アンプレセデンテッド・プロスペクト : 前例なき者 〜異世界・死のゲームサバイバル〜

@Rise_Guz

第1話

(この世に生を受け、その炎が燃え尽きるまで──人は生を追い求める。しかし、瞬きをしている内に、その燃え立つ命がどこを目指しているのかわからなくなる時がある。俺の炎、ブレア・ブラッケンスキフの命の火──俺は完全にその明かりを見失っていた)

「止まらないで、走って!止まっちゃだめ!」

誰かが叫んでいる声が聞こえた。死にたくない、と必死で生をもがき取ろうとしている母親らしき女性の声だ。

(瞬きをしている内に、出口があるのかないのかわからない人生の迷宮に入ってしまうことがある。人生すべてが暗闇と化す。俺は恐怖を感じ、不安にかられて、勇気が出ずに……何度も何度も瞬きばかりして……その先を見るのを拒み続けていた)

「だめぇぇぇ!」

(これまでの人生が一気に走馬灯のように脳裏に浮かび上がった。俺はずっと、ひとまずどこかに落ち着き、安定している良い仕事にでもついて、とりあえず頑張っときゃいい、と自分に言い聞かせてきた。大したことをしなくても、へつらっておけば金だって入ってくるし、そのうち結婚して家族もできて、好きなように暮らせるようになる、って)

「お母さん! 助けて!」

(希望を捨てていたわけじゃない。未来には『今日よりも良い明日』があるのだと考えてきた。けれど、瞬きした後には、頭上には血の色をした空が広がっていて、街も見る影なく破壊されつくしていた。疎ましき『アボミネーション』、すなわち『忌まわしきもの』が街中にウロウロしていた。俺の人生にいいことなんてないと思っていたけれど、この地獄に住まう恐ろしきものから奇妙な病気を移されてしまった時に、俺の人生は本当に地の底に落とされてしまった)

(もう、俺には未来なんてない)

「お母さん!」

「だめよ! だめ! お願い、誰か! こうするしかないの、わかってちょうだい!」

もう俺には明るい未来なんてなかった。人生の負け犬として生きるしかない。でもあの娘はどうなる? 瓦礫に足を挟まれ動けず、ただ叫び続けるしかできないあの少女はどうなる?


底無しの胃袋を持つ、恐ろしい巨大なカバのような姿をした妖獣ベヒーモスに似たアボミネーションが、まるで獲物を見つけたかのように少女に向かい猛進していった。あの娘は俺と違って、希望ある未来を迎えるチャンスがあった──俺たち人間がアボミネーションを負かし、奴らを殺してしまえば──あの娘には、まだ、チャンスがある!

俺は一目散に少女の元へ駆けつけた。


「どうして?! 殺されるのに!」


彼女が真っ直ぐな瞳で俺を見つめ聞いてきた。


(どうせゲームオーバーだ。これは俺にとっての正しい選択だ。命を無駄にするのだとしても、もうどうでもいいじゃないか?)


「逃げて、お願い、逃げて!」


「君を助ける」


俺はにっこりと微笑んだ。


「だから、君が逃げるんだ」


俺はアドレナリン全開で筋力を奮い立たせ、彼女の足を挟めていた瓦礫を取り除き、どうにか彼女を救出した。


(ああ、よかった、彼女が命を落とさずに済んで……)


わずか数秒後、モンスターが俺の眼前にズンと立ちはだかった。泥のような色をした毛に覆われたどでかい雄牛には、黒曜石のようにぎらりと光る漆黒のツノが生え、その臀部にはグニャグニャとしたタコのような触手が無数に伸びていた。

(ああ、もっと始めから勇気を出せていたら……)


俺はこれから俺にやってくるものを受け入れるように腕を広げた。


(もっと……違う人生を送れていただろうな……もう手遅れだ)

巨大な牛は俺に真っ直ぐ猛進し、ズドンとツノが俺の背中まで一気に刺さった。しかし、ツノが俺の心臓をひと突きしたなんて感じなかった。崩れ落ちた高層ビルの瓦礫を背にした俺に牛がまっすぐ突っ込んできた時、あの鋭利なツノが俺の胸を貫通したなんて感じなかった。ヤツのツノで串刺しにされたのに、本当に、死んだなんて感じなかった。


(痛くもない)


俺はそっと目を閉じ、最期の瞬きをした──そして、目を再び開くと──


「はぁっ?!」


思わずすっとんきょうな声を思わず上げてしまった。

なんだかおかしなことになっていた。この世の終わりのような地獄絵図の世界にはもういなかった。空は暗く、草木も生えてきそうにない不毛の大地には霧がかかり、薄気味悪く荒涼とした雰囲気が漂っていた。そう、俺はもう、あの壊し尽くされた街にはいなかった。


変わったことはないかと自分の衣服や身体に目をやった。


厚みのある中綿入りのカーゴパンツ、黒いジャケットに黒いTシャツ、ツールポケット付きのベルト。着ているものは何ひとつ、傷ひとつなくまったく変わっていなかった。胸をなで回して、貫通した穴があるか確認してみたが、驚くことに空いたはずの穴は見つからなかった。今度は夢ではないかと顔をピタピタと触り、頬をつねってみたけれど、ただ痛いだけだった。髪を引っ張ってまじまじと見てみたけれど、色も黒いままだった。もしかしたら天使の輪っかが頭の上に乗っているかもしれないと頭上を見回してみたけれど、そんなことはなかった。服と身体は元通りになった、でも、まだ俺はこの薄暗くジメジメとした気味の悪い場所にいる……あの世なんだろうか? 俺はどの道死んでしまったのではなかろうか?


「ふぅ……死後の世界か……素晴らしいお慰みじゃないか、なぁ?」


そう呟くと、四方を覆っている霧の内側の方から、ぼんやりとした青い光が見えた。無数の青い光はどこかへ向かっているように、同じ方向に動いていた。


「死んだ人が他にもたくさんいるんだろうな」


俺はポツリとつぶやいた。


青い光の方に行けばあの世の案内人がいるのではないかと期待しながら、光の方に近づいて行った。霧を抜け、泥道を歩き、茂みを越えると、光がある場所の手間にはベルベットのような厚みのある黒い葉に覆われた草むらだけが広がっていた。


「ええっ?」


思わず声を上げた。そこには確かに人がいた。しかし、勝手がなんだか違っている。甲冑を身につけている者、古代ローマの戦士のように肌が露わになった鎧を着ている者、マントに身を包んでいる者、キラキラと光り輝くローブを身にまとう者。彼らは列をなして、歩けば土ぼこりが立ちそうな道を下っていた。恐れや不安の色がにじみ出ている顔もあったが、異様に意気勇んだ面を下げている顔もあった。その中のひとりに、俺の目はハッと奪われた。


「うわぁ……」

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