第6話 景介の影だから、景春って親父ギャグですか?

 白井の里はずれにある尼輪寺をあとにした信濃守為業ためなりと、僧体から若々しい侍姿になった春香、ならびに従者のおタマたち一行は、越後から三国山脈を越えて下ってくる街道の、脇街道を白井宿へ向かっていた。


「ねえ、信濃守様、私も春(春香)ちゃんみたいに、ボクっ娘のカッコがしたいにゃあ」


「ボクっ娘ではござらん、れっきとした若侍である。じゃが、おタマ殿の申すことも理がある。よって、ふさわしい召しものを用意せねばならんな」


「そうだな、俺もその方が良いと思うぜ。どうやら俺はどこぞの若君らしいからな」


 そんなこんなで、脇街道を進むと右手の方の少し小高い所に、こんもりとした林が見えてきた。


「あそこが目的の寺じゃ、若、長尾家にとって特に由緒ある寺じゃ」


「へえ~え、それってどんなん?」


「アタイも、聴きたいにゃあ~」


「ごほん、それはだな……」


 信濃守の話は長くなるので、かわりに解説をしましょう。

 まず、この地、白井から解説せねばなるまい。

 この日の本の国には、南北朝といって吉野と京都に、それぞれの側にたつオジャルたちが仰ぐ、大君おおきみ:天皇がおってな、今の時代(戦国)とそうは変わらぬ戦の時代があったんじゃあ。


「この時代、われ等長野一族は野にあった、ちっぽけな国人でな、ええと……」


「ええと、どうしたん、忘れちゃったんか」


 信濃守に変わり、さらに代弁しよう。

 その頃関東には、山内上杉家中興の祖である上杉憲顕うえすぎのりあき様がおった。主家である足利家の内紛で、尊氏の弟直義ただよし側についていた憲顕様は、上野こうづけや越後を駆け回り、内紛が収まると鎌倉府に呼び戻されて、関東管領の職に就くんじゃあ。


「この戦乱のなかで、当時上野国は南朝方に与した新田氏と、われ等長野一族は協調しておったんじゃ。じゃが、上杉憲顕様が故あって南朝方となったおりに、長野一族も憲顕様と行動を共にした。そのとき世話になった憲顕様の家臣がおってな、ええと……」


 またかいな、では代弁、その憲顕の一の家臣に、長尾左衛門尉景忠ながおさえもんのじょうかげただがおってな。現山内家の家宰長尾左衛門尉景信かげのぶ殿のご先祖様じゃが、この景忠の子清景は、上野の治安維持を任されるとともに白井の地を預かり、ここに越後と上野を結ぶ街道の中継拠点を築いたんじゃ。こうして白井には宿と城が築かれたってわけだ。


「為業ちゃん、それとあの寺と、どういう関係があるんかな」

「若、まあそうセクでない。この長尾殿がわしら長野一族を、引っ張り上げてくれたんじゃが、それでな……」


 忠景の子、清景の子孫は、ある時養子を貰い家をつなぐのじゃ。その名を長尾左衛門尉景仲ながおさえもんのじょうかげなかという。この景仲が文安4年(1447年)に月江正文を開山として創建されたのが、双輪時(雙林寺)である。


「この双輪時を作るとき、わしの親父、長野入道が恩返しと言ってせっせとお手伝いしたんじゃ」


「なるほど、これは今後の進行に、期待が持てるぜ」


「もてるにゃあ~」


「お二方、なかなかそうわ、うまく行きませんぞ、若の選択次第で歴史が大きく動いてしまう事を、とくと御心得おこころえなされませ」


「そか、おれ、そういう選択って結構得意なんだぜ」


「なんだぜ、にゃあ~」


「おタマ殿、お言葉が軽すぎますぞ」


「信濃守様、ごめんなさいにゃあ、きおつけるにゃ」


「まあ、とりあえず急ごうぜ」


 一行は街道からそれて、寺の門前まで進んで行くと坊主頭の坊主が、腰を曲げて声をかけてきた。(あ! 腹痛がはら痛いみたいんこと言っちゃった)


「信濃守様とお見受けいたしますが、いかがでしょうか?」


「いかにも、信濃守為業じゃ」


「では、ご案内いたします」


 山門をくぐり、本殿から少し離れた、わかりにくい通路を、裏手の方に向かってゆくと、靴脱石くつぬぎいしがあらわれ、そこから上がるよう促されると、さらに廊下づたいに案内された。障子の手前で片膝をついて、声をかける坊主頭の坊主。


「信濃守様と、お連れ様がお着きにございます」


 奥から威厳に満ちた返答があった。


「中へ、あないせよ」


「かしこまりました」


 坊主頭の坊主が障子をあけて、信濃守ら一行に対し、中へ入るよう手招きをしてきた。


「信濃守様、どうぞ中へお入りください」


「かたじけない」


 そう言って中へ入る信濃守の後から春香が入ってゆくが、坊主の坊主が手で遮りながらおタマへ声をかけた。


「お付きの方は、私と共にここでお待ちください」


「え! そうなの、いつも傍にいるよう、申し付かっているのににゃあ」


「それは、重々承知しておりますが、長尾左衛門尉様のお言いつけですので、そこは曲げられません」


「おい、おタマ。仕方がないだろ、そこで待っててくれ」


「春ちゃんが言うなら、しかたないにゃ。待ってる」


 少しの間をおいて、すーーーっと障子が閉められると、中の座敷の奥には眉間にしわを寄せた、歴戦の宰相が胡坐をかき微動だにせず、春香を見据えていた。


「あれ、パパッチ《春香の父信雄のこと》、なに、こ難しい顔してんの、やばない?」


「これ、若、初めてお目にかかるから、無理もないと思うが、こちらが関東管領山内上杉家の家宰をお勤めになる、長尾左衛門尉景信ながおさえもんのじょうかげのぶ殿なるぞ、言葉にお気をつけなされませ」


「信濃守、まあよい、この世界に降りて来るものは、えてして不思議なことを申す者よ、過去にもあった」


 なんか、物分かりのよさそうな宰相(家宰)である。関東のもめ事を一手に引き受ける立場にあるが故、想像もつかない事態を潜り抜けてきた経験が、そうさせているのであろう。


 「ところで、信濃守、この者と二人で語りたい故、場所を変えるが、ここで待っておってくれるか」


「景信殿の、仰せのままに」


 そういう会話のあと、座敷のわきに目立たぬように建てつけられた引き戸を開け、景信は春香を手招きした。


「こっちじゃ」


 そう言われて進むと、引き戸の奥には更に引き戸があり、そこをゆっくり開けると景信は、中の薄暗がりへ声をかけた。


「景介、大事ないか」


「父上、ごほごほ、大したことございません」


「どれどれ、見せてみよ、このわしとて、少しばかり漢方の心得がある」

 

春香はこのやり取りを、リアル世界とだぶらせた。


「ありねえな、パパッチが医者だから漢方うんたらは納得いくが、弟の景介の容態がゴホゴホとかあり得んだろ、超筋肉丈夫男だぞ。まあ、ここはゲーム内ですけど」


しばしのち、容体が落ち着いたと見えて、景信から声がかかる。


「春香、待たせてすまんな、中へ入ってくれ」


「わかったよ」


 のぞき込むようにしながら中へ入ると、そこにはやつれた姿の景介があった。


「景介……」


 言葉を飲む春香、なんとまさに、弟景介と違わぬ姿の若者が、弱々し気に肩を父に支えられて座っていた。


「だれだ、お前……」


 景介は弱々しい目つきで、それでもありったけの猜疑心をぶつけてくるのだった。


「景介、お前には話さなかったが、これに控えるは、お前の実の姉春香だ」


「え! (やっぱ俺ってこの世界じゃ女子設定)」


「長尾家にもしきたりがあってな、二子は忌み嫌われておる。畜生腹ともいわれ、いや、それよりなにより、男子なら跡目争いのもとになるゆえ、なおさら嫌われるのじゃ」


「父上、でも、先ほどその方を、姉と紹介されたではござらぬか」


「じゃったな、それが幸いしたともいえる。男ならしきたり通り、選ばれた方は二度と日の目を見ることは出来ぬ。比喩ではないぞ、殺めやれて打ち捨てられる運命じゃが、おなご故、助ける道があったんじゃ。それゆえ、姉は秘匿されてきた」


「父上、それがどうして今頃」


「景介、そなたも知っておろう、近じか古河方との大戦が練られていることを」


「存じ上げております……。なるほど、得心いたしました」


「流石我が子、得心したか」


「父上、この者、いや姉上が、私の代わりとなるのですね?」


「そうじゃ、我が白井長尾家の次期党首として、こたびの大戦に加わらんと、関東諸将に示しがつかんのじゃ」


 景介は大きくうなづき、息を整えてから春香に向かい、託すように話しかけた。


「そのほう……。いや、姉上、この景介に変わり、長尾を背負うては貰えませんか?」


「なんだよ景介、お前に頼まれなくたって、そんなの当り前じゃんか」


「すまない、この俺がこんなんばっかりに」


「バカを言うな景介、姉ちゃんがついてるからな、しっかり養生するんだぞ」


 こくりとうなずく景介を、ゆっくりと寝かせ、膝を進めて春香の前に座りなおす景信であった。


「よいか春香、お前は景介の影、景春になるんだ、名を長尾孫四郎景春と改めよ」


「なんで孫四郎なの、なんか気にいらねえなあ」


「なんじゃと、わし景信の父、影のフィクサー鎌倉の暗黒卿こと景仲も、孫四郎を名乗っておったんじゃ。我が長尾家をしょって立つ者の名じゃ」


「暗黒卿! なんかカッケエな、そうだケンシロウとか紅三四郎とかも四郎だ、うんうん」


「おまえ、いや景春、どこからやって来たんじゃ。まあよい、はげめ」


 このようなやり取りのあと、信濃守の待つ座敷へ戻ってきた景信は言った。


「信濃守、待たせてすまなかった。貴殿は一揆衆を従え、景春と共に五十子陣いかっこじんへ向かってくれ。わしも国人衆に呼びかけた後向かうつもりじゃ」


「いよいよですな、で、春香様はこれより、景春とお呼びするのですか?」


「いや、こやつにも体裁を整えさせる必要がある。官途を戴くまでは孫四郎で頼む」


「おう、孫四郎でござるか、昌賢殿を思い出しますなあ」


「さよう、父のように長尾家をいや、この関東を背負ってたって欲しいものよ」


「かしこまりました」


「たのんだぞ」


 言い終えると景信は、景春へ期待をこめた、嬉しそうな眼差しを向けると、座敷をあとにした。


「やっと終わったか、やれやれだ、だけど、思い通り俺は、侍、長尾家の侍になれたぞ」


「よかったにゃあ~」


 障子の向こうから、ずっと待ちくたびれていた、おタマの喜ぶ声が聞こえた。


「では、孫四郎殿、われらも出かけましょうぞ」


「お、おう」


 景春たちも座敷を出て行こうとするが、おタマが何やら怪しげな様子。


「しび、れる、にゃあ」


「大丈夫か、おタマ」


 そっと手をさしのべ、おタマの体を支えながら寺を出る、このヘンテコ主従の旅はここから始まった……


つづく

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