この戦国ゲーム最高かよ! と思ったのは勘違いだった件

夏目 吉春

第1話 ゲームでずる休み、なんか文句ある?

 この物語はグンマー帝国とも揶揄される、群馬県の県庁所在地である前橋市を舞台にしております。また、グンマー帝国風に言うなら前橋まえばしは、ウマヤバシティーとなるでしょう。え! 何故かって、それは戦国時代この地は厩橋うまやばしと呼ばれたからです。 そして、場面は202X年のとある戸建て住宅から始まります。


 さて、早速ですが仕事帰りの主人公春香はるかは、只今の挨拶もなしにのたもうた。


「疲れたわ~、仕事とはいえあの禿じじい、許せねえわぁ」


「どうした春香、また患者さんに尻でも触られたか、そういうのをサラッとかわすのも、看護師の仕事の流儀つうもんだ」


 リビングにくつろぎこう返す信雄のぶおは、VAPE(電子タバコ)をくわえ、ニコチン断ちする意思の無い非番の医師であった。もちろん、おやじギャグを地で行く一人でもある。


「信雄さん、春香はまだ今の病棟へ配属になったばかりよ、そういうのって時間がかかるの、なれっていうか経験が必要だわ」


「そうかもしれんな、でも、かえでは始めから上手くやってたような記憶が……」


「そうですか、信雄さんがそう思うのなら、そうなんでしょうね。春香、お夕飯、もうすぐなんだけど、どうする」


 なれというか、信雄自身の女性に対する半ば呆れた行動の末に、楓とはひと悶着あったが、それがもとで二人は結ばれたのであった。この他愛もない夫婦の会話にじれている春香は、とくにシャレッ気の無い上着を脱ぎ、すでに手に提げていた。


「ごめん、ちいちゃん、シャワー浴びたら約束があるの、おへやへ持ってきて、じゃあ、急ぐんでよろお」


「またか、行儀が悪いぞ。しかし、なんで母親の楓が『ちいちゃん』になるんだ、わけわからん」


「またかって、あれ、パパッチが教えてくれたんじゃん、ね・と・げ」


 春香は、バタバタとけたたましい音を立てて、浴室へ急いだ。


「ちいちゃんの件は無視かよ、それとパパッチとか、パパラッチかよ」


 返事は帰ってこない、すでにガラッと浴室の扉を開ける音が聞こえていた。


「しかたないでしょ、若い子は自分たちの文化を作り上げていくもの、 特に言葉はね、若い子たちが過ごした青春時代の象徴なのですわ。それと、あまり過保護に付きまとったりするから、パパッチなんて言われるのよ」


 パパッチとはよく言ったもんだ、まあストオ君(ストーカー)よりややましかもしれん。キッチンで忙し気にしながらも、会話を続ける母楓であった。


「言葉は時代の象徴か、かもしれんな『俺の怒りが有頂天』なんて今は言わんしな。で、やっぱりパパラッチかれ来てるんかあ~い」


「らしいわね、それと有頂天とか何言ってるの、あのころだって、オフでは言わなかったでしょ。『俺の怒りが有頂天』なんて誰が証拠ですか」


「おまえも、ブ○ント語いけてるやないかあ~い」


 妻の楓は、キッチンの蛇口をひねり、聞いてなさそうなそぶりを見せた。


「ところで信雄さん、こんなの届いてましたけど、お仕事関係かしら」


 いつものそこよと、目くばせする愛妻に、ちょいとまんざらでもない意思(医師)の信雄。すまない、ちょいと親父ギャグ言いたかっただけだ。


「どれ、なになに『新規開発中ベータテステー当選のお知らせ、戦国を潜り抜けろ』……。仕事?(ぎくっ)まあ、そんなところかな」


戦国のところでえトーンダウンして、きょどる信雄に妻楓は探りを入れた。


「信雄さん最近、ネットでの医療活動に興味ありましたもんね、その関係かしら」


「ああ、サイバードクターっていう、仮想空間で開業する感じのやつでな、そのテストかもしれんな」


「そうなの、でもその案内何かの間違いかしら、 戦国とか書いてありましたわ」


 妻の楓は、キッチンで手を動かしながらも、夫の顔色を診断していた。


「ああ! これは間違いだな、どこでわしの情報ゲットしたんだろお」


 どうやら楓にはバレバレのようだ、そんな信雄にたたみかけた。


「あらそうなの、なら処分しておきますわ」


「いやあ、せっかくだから、ほら、あれだ、春香なら興味あるかもしれんぞ」


「あなたさっき、春香にまたかって言ってたでしょ。それって、またゲームに夢中になっているのかって意味ですよね、まあ、仕方ないですわね、そもそもゲームが数少ない父娘のコミュニケーションですからね」


「そ、そうだな、だが最近、かまってあげられんのじゃよ」


「かまってもらえないの、ま、ち、が、い、デス」


 こんな会話をよそに、浴室から戻った春香は、タオルで頭をガシガシしながら自室へ駆け上がって行くところだった。


「春ちゃん、夕ご飯できたから持っていくわね~」


「は~い」


 だが、返事は扉を閉じる音に、かき消されるのであった。

 そして、急いでPCを立ち上げ、お気に入りのネトゲを立ち上げた。


「え! まじで緊急メンテ! きいてないよ。ったくまたかよ。おしだ~」


 そこへ、母楓が夕ご飯を乗せたトレイを抱えて階段をあがり、春香の部屋までやって来た。


「春ちゃん、はいお夕飯、あれ、どうしたん、むくれちゃって、なんか叫んでましたけど、彼氏?」


「そんなもんいるわけねえだろ、こちとら仕事と趣味で充填率200ぱあなんだよ」


 何を充填したのか分からない、おそらく仕事と趣味への情熱で目いっぱいだから、他は目に入らないって意味だろう、これも若者言葉だろうか。


「そんな話かたって、いまはやってんの?」


「ちげ~よ、男キャラになるときあっから、つい怒りが有頂天になっちゃってさ」


「そうなの、お仕事でそんなの言ったらだめよ」


 有頂天なんて言葉を使う娘春香に、目を丸めて驚くが、父から娘へ伝染を思い浮かべ、何故かそのほほえましさに納得する母楓であった。


「いうわけねえじゃん、(あの禿にはいってやりてえが)。ところでちいちゃん、それなあに?」


「信雄さん宛にきたんですけど、仕事には無関係のDM《ダイレクトメール》みたい」


「へええ、見せて」


「はい、どうぞ」


 昭和の時代、TVを見ながらの食事は、非常に行儀の悪いものとされていたが、いまはその悪習慣はなくなった。いや違う、TVからパソコンやスマフォの画面に変わっただけだ。口をもぐもぐさせながら、封筒を開ける春香の顔を、叱りもせずにのぞき込む母楓。もの分かりのいい母というか、同類だったからというか、何とも言えない光景である。


「なんか、ベータテスター当選ってあるじゃん、 しかもラウンドエックス期待の新作」


「どうせ、ただの宣伝活動でしょ」


「ちがうっしょ、(いや、まてよ、これおもろそおだお) あ! やっぱちいちゃんのいう通りだわ」


「春ちゃん、そういうのってあるあるだから、ていのいい詐欺じゃなければいいわね」


「そうそう、フルダイブ体験型ってあるからな、しかもラウドエックスて何よ、パクリかよ、だまされるとこだった」


 春香は『エックス』をわざと『エックス』と間違えて読みあげた。


「それじゃあ、信雄さんには、春香は興味ないみたいって言っとくわ、夕ご飯食べ終わたら、お片づけはやっといてよ」


「わかた~」


 DMを詳しく見始める春香。


「なになに、ご当選おめでとうございます……。初回ログインには、フルダイブ同期テストが必要になりますので、○月○日下記の開発センター窓口までお越しください。」


 ネトゲのゲームメンテナンス中の画面をよそに、つぶやき続ける春香。


「え! まじで。《同期テストは二泊三日を予定しておりますが、宿泊お食事等期間中の食住は、無償にてご提供を予定しておりますので、ご安心ください。ご都合がつかない方は、○月□日までにお知らせくださるようお願いいたします。》か」


「二泊三日どおしよお(汗)、そおだ、有給だ。つっても都合よく取れるとは限らないしな、とりあえず、寝よう」


 ワクテカが止まらない春香は、最近はやりの眠れるLo-fi BGMでも聞いてみることにした。


 すると、何時しか夢の中。


「植杉さん、やめてください」


「春ちゃん、お願いちょっと腰が痛いんじゃ、看護しとくれよ」


「腰が痛いって、痛いって人がそんなかっこしたら、もっとでしょ」


「そんな事いわんと頼む、これも仕事じゃろ、ちゃあうんかいな」


「やめてえええ~~~~」


 悲鳴と共に床にしゃがみ込む春香、そして駆けつける職員たちに、担ぎ出されるように病室を後にした、そして、ここはナースステーション。


「春ちゃんどうしたの? 少し休暇戴いた方が良いかもね、休み明けには植杉様の担当も変えときますから、その方が良いわ」


 がばっと起き上がる春香。


「これだ!・・・」


 そして、場面はその日の夕方。


「春ちゃん病院から連絡があったわよ、大丈夫?」


「うん、なんとか……。それと、二泊三日のカウンセリングも申し込んでくれたの。ちょうど病院に、施設から宣伝のためって無料券が送られて来たんだって。」


 何とも都合の良い無料券であるが、この作り話と病気を装う演技に、春香の人生がかかっている……、はずがないが、そう言うことにしておきましょう。


「あら、急な話ね。でも今は、そんなサポートまでしてくれるんだ、よかったわね」


「そか、ちいちゃんの頃ってなかったのか、それとカウンセリングの間は就業扱いでいいって言うし、病院も一石二鳥なんだって」


「至れり尽くせりね、でも何で急に、こんなことになったのかしら」


「それは、たまたま、たまってたのかも、ストレス」


 都合のいいストレスである、しかも元気そう。


「そうかもね、ママは春ちゃんの味方だからね」


 味方とは、母楓はすべてお見通しだ、とも取れそうだが……


「ありがとう、ちいちゃん」


 やはり、母楓は仮病であることに気付いているのであろう、なんだか生暖かい目で娘春香を見つめるのであった。こうして春香は、ベータテストへ参加するため、開発センターへ向かう事になるのであるが……


 場面は翌日となり、春香はテスト期間中の重要事項を見直していた。


「ええと、食糧はセンターが用意だし、着替えとかタオルとか身の回り品でOKと、うん?……」


「なになに《同期テストには、テストサーバーに実際ログインするため、IDとパスワードが必要ですが、テストお申込みいただきましたものをご利用ください。》か」


そして、以下の文面に至りました。


ID   :h4ruk4

Password:********


「IDは前と同じっぽいけど、パスワードのとこ星印じゃん、どおしよお・・・」


つづく

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