第5話 いきなり尼寺ってどゆこと? 俺、武将希望なんだけど!

 ゲームの初期テストが始まり、ログインする春香であったが、不具合でも起こしたかのようなヘッドマウントディスプレーに映し出されるぐるぐる画面が落ち着くと、ゴーグルアースのように真っ青な惑星がズームアップされ、心地よい風を受けながら降下すると、だんだん地表が近づいてきた。


『春香さま、少し解説しないといけませんね』


「おう! アナキンよろしく頼むわ」


 アナキンはリアルだけでなく、ゲームにログイン中でもサポートしてくれるAI、たとえで言うとお供アイール君(どっかのあれ)のようなもんだ。


『前方の左右にそびえる山は、左を榛名、右を赤城といって、そのすそ野が交わるところを流れるのが利根川でござる』


「なんだよ、まんまグンマー帝国じゃあねえか、てか、ござるって何? 侍のテンプレか?」


『申し訳ござらぬ、これから行く先は、この日ノ本の戦国時代、少しは雰囲気っつうもんを出そうと思いまして』


「そうか、気い使わせて悪いな、続けてくれ」


『心得てござる、その利根川を少しさかのぼると、Yの字のようになっておりまして、右が本流で北東方向へ伸びているのが分かります。そして北西へ向かう支流は、すぐに西へ向きを変えて榛名山の北側をさかのぼり、上信国境の分水嶺へと至ります」


「確かにそうだな、中学校の地理の時間に眺めたことがあるんで、その通りの景色だわ」


『はい、それでこれから向かう先は、その利根川のYの字の上側、Vの部分に当たる地点。ちょうど10階建てのビル位の高さのある、巨大なショートケーキが置いてあるように見える所ですね。その西側の河岸段丘上に見えてきましたのが、上州白井城しろいじょうになります。』


「じゃあ、そこへ行くってわけか、わくわくすんな」


『いいえ、その北側にそびえる子持山のふもと、ほら見えてきたでござる。あの寺がスタート地点です』


「なんだよ、俺、武将希望したはずなんだけど」


『ご安心下され、順次物語が進めば見えてまいります。その宿命がね』


「そう言うもんなんか、まあいいか」


『この後ご自身のまわりが、暗転してから再スタートになります、始めはチュートリアル的にムービーが進みますので、この世界の操作に慣れてください。それでは』


 ピンぴろりーん、そんな感じのシステム音のあと、ふんわりと着地すると画面が暗転した。


「みゃあぁ~う、みゃあぁ~う」


「なんだ、ゆめか?」


 いよいよスタートしたようだ。お決まりのように朝の目覚めから始まります。


「春香さま、春香さま、朝でございますにゃあ」


 このように春香をせかしながら起こす侍女は、唯一の付き人である。だが、これだけは言っておく、アナキンではない、勘違いしないでよね。


「なんだあ、おまえだれだ」


「にっしっし、いやですわあ、身の回りのお世話をお勤めさせていただいております、おタマと申しますにゃあ」


「なんだよ、今笑ったろ、なんか、やけに長いやいばが覘いたんだが、家のタマか」


「あったり~、よろしくお願いしますにゃあ」


 このゲームは、これまでの話の中で解説があったように、ユーザーから申告されたプロフィールの他、世界中で蓄積された『びっぐでえた』はもとより、ユーザーが使用したPC、スマフォ、Webカメラの履歴から解析して、ゲーム世界を構築し登場人物なども配置されている。(という設定でやんす)


「怪しいなあ、どういうこっちゃい」


「じゃあぁ~ん」


 こう言っておタマが尼僧姿の頭巾を取ると、ぴょこんと飛び出す猫耳と、ピーンと張り出すおひげが現れる。


「まじかよ、どうなってんだ」


「ほおら、ここんとこも、ご覧になって下さいにゃあ」


 そう言って指差すというか、肉球の先の右頬ほおには、うっすらと傷跡が残る。そして、なんともエロ可愛らしいまつげを、ゆっくりと上下させる美猫が身を乗り出してきた。(いちおうファンタジイ要素もあるんでいいよな)


「なんだよその目は、怪しすぎるぞ、うんでその傷跡がどうかしたんか」


「お忘れですか、アタイが野良の頃、犬っコロにいじめられた時やられたにゃあ、そん時春ちゃんが助けてくれて、家まで連れ帰って手当してくれたにゃあ、忘れた?」


「え! まじか、思い出したわ~、おまえ、その恩を忘れたのか、たびたび俺様のキーボードの上を歩いて、よくも邪魔してくれたなあ」


「だって、ゲームに夢中で、構ってくれなくて、さみしかったにゃあ」


「今回は、じゃますんじゃねえぞ」


「だいじょぶにゃあ、こうやって身の回りをお世話するにゃあ」


 こんなチュートリアル的な会話中、何気に威厳のある声がかかる。


「申し上げる、姫…… いや若様、お支度が整いましたら座敷までお願いいたす。おタマもよいな」


 ささっと頭巾をかぶりなおす、おタマからひげは消え、もちろん猫耳も隠れる。


信濃守しなののかみ様、かしこまりました、つつがなく準備いたしますにゃあ」


「だってよ、で、いま姫っていったろ、どうゆこと?」


 春香はこう言って信濃守を問い詰めた。


「いや、それがしのいい間違いにございます、なにせベータテストなもんで」


「そうかい、ならいいんだけど」


 何やら不満を表す春香であったが、気まずそうに下がる信濃守を、顔半分まで開けた障子越しに見送る春香であった。


「あいつ、意外とごっついな。それとなんで甲冑なんぞ身に着けてんだ、ゲームとしてステレオタイプもいい加減にしろってんだ、通常は直垂ひたたれとか狩衣かりぎぬとか着てるもんだろが」


「春香にゃん、ここは戦国時代ですよ。いつ戦が始まってもおかしくないんですからね。もしかしたら、もしかしてるかもにゃあ、ささ、サクッとお仕度お仕度」


「おう!そうか、そりゃたのしみだ。つか、よせ、くすぐったいだろ」


 申し訳ない、まるでギャグ進行なのは心得てござる。どこから出してきたのか、高貴な武家の衣装である、狩衣をまとった春香は、侍女のおタマとともにそろりそろり座敷へと向かって行くのであるが、その前にお着換えシーンをどうぞ。


「おっと、なんだ立ち上がろうとすれば、ちゃんと立てるようだな、よく出来てる」


 春香のリアル手足に装着されたガジェットが、春香本人の行動意志を的確に認識して、サイバー世界にある春香のアバター(プレイヤーキャラ)を操作する仕組みになっているのだ。だが、実際にプレイヤーの意志と、アバターの動作を一致させるためには、どうだろう、たとえて言えばリハビリに相当する訓練が必要になる。そして、それら数多プレイヤーの履歴が蓄えられデータ化されると、それを基にアバターの動作を受け持つAIが予測動作を行う事により、レスポンスが向上することになる。これが今回ラウンドエックスが行う、初期同期テストの目的でもある。


「春ちゃん、じっとしててね、服着せるから」


「そうかたのむ…。なんだこうか」


「そうそう、おタマが手で誘導するから、その通りにしてればおkにゃあ」


「わかたあ、なんか爪が時々すれてこそばゆいぞ」


「がまんするにゃあ、もうすこしだにゃあ、ぎゅぎゅっと、おしまいにゃあ」


「おいおタマありがとな、なんだかいよいよ武将って感じがしてきたなあ」


「とってもお似合いです、どこまでもお供するにゃあ」


「そか、まあ無理すんな、だが安心しろ、おタマは俺様がまもる」


「(はあと)おタマは、うれしゅうございます」


「そこだけ、にゃあはつかないんかあ~い」


 というわけで、春香はキャラの動かし方もちょびっと慣れたようで、座敷の間までやってきた。このヘンテココンビのうち、おタマが入り口の手前でかしづく。


「信濃守様、若様をお連れいたしました」


「おうそうか、入ってくれ」


 そう促されると春香は、畳のヘリを踏まぬよう中へ入り、何を思ったのか行儀よく正座した。


「ぬおお! なんと、若、武士はそれがしのように、こうじゃ、両膝を左右に広げてかかとを内側に向けて足をたたみ、股間の前で組んで座るんじゃ。つまり、あぐらをかくんじゃよ、春香様」


「ええ、急に春香様って何だよ、おタマといい、お前誰だ?」


 信濃守の身体がモザイクのように乱れると、美少女へと変化した(お決まりです)。


『春香様、私です、アナ。ゲーム内では必要に応じてNPCとなり、プレイヤーのサポートをこなすようプログラムされております。えへへ』


 これまたご都合主義で申し訳ないが、アナが言うように、この『次世代新感覚フルダイブ戦国体感ゲーム』? 多分こんな触れ込みのはずのゲームは、ご都合主義の権化であり、かつAIがゲームマスターとなって進行してゆくのである。そして、この世界はプレイヤーごとに、AIが適切に生成することはもちろん、場合によっては他のプレイヤーとの協力プレイが出来るインスタンス(鏡像世界)でもあるのだ。わかるだろ、MMOプレイヤーなら(めぱち)。


「と、言うわけで、山内やまのうち上杉家の家宰かさいをお勤めになる、長尾左衛門尉景信ながおさえもんのじょうかげのぶ様の命にて、それがし為業ためなりがこれより、とある場所へご案内いたす所存、なにか質問ある?」


「おっ、おう、チュートリアルとしての、山内上杉氏と長尾氏までは希望通りの進行だな、ところで火災ってなんだっけ?」


 びゅいーん、おかしげな音と共に、アナちゃんに再び衣装替えする信濃守為業であった。もちろん可愛く体型も変化な。(もうしばらくアナちゃんでいいだろ、みたいな)


『ええ、家宰の間違いと思いますが、関東管領山内上杉家の、司法・立法・行政から軍事までをつかさどる機関の、総元締めをこなす役職を家宰と言います』


「なんだ、つまりジャイアンか、つうことは、関東管領がジャイアンのかあちゃんになる訳だな」


『そおとも言い切れませんが、まあ、おおむねそんな感じで良いと思います』


「じゃあ、お前はスネ夫か」


『(ぐぬぬ、ぬぬ)いやあ、それはちょっと違えかも。どちらかといえば出木杉君かな』


「なんだ、虎衛門なじゃいのか、ざんねん」


『ああ、その役って、おタマさんが適任じゃないですか』


ぴくんと耳をひくつかせるおタマちゃんは、嬉しそうに口角を上げて言う。


「ええ、いいのお、いいのう、私にそんな能力付けてくれんのお、アナちゃん」


『ごほん、まあ、TPOに応じて、能力が付加される場合もあり得ましょう。それはあくまでAIが判断することですので、なんとも』


「そうなのお、でもいいわ、たのしみだにゃあ~」


 すまない、つい、とんだ茶番劇を披露してしまった。このような会話のあと、長野信濃守為業ながのしなののかみためなりに姿を戻したアナちゃんは、言葉をつづけた。


「家宰についての解説は以上であるが、他に無ければある所へご案内するよう申しつかっておる、出かけるがどうじゃ?」


「まあ、いくつかあるが、おいおいでいいや、さっそく行こうぜ」


「GO GO! だにゃあ~」


 為業・春香・おタマの三人は、黒光りした古臭い木の香りというか、すでに匂いになっている廊下をすすみ、上がり端で草鞋わらじを履き、人里離れた林の中にひっそりたたずんでいた、この寺を後にした。


 ある所とはいったい、何が待ち受けているのであろうか……


つづく



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