ヒーロー長官はおばあちゃんっ子

@namari600

第1話

「急げ!事件現場まであと少し。今日こそ怪人が逃げ出す前にとっ捕まえるぞっ!!」

「おうっ!!」「分かったわっ!」


 赤、青、黄色のスーツを見に纏ったヒーローの連中がビル街を駆け抜けていく。

 見つかったらひとたまりもない。確実に殺されちまう。

 ……見つかったらの話だがな


『ケケケ……だぁれも俺様には気がつかない。いや、見えてないというべきかな?』


 路地裏のマンホールの蓋をどけ、俺様——怪人カメレオンは静かに行動を開始する。

 今のところ、作戦は順調に進んでいる。

 ここ数日の宝石店を狙った犯行のおかげで、奴らは俺様の狙いが宝石だと勘違いしている。

 姿の見えない犯人に、警察も市民の視線は各地の宝石店に釘付け。

 俺様の真の目的も知らずにな……。


「ママ〜、あれ何?」

『んなっ!?』

「ひぃっ!か、怪人!?」


 路地を出てすぐに子供と目が合った。このガキ、姿を消している俺をこうも簡単に見つけるなんて。侮れんな。

 驚いた母親はその場にヘナヘナと座り込み、俺様を指差してプルプルと震えている。

 今なら逃げれるか——考えるよりも先に体が動いた。もちろん姿をしっかり消して。


「か、怪人が逃げたぞ!」

「ヒーローは何をしているんだ!」

「誰だ!俺の新車を踏んだのは!」


 路地裏を出たらすぐに左へ直進。大通りをまっすぐ走り、突き当たりで右に曲がる。

 対向車線の車の屋根を踏み台にして、大きく跳躍。目的の施設が視界に——肩を軽くつつかれ、何も考えずに振り返る。


「よぉ」

『……よ、よぉっす……』


 後ろにいたのは燃えるように真っ赤な全身タイツ。中身はわからないが、相当キレていることは肌で感じる。冷や汗が止まらない。

 全身タイツ——ジャスティレッドが耳元を抑えた。

 

「長官、怪人を捕らえました。あとはこちらで処分します」

『お、おいっ!!』

「はい。はい。問題ありません。ははっ、逃げたらまた、長官が見つけてくれるじゃないですか。そもそも逃しませんけどね」

『ちょ、ちょ、ちょっと!少しは話を——』

「おい、黙れよ怪人。俺が長官と話してるのが聞こえねぇのか?」


 な、なんだこのふざけた馬鹿力……俺の頭が握りつぶされる。

 というか、なんで俺の姿が見えてやがる?

 俺の疑念をよそに、レッドは俺の体を空高くへとぶん投げた。

 ……まずい。空中だと技が避けられない。

 レッドの拳に闘気が集まってゆく。これは死んだな。涙は流れない。


「ジャスティス……パァァァァンチ!!!!」


 拳の形をした超巨大な闘気が怪人カメレオンの体を吹き飛ばした。


———

治安維持ヒーロージャスティス——司令室。

 ここは有事に備えて、二十四時間体制で怪人の発生を操作している公的機関だ。

 最前列の女性職員がマイク越しに叫ぶ。


「か、怪人反応が消失しました!」

「倒したのは誰だ?」

「レッドだ。あいつも普通に強いよな」

「でも、やっぱり一番の立役者は……」


 いくばくかの視線を感じる。気のせいだ。

 俺は全体連絡のボタンを押し、”長官専用”と書かれたマイクに口元を近づける。


『長官の荒木だ。周辺地域の安全が確認されるまで警戒は怠るな。ヒーローは本部へと帰還せよ。あとは警察に任せる』

『了解っ!!』


 ボタンを切り、”長官だから”と言う理由で無駄に凝った椅子に座る。

 横からコーヒーが差し出された。砂糖は無し。女性秘書官にきちんとお礼を述べる。


「ありがとう」

「い、いえ!長官こそお疲れ様でした。あの、一つ質問があるのですが……」


 時計を確認。今日は早めに退社する予定だが、まぁ少しくらいはいいだろう。

 美味いコーヒーを飲みながら、片手で親指を立てる。パァッと晴れたような笑顔。


「あ、あのっ!どうしてレッドは姿の見えない怪人を捉えることができたのでしょうか?」

「それ、私も気になってました」

「俺もっす」

「同じく」


 秘書官に続き、他の職員たちも興味ありげにこちらを見つめている。

 そっか。あのサポートプログラムはまだレッドにしか伝えていなかったな。

 俺はノートパソコンを開き、とあるファイルを各員に転送する。


「これは……っ!!」

「怪人反応を自動で追うプログラム!?」

「いつのまに……」


 仲間達がプログラムに夢中になっている間に、俺は荷物をまとめて司令室を退社する。

 今日は週に一度の木曜日。俺が最も楽しみにしている日。

 ダッシュで自宅に帰り、真っ先に確認した時計の針は六時五十九分と二十秒。

 自宅用のパソコンを開き、急いで遠隔会議ソフトを立ち上げる。パスコードは04735!

 頼む……間に合え……。時計の針が七時を告げる。画面に映し出されたのは


【会議に参加しますか?】


 神速の速さで『YES』を押す。真っ暗だった画面上に老婆の姿が映し出された。

 堪えていた感情が爆発。光を超える速度でマイクをオンにして声を入れる。


『婆ちゃん!』

『あ、繋がった〜。侑くん、婆ちゃんだよ。今週も元気にやっとるかい?』


 俺——治安維持ヒーロージャスティスの司令官の荒木侑(26)が生を実感する瞬間である。

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