第2話 パスワード間違いって何回までOK?

 前回のお話で、開発中のゲームテスター当選通知を受けた長岡家では、当選者の父信雄にかわって娘春香が参加することになったのだが、パスワードが分からんかった……


 そこへ出勤前のパパッチ(父信雄)がやって来た。


「春香いるか? えらく大変だったようだがどうだ容態は、それと、例の当選案内興味なさそうだとか聞いたが、見終わってるなら父さんにも見せてくれんか?」


「えっ、誰が言ったのそんな事。まっそうかもしれないけどね、よく見るとエックスじゃん。なんかフェイク情報的なDMつう意味からすれば興味あるんで、貰っとくね」


 春香は、興味がないとか間違った触れ込みに、どうやら不満を漏らしているようだ。当選結果を知らせるDMが、間違いではないと確信し、父親の行動を警戒しているのだろう。


「そうか、エックスのゲームは、昔春香と一緒にプレイした時期もあったなあ、大分前だけど、なつかしいわ~、いやなつかしい」


「そう言えば、パパッチまだやってるん、エックスのゲーム」


「いやあ、流石に忙しくてあかんわ、自動継続解約しなくちゃなあ」


「それじゃあ、まだ昔のままなんだ」


「まあな、なんだかんだ積み上げてきた歴史が無くなると思うと、こうあれだ、解約に踏み切れなくてな(春香との思い出もあるし)」


「じゃあ、パパのIDでまた遊んでみていい?」


「まあ、いいけど。キャラ消しとかすんなよ(特にお前のやつな)」


「やったー。パパだーい好き」


「なんだ。パパッチじゃないのか」


 大概の父親はこれにやられる、核爆弾炸裂である、すっかり目的そっちのけで軽快な足跡と共に家を出る、父信雄であった(○ちゃんの解説風)。

 一方の春香は、さっそくログインを試みる。


「たしかエックスのゲームは、一つのIDで全部管理可能なはず。問題はゲームごとのパスワードだな」


 カチャカチャ、ターンと、警戒に響き渡る。


『IDまたはパスワードが違います』


「あれ、何時もこれじゃあなかったっけ、それじゃこれは」


再び、カチャカチャ、ターン、今度はゆっくりと丁寧なキーの押し込み音がする。


『IDまたはパスワードが違います』


「まさか (汗)、何回まで間違いOKだったかな。つうか、ふつうそんなに間違えないし。どおしよお」


「そうだ、こういう時のガジェットだ、Line起動ウォームアップ完了。つっても暖気なんて一瞬だけど」


 両手でスマフォをホールドして、液晶画面を左右から指を滑らせるスピードは、一昔前の銀行のお姉さんが、紙幣を数える速度を確実に上回っている。そして、スマフォのことをガジェットとか言っちゃう春香は、どれだけ自身がゲームへのどはまり度を宣伝しているか、気付いていないのだろう。


「よしと、ちっとティータイムするよお」


 といってキッチンへ向かう春香であったが、冷蔵庫から取り出したのはバナナ牛乳、ここでそれはお茶ではないという突っ込みをする者はいなかった、弟以外。


「姉貴、それって決してお茶の類じゃないよな、バナナ牛乳」


「景介(けいすけ)、ティータイムはね、一時の癒しを得る時間なの、おいしく飲めたら何でもいいのよ、わかる、ねえわかる? 万年おひとり様」


「姉貴にそれ言われたかねーよ、おれはスポーツ学問に一筋だし、時間ねーし、興味ねーし(3次元には)」


「そだったね~、A小町のアイちゃんに首ったけだしねえ~。きんも」


「うっせーわ、姉貴こそネトゲで正太郎(可愛らしい男の子キャラ)使ってるくせに」


「あんたには分かんないわよね、あたしのやってるのはね、リアルとは別性使うのが普通なの、てか、同性使うほうがマイノリティーなのよ、さっさと学校行きなさい」


「その調子だと、病気ってのも嘘くっせーなー、ぷんぷんだぜ、まあいいか元気な方が」


「いってろ」


 どうやらこの一家では、なんらかのオタが蔓延しているようである。

そして、自室に戻った春香は、Lineの通知を確かめるのであった。


「え! 既読無し。せっかく私から送ってやってんのにこれかあ、あったまきた」


《ぴkっぱこぴぴぴぴ……ksなjksh》などと指を滑らせたが、内容は解読不能かつ、ある意味自主規制文字も多く含んでいるのであった。


 ところで、だいたい院内での携帯は不携帯が実情である。

春香は同業についているのにもかかわらず、知らぬはずがない。

自分がってアビを発動する春香の運命やいかに……


 といいつつ、場面は父信雄の職場である。


「長岡先生、これで昼休憩入れますよ」


「わかった、ありがとう」


 医師信雄が医局へ戻ると、同僚の大谷先生が寄ってくる。


「長岡先生、だいぶ前から着信音が鳴り響いてるみたいですよ、何かあったんじゃないですか」


「そうか、そんな事はめったにないからな、確かめよう」


 信雄ののぞくスマフォの画面には、春香からのメッセージがずらり。


《パパ、パスワード〇〇じゃなかったっけ、入れないの》

《パパ無視、無視すんの・・・・》

《なんで無視、あり得るう・・・》

《ふざけないでぁlksd- a90》

《ズラリ・すらり・・・以下自主規制》


「まいったな、勤務中だったっちゅうの」


 信雄が人差し指でスマフォの操作すると、ようやく発信音までたどり着いた。だがそれとは裏腹に、長岡家姫君の間でふて寝する春香まで、電波が届くのには、さほど時間はかからなかった。


「ええ、だあれえ~……。ふう~ふ。この着信音フレじゃないこと間違いなっしんぐ、だな」


 目覚めの伸びのついでにスマフォを手に取ると、その画面にはプレイ中のゲームの、雑魚中の雑魚モブのアイコンが光っていた。どうやら信雄からモブオに変化したらしいが、どう見てもランクダウンだった。


「あ! パパッチだ」


 通常なら無視か、だるそうな声で応答するが、今回は違った。


「そうだ春香、パパだよ、パスワードの件だな、いつものローマ字に誕生日だぞ、前と一緒なんだが、リスクあるけど変えとらん言った記憶があるぞ」


「入れたわよ誕生日、それでもはじかれるの、怖くて続けられない、ロックされたら大変でしょお」


「入れたって春香、自分の誕生日間違えたのか、一桁ならゼロ忘れずにだぞ」


「まじでえすかあ~、早く言ってよお、パパッチの誕生日間違えてたかと思った」


 《がちゃっ、ぷーぷーぷー》ほんとは音などしない。


「言ってよってお前……。まあいいか」


 父親のわびしさここに極まれり(信雄心の歌)


 つけっぱなしのPCに向かい、パスワードを打ち込む春香であった。再び軽快なキーをたたく音が終わると、ぴろろぴろろろろぴろろーんと、透き通った音が部屋中を満たした。(水晶が回る時の例のBGM、こんなん知らねーだろ普通)


「よし、これがログインできるっつうことは、ベータテストのIDでも行けるはず、いや行ってほしい」


 パスワードの解析成功した春香の胸は、Fカップ位膨らんだようだ。本人もこれがリアルだったらと思ったかどうかは、推察の域を出なかった。


「あと、テスト前にログインして、自身のプロフィールと注意事項確認しとけってあったな。」


 再びキーをたたくと、ドーン、シャキーーん。いつもより物々しい音とともに画面が切り替わった。


「なんだ、これからどうすんだ」


 これまで見てきた春香の言動は、とても女性のものとは思えないくらい、徐々に変わって来た。これらの変化が、なにかフラグを立てたようにも思える、現実世界にこれってあり得るのだろうか……


 「あ! これか、参加者のプロフィール、ポチっとな」


 性別  :female

 年齢  :18才

 希望勢力:関東管領

 同 氏族:長尾家

 なんたら:かんたら

 以下略・・・・


「うん? 性別はいいとして年齢詐称、なにこれ、パパッチこんなんで応募してたん、まあいいか、実年齢登録でプレイする人って居なくはないが少ない、だってネット上ではロールプレイが基本だろ、なりたい自分になれるんだもん」


 こんな事を口にする春香であったが、ネットだろうがリアルだろうが、長くやっていれば、人格は同一化する。演技は長く続かないもんだ、大量のHPが消費されるからな。


「えっと、次は注意事項ね。なになに、応募いただきましたデータからAIが適切なキャラクターを選別して作成され、同期プログラムが実行されます」


「まじか、つまり他のゲームで言う開始拠点と種族は選べるが、クラスはAI任せってことか」


 注意事項は他にもあり、続けて確認する春香であるが、要約するとこんな感じだ。


・ゲームに使用するヘッドマウントディスプレイほか、各入出力ガジェットは貸与でありテスト終了後には返却が必要です。


・一度同期がかかったガジェットは、他のキャラクターへの流用は出来ません。またテスト期間中のキャラ変更についても対応不可ですので、ご了承いただく必要があります。


・以下……(めんどくせえ、パス)


「なんだ、一度同期がかかると。これじゃない感があっても変更不可ってか、まあ気に入らなきゃ本編やんなきゃいいだけだしな、ああ読んだ読んだ」


 どんなゲームでも言えることであるが、注意事項とかくまなく解読する者はいない。春香とて例外ではなく、仮病を隠そうともせず、今度はお気に入りのオンゲを始めるのであった。


「よ~お、おまいら、俺こんどエックスの新作ベータテストに参加するんだぜ」


「へ~え、エックスにそんなんあったっけ」


「あるんだよ、これもじょおきゅうゲーマーだけの特典てえやつかな、極秘なんだろきっと」


「なんだよ春樹、極秘なんだろって、ならばらしてもいいのかよ」


「まあ、ポンヨオのおまいらだけには特別だ、他には漏らすなよ」


 あり得ない、漏らすなよという極秘情報ほど拡散される法則は絶対である。だがそれはあまり問題にはならないだろう。若者は都市伝説まがいの情報の発信源だから、あまり本気にする輩もおらんだろう。


 ログアウトした春香は、異世界での交友を満喫すると眠りについた。え! いつ風呂飯したかって? 合間だよ合間、オンのな、そのくらい端折ってもいいだろお。


 場面はすっ飛ばしまして、いよいよテスト当日の朝。


「春香起きてるか、例のパスワードOKだったか?」


「なによ朝っぱらから、私病気なんだからね、ゆっくり休ませてよ」


「そうだな、すまんすまん。今日施設(カウンセリング)行く日だろ、例のDMそろそろ見せてくれても……」


「パパッチ寝かせてよ」


(渡すわけねえだろ)と心の声が聞こえるようだ。


「そ、そうか」


(今日もパパッチか)父信雄のつぶやきも空しく漏れた。


 歩く音に生気がなく、玄関の戸が閉まる音もそれを証明するのには十分だった(カシャリィ…)。


「そろそろ起きるか、ええとお出かけするんだから車のカギ・・・(ない)」


「ちいちゃぁ~ん」


 母楓を呼ぶ声と競うかのように、母のいるリビングへ急ぐ春香の運命やいかに……

 『別に命に別ジョオないだろ、大げさな』と思う読者も少なくなかろう。


つづく




















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