第2話

そこにいた美しい女性に思わず目を奪われた。その髪は、さっきまでいた地獄で見た薄気味悪い赤い空の色とは違って、ずっと鮮やかで燃える炎のような色をしていた。美しい髪は腰まで長く、キラキラと輝くようにツヤがあって、まるでゲームの世界から抜け出てきたような姿をしていた。ここまでの道中、険しい道もあったのに、よくそんなに綺麗に保てるものだな、と感心すらしてしまった。身につけていたマントの下からは、目を引くような凝ったデザインのブーツがチラチラと見えていた。赤い色とそのブーツは彼女のトレードマークとでも言わんばかり、こんなデザインしようと思っても、俺にはできっこないだろう。


「……俺はこの人生を、いや、この『死後の世界』をまっとうするんだ」

と自分に言い聞かせ、さっと赤い彼女が歩く列の中に入った。彼女の近くにはちょっとした隙間ができていたので、うまく紛れ込むことができたのだ。


するとすぐに彼女が俺の方を見、眉をひそめたように見えたが、俺が話しかけようと思った瞬間に前を向いてしまった。今は話なんてしている場合じゃないのかもしれない。


隊列の行進は葬式のようにシーンと静まりかえっていた。誰も言葉ひとつ発しなかったが、そこにいる誰もがどこに向かっているかすでにわかっているように、ひとつの方向へと進んでいた。誰ひとり隊列から外れることなく、みんなが同じ目的地を目指していた。


俺たちは森を抜け、無数のたいまつに囲まれた広場にたどり着いた。たいまつの火は、青白かった。丸く形作られた広場の上には小さなステージがあり、その前には竹刀のような棒がたくさん入っている箱がこれでもかというくらいに置いてあった。


奇妙だった。なぜって、こんな死後の世界の姿を聞いたことがなかったからだ。でも、ここには俺と同じことを感じているやつはひとりもいないらしい。誰もがこれを普通だとでもいうような顔をしていた。誰ひとりひそひそ話なんかせず、皆、そのステージの方を真っ直ぐに見つめていた。サァっと静かに吹く風の音の方がうるさいくらいだった。


俺が感じている戸惑いを赤い彼女も感じてはいないかと、期待しながらチラリと彼女の方に目を向けた。彼女は顔色ひとつ変えずに口を一文字に結んでいたが、指が小刻みに動いていた。俺も経験したことがあるけれども、プレッシャーとストレスを感じているかのように、親指と人差し指をずっとこすり合わせ続けていた。


これって、そんなにも神経質にさせられるものなんだろうか?


突然風が強まり始め、群衆から悲鳴のような高揚した声が上がった。俺の横にいた彼女もジャンプをしたが、バランスを崩し、俺の上へ倒れ込んできた。さっと手を上に伸ばし、彼女を受け止めた。


「ご、ごめんなさい」

彼女は言ったが、その瞳はまるでエメラルドのように美しい緑色をしていて――俺は息を呑んだ。


「だ、大丈夫」

俺は返事をし、彼女が体勢を直すやいなや、手をぱっと離した。彼女の頬や肌の柔らかさにドキドキとしてしまい、彼女をぼうっと見つめていると――


「ゴホンッ」

彼女は咳払いをひとつした。それから、ステージを見ろと言わんばかりに頭をそちらの方に何度か傾けた。俺のことは見ないようにしているようだった。


「あぁ、ごめん」

俺は小さな声で呟き、前を向いた。

「あれはなんだ……ゆ、幽霊?」


ステージの上では黒い霧が渦を巻き、その中から闇夜のように黒いダスターコートとシャツに身を包んだ顔色の悪い男が現れた。彼の髪には銀か何かの髪飾りがつけられ、俺のいるところからでも、彼がこの場を取り仕切っているのは一目瞭然だった。


「『周期の有望者』たちよ、聖なる第一の階層にようこそ」


この男の一言で呼吸もできなくなったように、ここにいる大勢のものたちが、ごくり、と固唾を呑んでいるのを感じた。


俺は、彼をじっと見つめ動向を伺いながらも、

(俺もこんなふうに仰ぎ見られながらみんなの前に立てる男だったら……)

なんて思っていた。


「私が死の領域の第四室の卿である、スタグネーション卿である」


この宣誓を聞くや否や、何人かがボソボソと言葉を発したのが、どこからか聞こえた。


(……スタグネーション卿だって? 死後の世界ってもっと神聖な感じじゃなかったのか?)


「君たち全員は有望者である。人間界での危機を自ら勇敢に受け入れ、君たちの世界を取り巻く一部である『死の領域』の最果ての地『フリンジワイルド』 にやってきたのだ。若者たちよ、恐れることはない」


(ちょっと待て、何を言っている? 俺は確かに『人間界』で起きた危険を受け入れた、でもここに来たいからそうしたわけじゃない)


「もしもフリンジワイルドに存在できる権利を破棄し、我が家へ帰りたいと思う者がいれば、手を挙げていただきたい。私は家に帰りたいと願う者を、瞬時に家までテレポートさせることができる。今ここで手を挙げなければ、家に帰る最後のチャンスを逃し、第一の階層が、本当に……始まってしまうぞ」


俺は辺りを見回した――誰ひとり手を挙げる者はいなかった。俺だってあの地獄に戻りたいとは思わない、だから手を挙げたいなんて思わなかった。誰か戻りたいやつなんかいるのだろうか――戻ったところで生き残るなんてできっこないというのに。


「大変よろしい。ここにいる960人、脱落者はひとりもなしだ。覚えておこう。 『証明』の失効はなし、と」


(『証明』? 『証明』ってなんだ?)


彼はうやうやしくこう続けた。

「よし、優等生の団体だな。死の領域は心から君たちをお迎えしよう」

だが、お世辞にも心からそう思い言っているようには見えなかった。

「『再生の周期』の第一の階層が『幕を開けた』こと、しかと覚えておくがよい。有望者は死の領域の支配下に置かれたフリンジワイルドに挑戦してもらう。そこで、君たちは第一の階層が終わるまで力を集め、その後人間界に戻ることが可能となる。君たちが集めたものや新しく身につけた力を世界に解き放つがよい」


彼がそう言うと、群衆からは絶叫のような興奮の声が上がった。乱れ聞こえる歓声に混じり、彼は続けた。


「この挑戦は簡単なものではない。君たちすべてが成功を収め、元の世界に戻れるわけではないと断言しておこう。しかし、私は君たちが第一の階層で素晴らしい成果を収めることを願っている」


(……何? 何だって、みんなが成功するわけじゃない、どういうことだ……?)


「さぁ、君たちをお出迎えする贈り物を届けてやろう――」


「つまらん!」


怒号のような野次が突然響いた。皆すくみあがったが、群衆の感じた恐怖は瞬時にその声の主への畏敬の念へと変わった。声の主はどこかと、誰もが必死な形相で周囲をキョロキョロと見回し始めた。


「千年の時を経て第一の階層が再び始まるっていうのに、お通夜でも始めるつもりかぁ?!」


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