第7話 おタマの御召し物の行方
前話で、
「おい、為業ちゃん、向こうに
「あれか、若(孫四郎景春のこと)、あれは
「なんだ、あれかな? 夕方に登ってくるお月さんみたいな、黄色みがかった馬のことか」
「さよう、あの手の馬は『
「そうなんだ、なんかカッコいい
「一軍の将たる
「それじゃ為業ちゃん、俺にもあの位の具足が用意されてるんだろうな?」
「それは、若の働き次第じゃ。いきなり上級鎧ゲットじゃあゲームにならんじゃろ」
「なんだよ、いきなり、ゲームにならんとか言うな、せっかく雰囲気出て
「すまんすまん、ところで、わしらは
「なんでなんで?」
「それは、そん時のお楽しみちゅうことで……」
「為業にゃん、アタイの御召し物のこと忘れてない?」
「おお、おタマ殿、すでにその事は
「わかったにゃ、それと、さっきから気になってるんにゃけど、後ろの方から、ぞろぞろ付いてくるあれにゃあに? 怖いんですけど」
「おタマ、良く気が付いたな。俺、わからんかったぜ」
「はっはっは、おタマ殿は忍びやら
「褒められたにゃあ、うれしいにゃ」
「ところで為業ちゃん、やつらは何者なんだい?」
「おう、そうだったそうだった、あれはわしの手の者たちだ。普段はガッチリとこのわしに付き従っとるが、若にいらぬ警戒をされてもアカンと思ってな、離れて従うよう申し付けとったが、こうも周りが開けとったらばれるわな」
それもそうだ、ここ
「お~い、お前たち、もういいぞ」
為業が大きく手招きをすると、パカパカと
「殿、お呼びでございますな。で、いかがなされましたか?」
颯爽と下馬して片膝をつくこの男は、名を
「やあ、源太すまんな、面倒なことを頼んで」
「面倒とか、兄上、何時ものことではござらんか」
「かっかっかっ、そうじゃったな、頼もしく思うぞ愛しき弟よ、ちこうよれ」
「きんも、それがし、その道(衆道)は不得手でござる」
「冗談じゃよ、じょうだん。そなた言うその道とは、そうじゃな
「そういうものですか。それで、こちらにおわすお方が、
「まあな、将来わしらが担ぎ上げる御輿じゃ、挨拶いたせ」
「ははっ、心得ました」
このように一定の親しみを持って兄為業と接する源太左衛門であるが、深々と頭を垂れてケジメを付けた。中世武家において、主従関係は絶対であるからだ。
「お初にお目にかかり、
源太左衛門の着用する、青紫色の
「わ、わかったよ、そんなに畏まらんでもいいぞ、気楽にやってくれ」
「わかり申した、
「源太、ご挨拶がすんだら馬を引いてまいるよう伝えよ。
「心得ました」
そう言うなり源太左衛門は、後方へ目くばせをすると、三匹の騎馬が引かれてきた。たいそう立派なのが、どうやら為業の愛馬のようだ。そして気品の漂う
「こっちのお馬がとっても可愛いにゃあ、これに乗りたい」
「ごほん、それは若に用立てたもじゃ、おタマ殿は隣のやつな」
「おう、こっちが俺の馬か、つやつやした黒毛がカッコいいな」
「春ちゃんがお気に入りなら、おタマはこっちで良いにゃ、よく見れば、お目々ぱちくりで負けずに可愛いにゃ」
と言い、ぴょんと軽々跳躍して鹿毛の馬にまたがるおタマちゃん、さすが猫耳女子である。てか、いきなり乗れるとか、これはゲームの設定なんで突っ込まんといてや。
「よっこらしょ、あれ、うまく乗れん、俺様のゲーム設定はどうなってるんだ」
景春は
「お待ち下さい、八木原殿がなさることではございません、そのお役目、それがしにお申し付け下され」
「よいよい、この若君は、いずれ長野家の主となられるお方じゃ、よって私の役目である」
こう言って、手取り足取り馬に乗せてくれる、源太左衛門の顔を近くで見た景春は、ほんのりと頬を赤らめた。
「若様、なかなか立派なお姿ですぞ」
両手をはたきながら、こう述べる源太座衛門の手のひらには、とても柔らかい感触が残されていた。
「これ源太、ちと、ちこうよれ」
「はい、兄者いかがなされましたか」
「もっと、ちこうじゃ」
為業は、源太左衛門へ息がかるぐらい顔を近づけると、耳打ちをした。
「おぬしは、気付いたようじゃのう」
「……いったい、なんのことで」
「分からんと思うてか、おぬし若を乗せた後の手ばたきで、ちょいと小首を傾げたであろう」
「はい、たしかに妙な感触でしが、まさか……」
「そのまさかじゃ、若はボクっ娘(男の子のような女子)じゃ」
「なるほど……、得心したでござる」
両の手を、まじまじと見つめなおす、源太左衛門であった。
「それゆえ、おぬしのした事は大正解じゃ。他のものに気付かれぬよう、事を運ばねばならんからのう」
「で、いかがすれば、よろしゅうございますか?」
「そこでじゃ、そなたと八木原の手の者(手下ども)だけで、若の
「心得ましてございます」
そう言うと、源太左衛門は兄為業のもとから下がった。今一度手触りを確認する彼の様子は、なぜか頬が赤らんでいるかのように見えた。
「為業ちゃん、もういいかな、そろそろ向かおうぜ白井城にさ、なんか腹減ってきたぜ」
「……へってきたにゃあ」
「若、待たせてすまんな」
為業は引かれてきた愛馬にまたがり、
白井の宿の西方の、子持山から下ってくる
「若、あれに見えるが白井城じゃ」
「ほうそうか、だけど為業ちゃん、あれってこんもり盛り上がった丘にしか見えないんだが」
「そう見えても仕方がないのう、じゃがな若、少ない
白井城へ向かう道筋の方から、なにやら良いにおいが漂ってきた。
「うまそうな匂いがするにゃ」
おタマは、気配りだけではなく、鼻も効くようであったが、根が猫族であるから当たり前の事であった。
「そうか、なら少しばかり腹ごしらえでもするか」
為業の一言を聞くと、一行は良いにおいの漂ってくる道を急いだ。おタマは、いち早く現地へ着き、馬を飛び降りた。すると道端には、仮に備え付けてある屋根と、煮炊き使える最小限の設備があり、串刺しにされた川魚が火にあぶられていた。
「
「へい、一本○文ですだ」
城の周りには、このように遠国から出陣してくる軍勢を当てにして、食糧や身の回りのものを並べて商いをする者たちであふれていた。戦が近いと噂が立てば、なおさらだった。
「おタマ、おまえがそんなに食いしん坊だったとは、意外だな」
「いいじゃにゃいか春ちゃん、旨いものはうまいんだもん」
「ところで、いくらになる」
ひととおり食いものが周りにいきわたると、源太左衛門は辺りの出店の元締めに当たる男にこう訪ねるた。すると男は、ソロバンをはじいて見せてきた。
「たかいな」
「物騒な世の中なんで、物が手に入り難くなりまして、へい」
「それだと、持ち合わせでは間に合わん……。これをもって厩橋まで来てくれ」
源太左衛門は、家人から受け取った筆を走らせると、その書物を男に手渡した、すると男は、かしこまってこう言った。
「八木原様、毎度ありがとうございます」
この元締めの男は、八木原の目の届く村々で商いをしているのであろうことが、これらの会話から推察できよう。
「おなかいっぱいにゃあ~」
この時代腹いっぱい食えることは珍しい、まあ、ゲームのワンシーンと言うことにして下され。一通り腹を満たした為業率いる一行は、馬にまたがると
「あそこに長尾重景殿の旗が見えよる。よし、わしらはこの辺りに
城内(城の中)は戦国期とは違い、おおざっぱに区画されているだけで、ところどころ長年に渡り大勢が宿陣してきた、仮の堀や柵の跡が散らばっている。その一つを指して、為業は命じたのであった。すると、源太左衛門が部下に命じた。
「手際よく陣を張り直してくれ、殿と若の夜露が凌げればそれでよい」
まだこの季節では、露は下りないので簡単な作事ですむのと、必要な資材は割と近場で用意できた。
「若、では重景殿のところへ参ろうか」
「わかったよ、おタマも連れてっていいか?」
「かまわんぞ、おタマは大事な若の、守り人だからな」
「ついていくにゃあ、守り人だにゃあ」
というわけで、越後勢を率いて三国峠を越えてきた、
つづく
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