第2話
『侑くん、毎日ちゃんと食べてる?』
『食べてるよ』
『本当に?』
『本当だって。ほら、見てよこの筋肉。婆ちゃんから送られてくるお米のおかげだよ』
『あら〜。嬉しいこと言ってくれるわね。また今年も貰ったとうもろこしを送ったからね』
『ありがと。今年の出来も良い?』
『今年のは粒が大きいの。だから、ビックリするくらいにサイズが大きい。豊ちゃんも言ってたけどすっごい大きい、あと食べ応えがある』
『ほぇ〜。それは楽しみだな』
『今年もお盆帰ってくる?』
『うん。婆ちゃんの家からでも指示は出せるから、帰っても問題ないはずだよ』
『それは楽しみ。このインターネットも便利なものよね〜。こんなに離れていても侑くんと話せるし——』
あぁ……幸せだ。この無限に話題を製造する婆ちゃんの会話能力の凄まじさよ。
一週間に一回連絡を取り合う約束をしたとはいえ、まるで一年会っていない彼女並みに次から次へと話題が出てくる。
今年の畑の様子。商店街で久しぶりに高校の友達に会ったこと。ご近所の集まりでプチケーキを作ったこと。とうもろこしなどなど。
『婆ちゃんばっか話してるね。侑くんも何かあった?』
『そうだね……』
かという俺の話題も、例えるなら機関銃のように口から放たれる。
食堂の新メニュー。開発途中のヒーロースーツ。庭で続けている家庭菜園。次の会議の話題になるブルーの隠し武器。合体ロボの設計図。
婆ちゃん相手だと無限に話せるのは俺も同じ。血のつながりを感じるなぁ。
『それで、ブルーのロボは鷹をイメージして、光学迷彩で姿が消えるように開発し——』
『すみませーん。宅配でーす』
しばらく話していると、途中で呼び鈴が鳴った。とうもろこしが届いたようだ。
引き出しを開け、ハンコを取り出す。婆ちゃんへの連絡は忘れずに。
『ごめん、ちょっと宅配来たから受け取ってくるね』
『別に気にしなくていいの。ほら、急がないと宅急便の人を待たせちゃうから』
パソコンのミュートボタンを押し、見えないようにハンコと白手袋を交換。
あれを婆ちゃんに見せるわけにはいかない。
それに、落とすために風呂に入っている時間もなさそうだしな。今回は時短だ。
「はい、すぐに出ます——」
扉を開く——腕がヌルヌルとした何かに掴まれ、家の中から外へと引き摺り出された。冷たいものが首に当たる感触。これはハサミか。
玄関の灯りの人感センサーが反応し、暗闇から二つの姿が浮かび上がる。
「動くな」
「騒げば殺すわよぉ?」
扉の向こうにいたのは二人の怪人。片方は蛸のようにモゾモゾと紫色の触手を動かし、俺の体を強く縛り付けている。
もう片方は両手両足がハサミでできていて、俺の命運を預かっている。
ハサミがクスクスと笑う。
「レッドやブルーは強敵。アタシみたいな下級怪人じゃ倒せない。でも、長官のアナタは話が違う」
「お前の話は聞いている。婆ちゃんが大好きな良い孫じゃねぇか。さっきの話し相手も」
「婆ちゃんだ」
ハサミの刃の距離が少し狭まり、首筋をつーっと血が流れた。
どうやら、俺が反応したことに動揺したらしい。こちらの生殺与奪を完全に掌握した故の油断だろう。
ハサミが少し声を荒げる。
「お、お前!怖くないのか!?」
「怖くないな。俺が死んだところでレッドやブルーが死ぬわけではない。それに、早く婆ちゃんの元へと戻りたい。お前たちと話している時間は無駄だ。その話は二度手間——っ!!」
体を締め付ける触手の力が強くなった。よく見ると、蛸怪人の頭が真っ赤になっている。
血走った目でこちらを睨みつけてくる。
「……なぁ、シザーよ。殺すなって話だったけど、流石にこれはいいんじゃねぇか?」
「あらぁ、アタシも同意見よ。こいつ、なんだか生意気だしぃ。気に入らないわ」
ハサミと蛸が笑い出す。俺も、今すぐに笑いたいのを必死に堪える。
これだから下級は挑発に乗りやすい。上級怪人は心を閉ざしているので、こちらの言葉が通じないからな。
頃合いも見て、俺も笑い出す。二人の視線が同時に当たるも関係なし。
「何が面白い」
「あらあらぁ?死にたいのかしらぁ?」
よし。挑発はここまで。あとは仕上げの言葉を紡いでいく。
「いや、お前たちがとても哀れだと思ってな。まるで、この場に俺一人しかいないような口ぶりだな」
「「まさかっ!」」
二人の視界が同時に後ろに移動。狙い通り。
全身に力を込め、締め付けている触手を引きちぎる。蛸怪人の振り返りと同時に拳を突き出し、真っ赤な茹蛸から血が噴き出す。
「……なによ、あんた」
「俺は荒木侑だ」
「そ、そんなの知ってるわ——」
腕のハサミの持ち手の部分を掴み、限界まで拡張して粉砕。
怪人が半歩後退りしたところで、右腕の付け根に肘打ち。完膚なきまでに破壊する。
「アァァッッ!!」
「ふんっ!!」
よろよろと片膝をついたところで、胸元を手動で貫通。ゴツゴツしたコアを破壊する。
ハサミ怪人はバラバラと崩れ、蛸怪人は頭蓋を破壊されて動く気配はなし。
不意打ちだったが、なんとか助かった。あとで掃除屋に連絡しよう。
「それよりも——」
家の中へと全力疾走。手袋を外し、血のついた服の上からジャンパーを装備。洗面台の鏡で返り血を確認——問題なし!
飛ぶように部屋をいどうし、ミュートボタンを解除する。
『婆ちゃん!ごめん、ちょっと遅くなった』
『あら、まだ三分しか経ってないわよ?そんなに急がなくても婆ちゃんは逃げないよ?』
『ははっ。それもそうだね』
この時間は大切にしたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます