第10話 このおタマ様が浅瀬を見つけたにゃ

 前話で景春の侍女おタマは、戦装束いくさしょうぞくをまといルンルンと阿内の砦へ出向き、謎の少年へと姿を変えた自称中野五郎をひっ捕らえて、あるじ景春の前へやってまいりました。


「春ちゃん、こいつさ(阿内砦)で見つけたんにゃけど、どうしたらいいかにゃ?」


「どうしたらって、いきなり言われてもなあ、もうちょい詳しく話せないか?」


 景春がこのように言うのも最もである。おタマは八木原源太左衛門やごはらげんたざえもんに、この少年についての処遇を任されている事の次第を、猫耳を立てたり寝かしたりしながら言葉を探し伝えようとしたのであるが、何とも要を得ない話に景春は言葉を返した。


「要するにおタマは、そこに控える小僧の扱いに困っているという事だな」


「そ…そんな感じだにゃ、さぐが春ちゃんだにゃ」


 景春はおタマの傍らの地面に、正座して握りこぶしを小刻みに震わせた少年へ、いたわるように声をかけた。


「そこの君、そんなに怯えなくてもいいぞ。俺らがここへ立ち寄ったばかりにとんだ目にあったな。名は何というのか、もう一度俺にも聞かせてくれ」


「はい、中村、中村五郎と申します」


 声をかけられた少年は、景春の言葉に安心を得たのか、先ほどの様子とは打って変わってハキハキと答えたのだった。


「そうか五郎と申すか、この俺が四郎だからなんか俺の弟みたいだな。ところで君は、これからどうするつもりだったんだ?」


「それがですね、どうしたものかと考えておりましたら、突然おタマ姉ちゃんがやって来た末に、ここへ連れてこられましたので、まだ……」


 そこへおタマが口をはさんできた。


「きっと五郎はお父上に見捨てられたんにゃ。そのみっともない服からして、家はきっと貧乏で兄弟が沢山いるもんだから、自分がってに五郎を捨てたに違いないにゃ」


 おタマの見立てには少し無理があるようだが、考えられなくはないと踏んだのか景春は、少年五郎に言葉をかけた。


「おまえは五郎といったな、もしおタマの言うとおり、行くとこが無いんなら、俺の弟分にしてやってもいいがどうだ?」


 少年五郎は、ためらいながらも、こくりとうなずく。


「よろしいのですか、それが本当ならとっても嬉しいです」


「いや、若、それは話が突拍子もなさすぎるでござる。せめて従者として傍に置き、その力量を見定めてからになさいませ」


 このように割って入ってきた八木原源太左衛門やぎはらげんたざえもんは、この騒ぎ見てすでに場に加わっていた上州一揆の旗頭であり、この阿内まで軍勢を引き連れてきた長野信濃守為業ながのしなののかみためなりに目くばせをした。すると為業はニヤリと口角を上げてから口を開いた。


「若、源太左衛門のいう事はもっともじゃが、まあ難しいことは考えずに手綱たづなでも取らせておいて、おいおい考えたらどうじゃぞい」


「そうか、爺が言うならそうしてみようか」


 景春はここで初めて為業の事を爺と呼んだわけだが、このゲームの臨場感がプレイヤーである春香に働きかけてそうさせたのであろう。そして景春は五郎に対して言葉を続けた。


「そうだな、あんま難しく考えない方が良いな。所で五郎、おまえ馬の*とかした事あるか?」(*馬の口元で手綱を握り歩いて馬を誘導する事、またはする人)


「はい、ぼくはこれでも侍の子なんで、小さい頃から一通りのことは学ばせていただきました」


 景春は五郎の言うことに少しばかり小首を傾げた。おそらく、武士として一通りの嗜みを得ているのなら、それなりの家であっただろうが、どうやら落ちぶれてこのようになってしまったのだと思案していたのであろう。こう考えた景春は言った。


「そうか、なら五郎、俺の馬を引いて供をせよ、どうだ?」


 場は少々静まり返り、五郎はこれでよいものかと助けを求めるように辺りを見渡すと、為業と目が合った。五郎は小さくうなずく為業の助けを得ると景春にこう答えた。


「ありがとうございます、四郎様が僕の事を五郎とお呼びになるのに、恥ずることのないように精進したいと思います」


「まあそう気負わなくてもいいぞ、俺だって孫四郎景春と名乗ってからまだ日が浅い、まあ気楽に移行や」


「はい、心得ました孫四郎様」


 少年五郎の意気込みを聞くと、静まり返った聴衆からにわかに拍手が沸いた。その中で為業は「でかしたぞ」と心のつぶやきと共に、何度も首を縦に振るのであった。


「おいおタマ、これで俺の口取りをせずに、飛び出しても良くなったぞ、どうだ嬉しいだろ」


「べ、べつに嬉しくなんかないにゃ。アタイが春ちゃんの一番近くにいたかったのに、ずるいにゃ」


「なんだおタマ、お前用意してもらった鹿毛しかげの馬に乗れなくて、拗ねてたんじゃなかったっけ?」


 などとと景春が言うと、おタマは思い出したように声を上げた。


「そうだ、忘れてたにゃ。アタイの大事な可愛い(おタマの愛馬)ちゃんはどこ?」


 愛馬に勝手な名前を付けて辺りを見回すおタマに、やれやれという感じで八木原源太左衛門やぎはらげんたざえもんが手の者に目くばせをすると、鹿毛しかげの馬が引かれてきた。


「おタマ殿、それがしが大切にお預かりしておりましたぞ」


「そうだったのか、八木ちゃんありがとにゃ」


 このようなやり取りがあり、軍勢はしばし休憩を取ると阿内を出て街道を角淵つのぶちへ向けて進んでいった。


   ◇◇◇ 

  

 角淵とは上野国こうづけのくにの南部に位置し、烏川からすがわ鏑川かぶらがわの合流地点からやや川を下った北側に位置し、東には井野川を望む少々複雑な地形に囲まれていた。ぎゃくにこれらの河川を利用した、水運にも恵まれていたといっても差し支えなかろう。これを地政学的に見た場合、武蔵国むさしのくにと上野国を境にした、水運や街道の中継地点とも考えられる重要な地域であった。現に鎌倉時代に安達家が、この辺りに上野国を管理監督するための、守護所を置いたのではないかとも伝わっていた。


 景春と上州一揆を率いる為業達一行は、玉村御厨たまむらのみくりや北部の福島にかかる浮橋を渡り利根川の南へ街道を進みくだん(前出)の角淵までやって来た。すると為業は上野から武蔵国へ渡るために必要な鏑川の浅瀬を探る物見を出すよう指図した。すると弟の八木原源太左衛門やぎはらげんたざえもんは実子の六郎左衛門ろくろうざえもん(以下六郎)呼びつけると為業に申し出た。


 「兄上、この六郎に物見の役目お申し付け下さりませ」


 「そうか、源太のせがれも、物見の役が務まるまでに育ったか、任せたぞい」


「ははっ。六郎、聞いておったであろう、さっそく向かえ」


「父上、心得た」


 こう言い残した六郎は馬を走らせた。これを見た地獄耳のおタマは何を思ったのか愛馬に飛び乗ると六郎を追いかけ始めた。


「アタイも、アタイも見に行くにゃあ~」


 こう叫んで強弓の矢が放たれたように、嬉々として駆け出して行く姿を見た景春は「やっぱりおタマは、じっとして居られんのだな」とつぶやくと、八木原源太座衛門も同じようにつぶやいた。


「おタマ殿はよっぽどあの馬が気に入ったのであろう。などと、さぞ名馬であるかのように名付けてはしゃぎおるからな」


   ◇◇◇


 さて、場面は変わり、上武国境の烏川の北岸へやって来た六郎が、辺りを見回しているところへ、おタマが駆け寄ってきた。


「おいおめえ、この俺についてこれたのか、なかなかやるじゃあねえか」


「あったり前にゃ、このおタマさまを舐めてもらっちゃあ困るにゃ、孫四郎景春様の一の子分なるぞ」


「おめえ何言ってんだ、孫四郎様は野党の親分なんかじゃねえぞ、口を慎め口を」


「うるさいにゃ、春ちゃんの傍にいて、お守りせよって言いつけられたからには、どう考えたって一の子分にゃ」


「おめえ相当頭悪いみたいだな、お守りするんなら何故孫四郎様の元を離れてここへやって来たんだ?」


「屁理屈を言うんじゃにゃい、春ちゃんお言いつけで来たにゃ……(だったっけけ?)」


「屁理屈とかちゃんちゃらおかしいぜ、第一おめえ孫四郎様の事を春ちゃんとか無礼千万、お手打ちにあってもおかしくないんだぞ。」


 六郎の言うことはどう見ても理にかなっている、しかしこれは只のゲームである。


「そうなのか? でも何も言われてなかったぞ」


「まあいいや、俺はこれから武蔵へ渡るための、浅瀬を探さねばなんねえ。じゃますんなよ、いいな」


「邪魔なんかしないにゃ、お手伝いするにゃ」


「勝手にしろ」


 このころ川を渡るのに、流れが安定しているところは浮橋がかけられたり、角淵周辺のように河川が合流する地点では、河道の変化が激しく流れの浅いところを探して渡ってゆくのが自然な事であった。同じような理由かあるいは浮橋をかけるのに金銭的な理由でかなわない場合、川筋を常に監視して渡るのに適切な浅瀬を把握することにより、渡河する者から金銭を徴収する者たちが現れた。今回どうして物見が出されたかは、定かでなかった。


「おおい六郎、この辺り何かどうかにゃ?」


 オタマの叫ぶ声に、適当な浅瀬を探しあぐねていた六郎は、おタマの声のする方へ馬を走らせた。


「おめえ、女子おなごのくせになかなかやるな、ここなら我が軍勢が渡るのに適当だ」


「六郎おめえ、女子とか言うにゃ、八木ちゃんから姫武者のようだと褒められてるんだぞ」


「そうか姫武者のか、確かによく見れば勇ましそうなカッコしてるもんな、まあいいや、早く帰って報告しよう」


「まっ、それもそうだにゃ、それじゃ競争だにゃあ~」


 ここで己の腕をかけたレースが始まったのは言うまでも無かろう。


   ◇◇◇


 角淵では景春たちの軍勢が、物見に出た六郎たちの帰りを待ちわびていた。

すると大声を上げながら、駆け込んでくる鹿毛の馬があった。


「やったあ~、アタイの勝ちだにゃあ、六郎ざまあだにゃあ~」


「ぐぬぬぬ、親父(源太左衛門)めおタマとやらに、なかなかの駿馬しゅんめ(名馬)を差し出しやがったな」


 勝ち誇るおタマに対し、六郎の声は悔しさに満ち、その声は沈んでいた。


「六郎、それで適切な瀬(浅瀬)は見つかったのか?」


「はい父上、見当をつけましてございます」


「そうそう、アタイが見つけてやったにゃあ」


 八木原源太左衛門は、この二人を見てこういった。


「六郎、おぬしとおタマ殿とはなかなかの連携だったようじゃの、良き相方になれそうだな、はっはっは」


 「八木ちゃん、六郎が相方とか、このアタイに付いてこれればの、話じゃね?」


「おタマ殿、まあそうだが、不肖の息子じゃがどうか事があった折には助けてやってくれんか」


「八木ちゃんの息子だったのか、そねじゃあ仕方ないにゃあ、順番は春ちゃんの次になるけど助けてやらない事も無いが、どうだい六郎ちゃん」


「(ぐぬぬぬぬ)まあ、実力はあるようだから、改めてお願いいたす」


 おタマの言い分に返す言葉はいくらでもあるが、浅瀬の件といい馬比べといい、悔しいがここは父の言い分を立てた格好にしたのだろう。


「おいおタマ、晴れて駆け回る理由が出来て良かったじゃあないか。俺の事はこの五郎もおるからあまり心配せんでもいいぞ」


「うんうん、春ちゃんがそう言うなら、六郎、何時で困ったら言って来るにゃ」


 六郎としては何とも言えない屈辱を味合わせられる格好になったが、後々これは関東管領側にとって、有利な働きをもたらすことになるのだが、それはまだまだ先の事であった。


 さて、景春たち軍勢は六郎を先頭にして烏川の浅瀬を渡り、武蔵国の五十子陣を目指して馬を進めて行くのであったが、この先何が待ち受けているのであろうか。


 つづく












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