第十九話 隊長格の力③

「琥太郎、もっと急ぐし!!」


「わかってる! これでも全速力だよ!」


 俺は前を走る飛鳥を追って、ペース配分など考えずにひたすらに全力疾走。

 現在、俺と飛鳥がこうして走っている理由は簡単だ。


 数分前、街に鳴り響いた警報。


 あれがどんな物かは、日本に暮らす人なら全員が知っている。

 それは。


 魔物の侵入。


 現代において、日本は街ごとに壁を築いて魔物から身を守っている。

 それでも魔物の侵入はあるのだ。

 下水道から、空から……そしてごく稀だが、壁を破壊しての侵入すらある。


 実際、俺達が暮らしている隣の駅——多摩境はそれで壊滅したのは有名な話だ。

 下水道から侵入した魔物が、街の中に隠れすみ増殖……いっきに襲いかかってきたのだ。

 生き残りは二人のみ。

 ブレイバー含めて多摩境の住民は、ほぼ皆殺しにされた。


 だから今回はまだいい。

 侵入の警報が鳴るということは、侵入を発見できたということなのだから。


「報告によるとここ! ここを曲がった先らすぐにある空き地だし!!」


 そしてそこにそれは居た。


 真っ黒い体。

 角に鋭い爪を持った、まるで漫画に出てくる悪魔のような見た目。


「デーモンっ!」


 まずい。

 デーモンはかなり上位の魔物だ。

 俺がこれまで戦ってきた魔物なんかとは、まったく次元が違う。


「gyyyyyyyyyy!」


 と、嫌な声を立てながらこちらを見つめてくるデーモン。

 瞬間、俺は理解してしまう。


 勝てない。


 今の俺では勝てない。

 例えば天音の『比翼連理』を使用したとしても。

 今すぐに逃げないと殺される、本能がそう訴えている。

 情けないことに足がすくんで——。


「琥太郎、大丈夫……あんたのことはうちが守るし♪」


「いや無理だ、一旦引いて他のブレイバーの到着を待った方がいい! デーモンの強さがわからないのか!? 戦えば飛鳥だってただでは——」


「は? わからないの? あんたの隊長であるうちの強さが」


「っ」


「安心するし! うちがいる限り、部下は何があっても死なせない……だから琥太郎は安心して見てるし! これからあんたが目指すべき、真の強者ってやつの姿を♪」


 直後。

 デーモンは背中から翼を生やし、天高く飛び上がる。

 しかも、やつの行動はそれだけで終わらない。


「魔法陣!? あいつ、こっちの攻撃が届かないところから攻撃する気だ!」


「ん〜、めんどくさいなぁ。かっこいいとこ沢山見せたかったんだけど、これだと使うしかないし……はぁ、テンション下がるわぁ」


 と、俺の言葉に対しすっごく鬱々とした様子で、そんなことを一人呟く飛鳥。

 彼女は手を前へと翳し。


「来い『グラビティコア』!」


 それは身の丈を超えるほどの大斧。

 大の大人でも、数人がかりでやっと持ち上げられそうな鉄塊。


 それを飛鳥は片手で持ち上げる。

 そして。


「堕ちろ」


 そんな飛鳥の言葉と共に。

 ズンッと、周囲の空気が変わる。

 直後。


 べキャッ。


 まるで肉が高いところから落ちたような、そんな不快極まりない音。

 いったい何が起きたのか。

 俺がそんなことを考えていると、ソレは視界に入ってきた。


 全身真っ黒。

 凶悪な角と爪、そして背中から生えた翼。

 そんな生物が飛鳥の前に這いつくばり、ピクピクと震えている。


「……え?」


 待て。

 理解が追いつかない。

 どういことだ。


「はい、終了♪」


「え、いや…….は?」


「え? あ、ほんとだし! こいつまだ生きてるし! やだぁ、キモ〜イ! とどめ刺すし!」


 言って、飛鳥は大斧をデーモンの方へとかざす。

 その直後。


「gy、gy、goooogaaaaaaa!!」


 と、うめき出すデーモン。

 わからない、いったい何が起きてるのか全くわからない。

 わかることは一つ、飛鳥がこのデーモンに何かをしているという、アホでもわかる事実の——。


「重力操作♪」


「え?」


「うちのスキル『グラビティコア』によって召喚されたこの大斧の能力は、周囲の重力をうちの好きなように弄り回せることだし♪」


「なっ!?」


「重力反転させて、空の彼方まで打ち上げたり、対象の背後に重力点を発生させて吹き飛ばしたり……あとは単純に」


 にこっと、最大級の笑みを浮かべてくる飛鳥。

 彼女はそのまま、デーモンの方へと視線を移して。


「選択した対象にかかる重力を何十倍まで高める、とか♪」


 メキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキッ!


 プチュ。


「はぁ、あっけなさすぎだし! 今は琥太郎にうちの強さを見せたかったんだけど、飛ばれるとこうするしかないから困るし……ほら、隊長がどの程度の強さを持っているのか、ちゃんと隊員には見せておくべで——」


 と、何やら喋っている飛鳥。

 いや。


 強さを見せたかった?

 冗談じゃない。

 もう十分に見せてもらった。

 むしろ魅せられた。


 圧倒的だ。

 竜宮飛鳥はまさしく隊長格たる強さ。

 俺と戦った時、いったいどれだけ手加減していたのか。

 どれだけ内に秘める闘気を抑えていたのか。


 なりたい。

 こんなブレイバーに。

 いつかこれほどの強さを手に入れたい。

 それで天音を守って、両親の仇を……魔王を討ち取りたい。


「なにボーっとしてるし?」


 と、俺の思考を裂くように聞こえてくる飛鳥の声。

 気がつくと、彼女は『グラビティコア』をすでに消し、ひょこりと首を傾げながら言ってくる。


「あ、ひょっとして〜……うちに惚れちゃった? まぁあんたは見込みある方だし、うちに惚れる権利くらいは——」


「惚れたよ、俺はお前に完全に惚れた」


「!?」


 そうだ。

 その言葉が正確だ。

 決して色恋的な意味ではない。

 俺は竜宮飛鳥の強さに惚れた。

 羨望、憧れ、いつかこうなりたい。

 竜宮飛鳥は今この瞬間、俺の目標になったのだ。


「え、あ……う、うちに惚れたって、その……え、ほんと、に?」


 と、何やら視線をきょどきょど落ち着かない様子の飛鳥。

 顔も赤いし何やらおかしい。


「っ!!」


 まさか毒か!?

 デーモンには毒がある種類も居ると聞いたことがる。

 飛鳥は圧勝したが、腐っても相手はデーモン。

 死に際に飛鳥へと何かした可能性もある。

 となればまずい、とりあえず飛鳥の体に傷口があるか探さなければ!


「飛鳥、動かないで!」


「え、ひゃ!?」


 と、妙な声を出す飛鳥。

 しかし、俺はそんな飛鳥を無視して、彼女の全身を舐め回すように目と手でチェックしていく。


「こ、琥太郎ダメ、ダメ……だしっ! う、うちに惚れたからって……こ、こんなことしていいの、結婚してからだけ、でっ」


 よし!

 保険の授業で習った知識だけど、見た範囲と触った範囲では魔物による攻撃の痕はない。

 だがこうなると逆にわからない。

 飛鳥はどうして様子がおかしいのか。


「飛鳥、ちょっといい?」


「あ、あぅ……..」


 と、呆然としている飛鳥を無視。

 俺は彼女の額へと自らの額をつける。

 

 なるほど。

 熱があるわけでもないようだ。

 ならばいったいこれは——。


「お、男の子に触られ……それにこんな、至近距離っ。う、うち初め……て、なのに」


 と、なにやら小声でボソボソ呟いている飛鳥。

 意識はしっかりしているので、そこまで深刻な事態ではないと思いたいが。

 俺は額を離して、飛鳥へと言う。


「一応病院に行こう、飛鳥が心配だ!」


「びょ、病院? ど、どういうことだし!? え、うちってひょっとして今のでに、妊娠……した、ってこと? そ、それにうちが心配って……あ、あんたはその、うちが大切って、こと?」


「当たり前だ!」


「っ!」


 飛鳥はチームメイト。

 何ならたった今、俺の命を救ってくれたまである。

 なんせ俺では確実にあのデーモンに勝てなかったのだから。

 などなど、俺がそんなことを考えていると。


「あ、当たり前って……じ、じゃあうち、本当に妊娠……そ、それなら……家が、いい……」


 俺の服の袖を摘みながらうつむき、そんなことを言ってくる飛鳥。

 彼女はなぜか恥ずかしそうに、俺へと言葉を続けてくるのだった。


「病院はいい……うち、琥太郎の家で、その……休みたい、かも」

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