第十六話 トラブル発生②

「こ、琥太郎……橋本駅のダンジョン攻略、予定が早まって明後日になるって……」


「なっ!?」


 いくらなんでも早すぎる。

 これじゃあ無理だ。

 俺と天音の強さは多少なりとも上がったが、まだ心許ない。

 というかそれ以前に。


 俺がまだブレイバーになれていない。


 このままでは明後日。

 天音は俺抜きで橋本駅ダンジョンの攻略に行くことになる。

 もちろん、他のプレイバー達も同行するだろうが。


 ブレイバーと魔物の戦いは熾烈を極めると聞く。

 そんな中、俺が居なければ発動できず——ただの自己デバフスキルでしかないスキル『比翼連理』を持つ天音を、果たして守ってくれるのだろうが。


 否だ。

 仮に守ってくれるとしても、天音の生死を他人になんて委ねられない。

 

 俺が居れば天音は『比翼連理』を十全に使える。

 そして、何より俺が天音を直に守れる。


「琥太郎……」


 きゅっ。

 と、不安そうな様子で俺の手を握ってくる天音。

 小さい頃からそうだが、俺は天音のこんな顔は見たくない。


 俺は天音が笑っていないと笑えない。


 正直、俺はまだ弱い。

 それでも。


「天音、安心しろ。お前を一人で行かせたりはしない」


「でも琥太郎……」


「今からなってくる」


「え?」


「今からブレイバー協会へ行ってくる。予定変更だ——明後日にダンジョン攻略があるなら、もう何週間後がどうのなんて悠長なことは言ってられない」


「で、でも琥太郎! 琥太郎はまだ……その」


「わかってる。俺の強さが目標値に全く到達してないことだろ?」


「……」


 と、目を背ける天音。

 当然だ。


 俺が当初、天音と共に設定していた目的値。

 それはスキル『比翼連理』なしの状態で、ゴブリンを楽に瞬殺できる程度。


 今現在。

 俺はゴブリンを楽に瞬殺とは、とてもじゃないな言えない。

 勝てるは勝てるが、油断すればゴブリンに負ける程度。


 ただし。

 今の俺のレベルは11。

 ゴブリンと戦った時よりレベルが2レベル高い。

 あの時よりは強くなってるはずだ。

 もうこればかりはわからないな。今の俺がブレイバーに足る戦闘能力を持っているのか。

 となると問題は——。


 竜宮飛鳥。


 奴がこの時間帯、ブレイバー協会に居るかどうかだ。

 

 一般人はブレイバーにはなれない。

 しかし、あの竜宮飛鳥を利用すればワンチャンくらいはある。

 なんせあの態度と周りの反応、それなりの立場に居る奴だろうからな。


「琥太郎、なんだか悪い顔してますけど…….何か考え事ですか? ひょっとして、何かいい案が」


「いや、案自体は前から変わらない。竜宮飛鳥を利用する——考えてたのはそのプランが本当に行けるかの整理だ」


「……ごめんなさい」


「いやなんで謝るんだよ?」


「…….」


「はぁ……まぁいいや。天音はとりあえず、クレハと一緒に家で待っていてくれ」


「え、琥太郎は!?」


「行ったろ? 俺はブレイバー協会に行ってくる……そして」


 俺は今日ブレイバーになって見せる。

 天音を守るために。


 そしてかつて諦めた目的をこの手に取り戻す。

 ブレイバーになり、俺と天音の両親を殺し、日本をめちゃくちゃにした魔物どもを……魔王を俺は絶対に。


 殺す。


 などなど。

 そんなことを考えたのち。

 俺は天音をひと撫で、回転寿司から一人出ていくのだった。



「で、ブレイバー協会の前まで来たわけだけど…….まだ普通にやっていてよかったな」


 いや。

 そもそもよく考えると、店じゃないんだから閉店の概念など無いのかもしれない。

 なんせ、魔物はいつ出るかわからないのだから。


 実際、橋本駅ダンジョンの攻略が早まったのは、きっとその何かがあったのだろう。

 聞いたことがある。


 ダンジョンはたださえ外部に魔物を吐き出し続ける。

 しかし、ダンジョン内の魔物が増えすぎると、さらに外部へと魔物を吐き出してしまうのだ。

 結果、人間の生息地はさらに狭まる。


「ダンジョン内の魔物が増えてきてる兆候があるってとこか……いずれにしろタイミング最悪だな」


 せめてあと数日猶予が欲しかった。

 そうすればもっと強くなれたものを。


「まぁ今言っても仕方がないか」


 やれることをするのみだ。

 と、俺はそんなことを考えたのちブレイバー協会の中へと入っていく。

 そしてまずすることは——


「っ!」


 居た。

 あの隅っこのソファーで足を組んで横になっている少女。

 服装と髪型からして間違いない——竜宮飛鳥だ。


 これで俺がブレイバーになるための第一条件はクリア。

 あとはことが上手く運ぶかどうかは、神のみぞ知るって奴だな。


「すみません」


「はい、どの様なご用件でしょうか?」


 と、俺の言葉に対し返してくるのはフロントのお姉さんだ。

 俺はそんな彼女に対し、なるべく大きな声——横になっている竜宮飛鳥に聞こえる様に言う。


「ブレイバーになりたいんですけど」


「はい! ブレイバーの登録ですね! でしたら、住民番号と名前などをこちらに記入してください!」


 と、渡される用紙に俺は記入をしていく。

 そして全てを描き終わった頃、俺はお姉さんへとその紙を渡す。

 すると、お姉さんの表情はどんどん曇っていき。


「あの、申し訳ないんですけど……渋谷さんは覚者じゃないですよね?」


「はい! でも俺はどうしてもブレイバーになりたいんです!」


「し、渋谷さん静かにしてください!」


 言って、チラチラと竜宮飛鳥の方を見るお姉さん。

 なるほど、どうやら竜宮飛鳥の凶暴な振る舞いは、フロント係の間では有名な様だ。

 先日の男性フロント係といい、このお姉さんといい、なるべく穏便に俺を追い返そうとしているのが見える……だが。


 ごめん。

 俺はその竜宮飛鳥に絡んできて欲しいんだ。


 俺は心の中でそう謝ったのち、キーワードとなるであろうセリフをそれはもうデカい声で言った。


「あそこで寝てる女性も俺と同じくらいの歳ですよね!? だったら俺にだってブレイバーになれる権利があるはずだ! 俺は強い! 試してみてく——」


 ヒュッ!


 と、俺の言葉を断ち切る様に聞こえてくる何らかの飛来音。

 俺はすぐさまそちらの方へと手を出し——。


「ほら、俺はブレイバーが投げた空き缶程度、こうして楽にキャッチできる」


「あは♪ へぇ、あんたやるじゃん!」


 と、いつの間にやら立ち上がっている竜宮飛鳥。

 彼女は俺の方へと歩いてきながら、受付のお姉さんへと言う。


「ねぇ、こいつブレイバーたる実力があるかテストして欲しいってことっしょ?」


「あ、飛鳥さん……いいですか、み、民間人に力を振るうのは——」


「うっさいな〜! こういう輩は言ってもわからないんだから、うちがテストと一緒にぶちのめしてやれば一石二鳥だし!」


「ダメです! この前、支部長からなんて言われたか忘れたんですか!? 貴方が例え隊長格でも独断を許す理由には——」


 ダンッ!


 と、お姉さんの真横の壁に突き刺さる身の丈を超えるほどの大斧。

 投げたのはおそらく——。


「あんたさ、うちに指図するとか舐めてんの? 支部長がなに? 今ここにいんの?」


「し、支部長は出かけていて……あ、ぅ」


「じゃあガタガタうちに指図しないでくんない? 支部長が居ないなら、ここで一番偉いのはうち……お客さんをどうするかも全部うちが決める……わかる?」


「は、はい……」


「あは♪ さすが雑用ちゃん! 話がわかるし! あ、もちろんこいつが来たことは支部長には秘密……それと下のトレーニングルーム使うから……いいっしょ?」


「問題ない、です」


「えへへ〜、うち雑用ちゃん大好き♪」


 ニコニコ笑顔の竜宮飛鳥。

 お姉さんには悪いが、やはりこうなったか。

 そしていい予想外の展開が一つ。


 隊長格。


 竜宮飛鳥が隊長並みに強いという意味か、果たしてそのまま隊長なのか。

 いずれにしろ竜宮飛鳥は発言権をかなり持っているはずだ。

 ここのエースなことには違いないのだから。

 であるならば。


「なぁ、竜宮飛鳥。お前の口ぶりからして、俺がお前を倒したら俺はブレイバーになれるのか?」


「は?」


「あんた、サンドバッグの分際でうちに勝てると思ってるの?」


 ギロリ。

 と、音でもしそうな勢いで睨んでくる竜宮飛鳥。

 俺はそんな彼女へという。


「質問に答えて欲しいんだが」


「うちに勝てる実力があるなら、うちがどうとでも口添えしてやるし!」


「だったら」


 勝ってみせる。

 いや、勝たなければならない。


「勝てるって顔ね…….上等、せいぜいうちのストレス解消相手になってよね。うち、仲間に弱い奴が居るのは嫌いだけど、弱い敵は大好きだから♪」


「あぁそう……で、どこで試してくれるんだ?」


「あんた、本当つまんない……まぁいいし♪ あんたみたいな生意気な雑魚を、ボコボコにして再起不能にするのが楽しいんだし!」


「…….」


「ほら、ついてきなさい! うちが特別に案内してやるし……うちのこと舐め腐ってるあんたのこと、ぶっ潰してやるから」


 と、俺のことを睨んだのち歩いていってしまう竜宮。

 ついて行けばいいということだろうが。

 とりあえず。


 勝負に持っていくためとはいえ、たしかに舐めた態度だよな。

 これから仲間になるかもしれないわけだし。

 とりあえず戦い終わったら謝ろう。


「ほら! 何トロトロ歩いてるし!!」


 まぁ。

 仲良くなれるかは不明だが。

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