第十八話 隊長格の力②

「来い、『グラビティコア』!!」


 言って、前へと手をかざす竜宮。

 その直後。


「そこまでなのじゃ!!」


 声と共にトレーニングルームに入ってきたのは少女。

 真っ赤な瞳に美しい白い長髪。

 それらを一際目だたせる黒を基調とした着物。


「連絡を受けて飛んできてみれば……これはいったいどういうことなのじゃ!!」


「支部長には関係ないし! こいつが身の程知らずだから、ちょっとうちが身の程を教えてやってただけだし!」


「この前、同じ様なことでワシがおぬしを怒ったのをもう忘れたのか?」


「別に忘れてないし! 今回は前回以上に手加減したし! ほら、両手両足バキバキじゃないっしょ?」


「そういことじゃないのじゃ! そもそも、民間人に覚者の異能——固有スキルを使うとはどういうことじゃ!! こやつを殺すつもりか!?」


「だからそんなつもりないし! っていうか、戦ってるうちにこいつがそこそこやるってわかったから、うちも相応の力で——」


「とにかくダメなものはダメじゃ! おぬしはあとでお仕置きじゃ!!」


「え〜〜〜! ちゃんと手加減してたのに!」


 手加減。

 手加減か。

 当然と言えば当然だが、どうやら俺は手加減されていた様だ。

 まぁそれはそうか。


 俺はまだゴブリンを倒せる程度の力しかない。

 それとブレイバーの隊長格の力が同等なわけがない。

 実際、竜宮が最後に使おうとしていた固有スキル『グラビティコア』。

 あれの圧は凄まじいものだった。


 足が。

 震えて止まらない。


 完全に俺の負け。

 竜宮をどうこうすればブレイバーになれるなど、奢りも甚だしいズレにズレまくった作戦だった。

 惨めかつダサいことこの上ないな、俺は。

 でも、俺は諦めるわけにはいかない。

 どんなにダサかろうと、天音の命がかかっている以上は足掻くしかない。


「支部長さん……でいいんですよね? 俺の名前は渋谷琥太郎。有明天音の幼馴染です」


「うむ、朱奈しゅなイロハ…….ここの支部長なのじゃ。それで、有明天音じゃと? あぁ……あの新人ブレイバーじゃな。おぬしがこうしてここに居て、竜宮隊長と戦っているのにそれは関係あるのかの?」


「天音の固有スキル『比翼連理』の効果は知っていますね? ブレイバーが作戦に強制参加なのは知ってます。だけど今のあいつじゃ、橋本ダンジョンに行っても死ぬだけだ!」


「まぁそうじゃろうな。あやつの身体能力は固有スキルのせいで人並み以下じゃ。なんとなくわかったのじゃ……有明隊員を不参加にさせろ、ということじゃな? 残念じゃがおぬしも言った通り、ブレイバーは作戦に——」


「俺をブレイバーにしてください」


「は?」


「天音の固有スキルは相方が居ないと発動しない。俺がその相方です。だから俺をブレイバーにしてください。そうすれば天音も戦える」


 まぁ厳密にいうと。

 天音の固有スキルが役に立つ様になる、が正しいが。

 天音の固有スキル『比翼連理』は、ただ持っているだけでは単なる自己デバフスキル。

 だが『俺』という使用対象がいれば。


「固有スキル『比翼連理』の対象者である俺がいれば、天音は橋本ダンジョンで死んだりしない」


「話をまとめてよいかの?」


 むーっと、難しい顔をする支部長。

 彼女はしばらく考えた様子を浮かべたのち、俺へと言葉を続けてくる。


「おぬしは有明隊員の固有スキル『比翼連理』の対象者だからブレイバーになりたい……ここまでは合っているかの?」


「あぁ、それで間違い無いです」


「で、じゃ。おぬしが竜宮隊長と戦っていたのは、いつもの流れから考えるにブレイバーになりたいから……大方、竜宮隊長に力を認めさせればブレイバーになれると言われた、というところでよいかの?」


 正確にいうと勝ったら、だが。

 その程度はニュアンスの違いのため、大きな間違いでは無い。

 故に俺はゆっくりと頷く。

 すると。


「どうやら伝達ミスがあったようじゃな。竜宮隊長、これはいったいどういうことなのじゃ?」


「え、うち?」


「そう、うちじゃ! おぬしには有明隊員にこう伝えるように言ったはずじゃ。『有明隊員のスキルの特性上、スキルの対象者を無条件でブレイバーにすることを認める』と」


「……あ」


「あ?」


「ち、ちゃんと伝えたし! うちはちゃんと有明に伝えたし!」


 と、何やら焦った様子の竜宮。

 なるほど、ちょっと待ってほしい。

 つまりこれって。


「俺、何にもしなくてもブレイバーになれたの!?」


「ん? まぁそういうことじゃな。『比翼連理』の効果内容はわかっている……察するに、おぬしと有明隊員はそういう関係なのじゃろ?」


「いや……お、幼馴染ですけど……」


「照れなくてもいいのじゃ! まぁ青春って奴じゃな、若くて大変よろしいのじゃ!」


 支部長もだいぶ若い気がする。

 というか、見た目まだ小学生高学年くらいの身長だ。

 もっとも、朱奈支部長はブレイバーだ。

 すなわち覚者の可能性が高い。

 となるとなんらかのスキルの効果で、外見通りの年齢ではない可能性がある。

 などなど、俺がそんなことを考えていると。


「とにかくこちらの伝達ミスのせいで悪かったのじゃ。大切な者を守りたくて必死だったのじゃろ? だからこうしてここまで来て、竜宮隊長の無茶なテスト受けていた」


「そっちは間違ってないです。それより、俺はブレイバーになれるんですか?」


「なれる、というより既にブレイバーなのじゃ。『比翼連理』の対象者に選ばれた時点でな」


「っ」


 瞬間、俺の脳裏を駆け巡る安心感。

 もう竜宮の伝達ミスとかそんなのどうでもいい。

 今はただ、天音を身近で助けられることが確定したことが嬉しい。


「さて改めてじゃ、ワシの名はブレイバー南大沢支部の支部長——朱奈イロハなのじゃ」


 と、手を差し出してくる朱奈支部長。

 俺はその手を握り返して。


「渋谷琥太郎です、これからよろしくお願いします」


「うむ! 一緒に人類の生存圏を広げて行こう、なのじゃ! あーそれと……おぬしは当然、有明隊員とセット運用なのは前提として、二人とも竜宮隊長の隊に入ってもらうのじゃ」


「え」


「なんじゃ? 嫌かの? 竜宮隊長はああ見えて悪い奴ではないのじゃ。ちょっと性格はあれじゃがの」


「いや、俺が気になっているのは……」


 竜宮と天音の関係だ。

 明らかに性格不一致。

 というかおそらく、竜宮はすでに天音が嫌いだ。

 確信はないがそんな感じがする。


「なんだか知らんが、きっと大丈夫なのじゃ! 何事も慣れなのじゃ! ほれ、じゃあ竜宮隊長からも挨拶を……って、竜宮隊長はどこ行ったのじゃ!?」


 ふりふり。

 ふりふりふり。

 と、周囲を見回す朱奈支部長。

 俺もつられて辺りを見回すが居ない。

 これはきっとあれだ。


「あやつめ! ワシにチクチク言われるのが嫌で逃げたな! 許せないのじゃ!」


 そうに違いない。

 だがそれは困る。

 俺も竜宮には用があるのだ。

 故に。


「朱奈支部長、俺も今日はこの辺で失礼します! また後で顔を出すので!」


「あ、待たんか! これだから若者は……なんなのじゃいったい!」


 俺は朱奈支部長のそんな声を背中だ受け止めながら、全力疾走でトレーニングルームを後にする。

 廊下を走り、階段を登り、そしてまた走り。

 着いた先はブレイバー協会の建物前の道。


「竜宮は……居た!」


 と言っても見えたのは一瞬。

 竜宮らしき女性の遠い後ろ姿。

 彼女は直ぐに道を曲がって、俺の視界から消えてしまう。


 ここで見失うわけにはいかない。


 俺が急いでる理由は簡単。

 先ほどのことを謝りたいのだ。

 試合に勝つために、挑発が必要だったとはいえ色々言ってしまった。

 これから一緒の隊になると分かれば、以前にも増して余計に謝りたい気分でいっぱいだ。


 故に俺は全力ダッシュ。

 だがしかし。


「居ない……どこ行ったんだ?」


 曲がり角を曲がった先にも竜宮は居ない。

 ええい、こうなればもうやけだ。

 絶対見つけてやる。


 俺はまずスマートフォンを取り出して、天音に遅くなりそうな旨を連絡。

 そして再び竜宮探索を再開させるのだった。



 さて。

 そしてそれから数分後。


「居た!」


 商店街から少し離れた公園。

 そのブランコに竜宮は居た。

 俺が息を整えながら、竜宮の元へと近づいていくと。


「何のようだし、ストーカー」


「俺が追いかけてたの気が付いてたの?」


「気が付かないわけないし! あんだけドタバタしてたら、嫌でも気がつくし!」


「はぁ……じゃあちょっと待ってくれよ」


「うちがあんたを待つ理由ってある?」


「まぁそれもそう、か」


 竜宮に謝りたいのは、あくまで琥太郎の側の勝手な理由だ。

 それはともかく、早く謝ってしまおう。

 と、俺はそんなことを考えたのち。


「あのさ、さっきはごめん」


「は?」


「いや、さっきの戦いの前にさ。『お前はそんなに強そうに見えない』とか、挑発するようなこと沢山言ったろ?」


「あぁ、あれ? 別に気にして——」


「あれ全部嘘だ! 本当に悪かった。竜宮のことを一目見た瞬間から『こいつはやばい。俺より遥かに格上だ』って感じてさ」


「……」


「挑発して冷静さを失わせないと、絶対に勝負にならないと思った。だからつい勝ちたくて、あんなことを言った。だから悪かった……本当にごめん」


「うざ、なにそれ言い訳? うちに今更になって好かれたいから必死なわけ?」


「いやちが——」


「でもうち、あんたのこと好きになったし♪」


 言って、ブランコから降りて近づいてくる竜宮。

 彼女は俺の顔を至近距離から覗き込みながら。


「あんたは雑魚じゃない。うちの強さを見極めて、自分の強さを知って、それらを最大限利用して戦いを組み立てた」


「……」


「固有スキルを使っていないとはいえ、うちをあそこまで追い詰めた。あんた、まだまだ弱いけど十分強者の域にある……うち、強いやつは好きだし♪」


「それは、許してくれるってことでいいのか?」


「別に〜、最初から怒ってないし♪ ちょっとボコしてやろう程度は思ってたけど」


 どう違うんだそれは。

 などなど、俺がそんなことを考えていると。


「ブレイバー協会南大沢支部隊長、竜宮飛鳥。これからはあんたの隊長なるみたいだから、せいぜいうちが失望しない程度に頑張るし」


 と、手を差し出してくる竜宮。

 俺はそんな彼女の手を握り返しながら。


「渋谷琥太郎だ、よろしく頼む。竜宮の期待に応えられるように頑張るよ」


「…….それ、その呼び方やめて」


「?」


「同じ部隊になったんだから、うちのことは飛鳥でいいし」


「何だ。てっきり隊長呼びにしろって言ってくるのかと思ったよ」


「うちは肩っ苦しいの嫌いなの!」


「ま、そんな見た目してるもんな」


「カッチーン! あんた、やっぱりうざいし!」


「悪かった、とにかくよろしく頼むよ飛鳥」


「ふん…….よろしくだし、琥太郎」


 などと。

 俺と竜宮が互いの自己紹介をした。

 まさにその瞬間。


 街全体に響き渡るような、大きな警報音が鳴り響くのだった。

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