第二十九話 最強のブレイバー②
「ボクの困り事は簡単だよ! キミの実力が知りたいんだ!」
と、そんなことを言ってくる少女。
彼女はいまでも太陽な笑顔で、愛くるしい表情を浮かべている……が、放ってくる圧がまるで別物。
飛鳥ともフェンリルとも違う。
それらを圧倒的に凌ぐ殺気、底の見えない実力の差。
見てわかる、肌で感じる。
目の前にいるこの少女は——。
「ん〜、もうちょっと手加減した方がいいかな? だからそんなに震えないで〜! あとあと……キミ、呼吸しないと死んじゃうよ?」
「っ!」
瞬間。
俺が呼吸をしていないのに気がついた。
目の前に倒れ込む寸前で、なんとか地面に手をつく。
そして思い切り空気を吸う。
「はぁ、はぁ……っ」
呼吸できなかった。
目の前の少女に飲まれて、恐ろしくて。
呼吸を含めて、動くことすら出来なかった。
だが。
このまま地面に手をついているわけにはいかない。
この少女が何者かは知らないが、ここまでしてくる以上、無抵抗でいるわけにはいかない。
俺はなんとか立ち上がり、両拳を構えて彼女を睨みつける。
「うんうん! いいね、キミ! 普通の人だと泡を吹いて気絶しちゃったりするだけど、ボクの気に当てられても動けるんだ、やっぱり面白い!」
「誰だよ、お前…..っ」
「ボク? そうだな…….キミの敵、とか?」
瞬間。
少女が消える。
「どこ——」
斬ッ!
聞こえてくる刃が空気を切り裂く音。
同時。
「んー、この速さにはついてこれないか……」
背後から聞こえてくる少女の声。
振り返るとそこに居たのは、血が滴る刀を持った少女。
そう、血だ。
誰の?
決まってる。
俺は咄嗟に斬られに違いない身体を確認するが——。
「あ、大丈夫大丈夫! 斬ったけど、切れてないから!」
「?」
「胴体を横一閃。真っ二つに斬ったけど、一定の速さを超えて斬ったからね! キミの身体は——キミの細胞は斬られたのに気が付かないで、すぐにくっついて治るから、安心していいよ……今みたいに!」
「何言ってるんだ、お前?」
「戻し斬りってやつ? ボク、あんまり詳しくないから知らないけど。ボクの剣術は我流だしね……たはは〜」
「さっきから何なんだ!? こんなところで刀を振り回して、俺は襲われる心当たりもないんだ——」
「剣聖、朱奈めぐる——参る」
「っ!?」
剣聖って!?
っていうか、問答無用かよ!!
などなど。
俺がそんなことを考えている間にも、再び消える少女。
同時、俺は両足の力を一気に抜き、身体を限界まで地面近くまで伏せる。
瞬間。
斬ッ!
俺のすぐ上を死の風が通り抜ける。
そして背後から聞こえてくるのは。
「避けた! さっきより遅くしたけど、これを避けられるんだ! すごい! やっぱりキミは将来有望だ!」
「っ! どうして速いやつはみんな、後ろを取るのが好きなんだ、よ!!」
俺はいつかクレハにやったように伏せた体勢のまま、めぐるの胴体目掛けて全力で後ろ蹴り上げをする。
ドッ!
と、俺の蹴りはクリーンヒット。
めぐるは腹を抑えてよろめく。
俺はその隙に立ち上がり、彼女から離れながら体勢を整え——。
トンッ。
背中に何かが、おそらくは刀の柄が当たる感覚。
めぐるはまだ俺の目の前に、腹を抑えてうずくまっている。
ならば後ろに居るのはいったい。
いずれにしろ、圧倒的な殺意のせいで動けない。
「動けば斬る、呼吸しても斬る、何をしても斬〜る……なんちゃって!」
背後から聞こえてきたのはめぐるの声。
あり得ない。
だってめぐるは今も俺の目の前にいる。
じゃあこの後ろにいるめぐるは——。
「キミが見ているのはボクの気だ」
「お前の、気?」
「簡単だよ。ボクの中をめぐる気を、殺気を、その全てを固めて置いてきた。キミの五感はそれをボクと誤認してるんだよ」
「そんなこと、できるわけが」
「大丈夫。キミもできるようになる。そして見てごらん……目の前の偽のボクを」
「?」
「目で見るんじゃない。集中して……五感を個別に使わないで、その全てを使って見るんだ」
「意味が——」
「大丈夫、キミならできるよ」
後ろから手を回し、俺の頬を触ってくるめぐる。
彼女は優しく俺の顔を動かし、目の前の偽のめぐるへと俺の視線を戻す。
いつの間にか、背後から放たれる殺意が消えている。
感じるのはただ、俺を導こうとする慈しみのみ。
めぐるが言うことはよくわからないが、とりあえずやるだけはやってみるか。
と、俺は五感全てを使って目の前の偽めぐるを見る。
目だけではない。
肌で耳で、身体の全てに感覚を集中させる。
今までは目だけで世界を見ていた。
目や気配、個別のそれらだけに頼らないで見る。五感全てを同時に使って見る……きっとめぐるが言っているのはそういうことだ。
「ほら、できた。キミはやっぱり期待通りだ……偉いね」
めぐるのそんな声と同時。
目の前の偽のめぐるが消える。
「あ、ぁああああああああっ!!」
「!?」
俺はめぐるの唐突な叫び声に驚き、咄嗟に彼女から離れて振り返る。
すると。
「ボクとしたことが失敗した! すごい事を発見しちゃった!」
「すごい、こと?」
「ボク、さっき言ったよね!? 『ボクの中をめぐる気を、殺気を、その全てを固めて置いてきた』って!」
「あ、あぁ……言ってたけどそれがどうした?」
「『ボクの中をめぐる気を、殺気を、その全てを固めて置いてきた……めぐるだけに!』って言えば良かったぁあああああああ!!」
「……」
なるほど。
こいつアホだ。
なんでこんな場所で、いきなり俺に襲いかかってきたかわかった。
アホだからだ。
人気がないから良かったものの、多分めぐるはここで刀を抜くリスクを考えていなかったのだ。
俺に襲いかかったのは純粋に、俺の実力を試したかっただけ。
だから途中からは俺を導こうとした——俺を強くしたいと思ったから。
要するに剣聖、朱奈めぐる。
彼女はノンストップアホだ。
思った事を即座に実行せずにはいられない。
そのリスクのことを特に考えずに。
もう一度言おう。
「ただのアホだな、こいつ」
「あ〜! ボクのことアホって言った!!」
しまった。
うっかり口に出してしまった。
「まぁいいけど! 色々な人にもよく言われるし! なんだかボクKY?みたいななんだよね!」
「自覚あんのかよ……」
「うん、あるよ! でもボクはボクが楽しいことを最優先にしたいんだ! だからキミと何としても手合わせしてみたかったんだ! 期待の新人——ボク以来最短で隊長になった渋谷琥太郎くんとね!」
「で、手も足も出なかったわけだけど……剣聖、朱奈めぐるとしては満足いただけたのか?」
「むぅ、なんか嫌味っぽいなぁ」
「いや、いきなり襲われたら嫌味っぽくもなるだろ!!」
「あははっ! そうだね、ごめんね! これからは気をつけるよ……あ、そうだ! お詫びに『なんでもしてあげる』券を発行してあげるよ!」
「あのな……」
「なんでもだよ。ボクは約束は守る——キミの実力はそれに足るものだった。覚者でもないのにその身体能力……ボクと同じだね!」
そうだ。
そうだった。
剣聖は覚者ではない。
ただの人間。
その事実を思い出してゾッとする。
ただの人間がレベル20の俺を圧倒したのだ。
『比翼連理』のバフがなかったとはいえ……いや、あったとしても確実に勝てなかった。
なんせ。
朱奈めぐるから放たれた圧は、飛鳥もフェンリルをも完全に凌駕していたのだから。
などなど、俺がそんなことを考えていると。
「でも本当にゴメンね! ボクと似たようなブレイバーはずっと居なかったからさ、すっごく嬉しかったんだ! ボクと同じ、覚者じゃないただの人間なのに強い……そんな存在に会えて! だから我慢できなくて…..たははっ」
と、申し訳なさそうに笑うめぐる。
同時、俺は申し訳なくなった。
俺の強さはめぐるとは違う。
自力であって自力ではない。
レベルというバフあってこそのものだからだ。
故になんだか嘘を吐いてるような気がして——。
「改めて! ボクは剣聖、朱奈めぐる! 今日からブレイバー協会南大沢支部で、働くことになったからよろしく!」
「新顔ってお前のことだったのか。そうか、ならよろしく頼む。改めて、俺は渋谷琥太郎——ブレイバー協会南大沢支部、渋谷隊の隊長だ」
「うんうん、よろしく頼むよ相棒!」
「相棒?」
「ありゃ? お姉ちゃんから聞いてないのかい?」
なんだろ。
なんだかものすごく嫌な予感がする。
「今日からキミの隊に所属して、代理隊長としてキミをサポートすることになってるんだ〜!」
「なん、だと……」
「色々教えてあげるから頑張りたまえよ、新人くん!」
言って、手を差し出してくるめぐる。
俺はその手をとりあえず握り返す。
そしてその瞬間。
「ところで、ここどこ? いやぁ、強そうな気を追ってきたら迷子になっちゃった! ブレイバー協会まで連れてって〜……たははっ」
「…….一般常識とか、空気の読み方とか含めて色々教えてやるから、一緒に頑張っていこうな」
「どういう意味だよ〜!!」
こうして。
俺たちの新しい戦いの日々が、緩やかに幕を開くのだった。
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