隅々まで為業の指示を伝えてまわった。おタマは、この知らせを聞くとひどく憤慨した様子で「アタイも確かめてくるうぅ~」と八木原の止めるのも聞かず駆け出して行った。


「おタマ殿は、俺の言うことにまったく重きを置いておらんようだが、どうしたものか…」


「まあいいじゃないか八木原ちゃん。外れくじを引いたと思ってあきらめてくれ」


 景春の言葉に八木原は「それもそうだな、若の一の子分とか言ってるから、大目に見ておくしかないようだな」などと、少々落胆の声を漏らすのであった。


   ◇◇◇


 場面は梅沢へと切り替わり、おタマちゃんはお決まりのように到着するや否や、いい匂いのする出店の前へやってきた。


「おい、その旨そうな串焼きは何ていうんだ」


 おタマがそう尋ねると、店の主人はその突拍子もない装束を身に着け、鼻をひくつかせて問い詰めるように言い寄ってくる姿に、少々戸惑ったがすぐに立ち直るとこのように答えた。


「へい、これは焼きまんじゅうと言いますだ」


「焼きまんじゅう? なんだ、厩橋うまやばしでもそんな食いもんがあると聞いたが、なぜここにもあるにゃ?」


「あのう、たしかに厩橋では焼きまんじゅうが流行ってるって噂を聞いたもんで、わざわざ食材を仕入れてきて、売り出してみたんでさ」


「そうかいそうかい、それはご苦労だったにゃ。アタイに一つ、いや三つほど食わしてくれくれにゃ」


「へい、お代は〇〇になります」


そう言って一本目を左手に持ち、右手を差し出してきた。


「なんだ、白井じゃあ後払いでよかったぞ」


上野こうづけじゃそうかもしれませんがここは武蔵むさいですんで、戴けなければお渡しできねえですだ」


 このあと押し問答が続いていると、続々と軍勢がやってくるのが見えた。するとその中から八木原がやってきて「またか」とあきらめ顔で店の主に言った。


「おやじ、俺が払うから好きなだけ渡してやってくれ」

「まいどあり~」


 おタマが焼きまんじゅうを両手に握りしめて交互にパクついていると、八木原はゼニの入ったきんちゃく袋を、おタマの腰袋にねじ込むと「あまり無駄使いするなよ」と耳打ちをしてきた。


「八木ちゃん、なんだなんだ、アタイにお小遣いくれるのか、気前がいいにゃあ」


「俺じゃない、若様からだ」


 こう言うと八木原は、軍勢の方へ戻って行った。行儀の悪いことにおタマちゃんは、食べながら親父に話しかけた。


「もぐもぐ。ところでオヤジ、ここらで何か変わった噂は聞かないかにゃ?」


「へい、昨日は越後から来た長尾様の軍勢が、お立ちに寄りになったぐらいで、特には…。あっ、そう言えば岩松様の所では、古河様から管領様へ鞍替するのではないかとの風聞ふうぶんがありますだ」


「にゃるほど、それで風聞て、どゆ意味?」


「ははは、何て言うかその…。風の便りってやつです」


 おタマの意味深に向けてくる、その大きな瞳に見据えられた店のオヤジは、少々の戸惑いを見せた。当時相手の勢力を翻弄するため在りもしない噂を流す者たちが、このような民衆の集う場所で活動していたのである。この店のオヤジもそのたぐいの者であったのかもしれない。


   ◇◇◇


 焼きまんじゅうに満足したおタマは、景春のいる陣所へやって来た。


「おい八木ちゃん、さっきはありがとな。そんでさっきのオヤジがさ……」


 おタマはこの時、古河方に属する勢力である新田荘を支配する、岩松持国の家中に起こりつつある派閥抗争の、噂が立っていることを語り始めた。


「ふふふ、おタマもなかなかやるな」


「そうかあ? うんうん、アタイは中々やるにゃ」


この時の八木原の含み笑いは、大分先で明らかになる。


「ところで八木原、今日はここで泊まるみたいだが、明日には五十子陣へ着くんだろうな」


 春香はここへきてすっかり景春になじんできたようで、馬廻り筆頭の八木原に対して臣下に取るべき態度を身につけつつあり、このように尋ねたのであった。


「若、五十子陣へはあと一時いっときほど軍を進めれば到着しますが、われ等五百騎あまりの軍勢が全部押しかけるには場所が足りません。おそらく兄信濃守と若を含む主だった者のみが向かい、主力となる軍勢はおそらくここでしばらく長陣ちょうじん(しばらくとどまる)となりましょう」


「なるほど、そういうものか。じゃあ、先についているはずの重景殿の率いる越後勢も、どっかで、その長陣してるってわけだな」


「そのようです。聞くところによると、五十子陣の四方に散らばる牧西・小波瀬・堀田など数か所に及ぶ所に、各地から集められた軍勢がやってきて、同じように長陣するという話です」


「なるど、お前詳しいじゃないか」


 こう言う景春の言葉に、少々自慢げな顔で八木原は答えた。


「若、何をおっしゃいますか、この私目は長野家の副将ともいわれておる八木原源太竿門為元やぎはらげんたざえもんためもとである。ふふふ、ふふ」


 今さらながら八木原は実名を為元ためもとというが、兄が為業ためなりであり『為』の字を共通で持つことから、長野家の重要な地位にあることは明らかである。


「ということで、若、明日はいよいよ五十子陣で関東管領上杉房顕上杉房顕様(以下房顕)とご対面ですぞ、覚悟はいかがか?」


「八木原、関東管領に会ったらどうするんだ。つか、関東管領ってなんだ?」


「うぬぬぬぬ。若、まだ思い出せていないのですか、それはですね……」


 八木原の解説を聞いてゆくとこのようである。鎌倉幕府が滅びた後に南北朝の騒乱が起こるが、鎌倉府のあった鎌倉に関東の蛮族鎌倉武士を見張るための役目を含み、地域を把握するための役所として鎌倉府がおかれました。室町将軍の弟が鎌倉府の長である公方くぼうとして京から下ってくるが、その公方の補助と不穏な動きがあった場合を見張るため、関東執事かんとうしつじが置かれました。この関東執事は後に関東管領として呼び名とその役目を一新して、代々上杉家が就任するようになりました。これを現在勤めるのが、代二十一代関東管領上杉憲実の次男であり、これから景春が面会を控えている上杉房顕その人であった。


「八木原、話が長くてよく分かんないが、どうやらその鎌倉公方の成れの果てである、古河公方足利成氏あしかがしげうじと敵対する勢力である、われ等関東管領軍の総大将に会いに行くってことでいいか?」


「なんとなんと、若、ちゃんと分かっているではないか、若だけに」


「うわぁああ~、八木原おまえもか」


 このさぶい親父ギャグは、どうやら長野家のお家芸であるらしい。

茶番劇が終わると八木原は下がり、すでに満腹の腹を抱えたおタマは寝息をたてていた。景春は傍らに一連のやり取りをぼんやり眺めていて、義弟にいきなり格上げされていた五郎に同意を求めた。


「おい五郎、お前もそう思うだろう。長野家のサブい親父ギャグ」


「ふあい、ぼくは違います」


「ぼくは違いますって、まるで聞いてないじゃないか、さては寝ておったな」


 五郎は思った。あまり考えもせずに否定したがまずかったなと。危うく中野ではなく、長野、長野五郎であると自身の出自がばれてしまうところだったから、一言つぶやいた。


(よかった、若様が天然で)


 実はこの五郎、父為業が見た通り、中々光るものを持っているのではないかと言う発言ともとれる、何かを感じさせるのであった。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


「まあいいや、五郎、そろそろ寝ようぜ」


 景春とおタマ、五郎はこの先八木原と共にほとんどの行動をとるのであるが、五十子ではどのような試練が待ち受けているのであろうか。まあ、いまんとこ試練らしきものの匂いは全然感じないのだが……


つづく

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